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ドール  作者: 竹取 裕基
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第十七章

ドールたちとの奇妙な共同生活が始まって一か月が過ぎた。

最初、この2LDKの狭い家に、七人+小さなリカちゃん人形のあかねの八人が暮らせるとは思ってもみなかった。それにドールたちは食事もするし排泄もするのでお金がかかる。またドールたちは、交代で食事の買い出し、家事の分担などをやってくれた。絵里もブツブツ文句を言いながらもちゃんと家事をやっていた。だから家事は皆で分担すれば何とかなったのだが、預金残高は見る見るうちに減っていく。一生懸命残業しても、やはり五万円ぐらいは不足する。

 困ったものだ、と思っていたある日の事である。

 その日も残業で遅くなり、玄関のドアを開けた。

 時刻は九時近かった。

「ただいま」

 いつもなら飛び出してくるあかねが来ない。家も静まり返っている。

 なぜだろう? 変だなと思いながらリビングのドアを開けた。

 リビングには誰もいない。おかしいな、今までこんな事は一度もなかったのに……寝室を見てみた。誰もいない。ダイニングも見た。誰もいない。トイレも、風呂も見たが誰もいなかった。ベランダも見たが、これまた誰もいない。

 さすがに心配になってきた。日頃、ドールたちも外出することはあるが、黙ってどこかへ行くことはなかった。

 どうしたのだろう? 不思議に思ったが、ドールたちも、たまにはみんなでどこかへ出かけたいのかも知れない。だが、日ごろのドールたちの人間関係を見ていると、それも不自然と思われた。一応、あかねが全体の仕切り役を買って出ており、他のドールたちはあかねの言う事を聞いてはいた。しかし、ドールたちも性格が一人一人違うため、どうしてもトラブルも起きる。例えば、絵里が紗耶香や麗香たちにちょっかいを出せば、二人は嫌そうな顔をして避けるようになっていたし、その様子を見て、もともと絵里が好きではない由香里が、面と向かって「やめなよ!」と声を荒げる事もよくあった。また、未祐は、一見おとなしく見えたが、陰でほかのドールたちの悪口を言ったり、何やら企んでいる様子が伺われ、油断ならない様子であった。

 そんなドールたちが、果たしてみんなで仲良くどこかへ出かけるだろうか? それはないと思われた。では、なぜ誰もいないのか?

 ソファーに座って、頭を抱え込んでいたその時である。

 ガタ!

 何やら、音がした。

 ウ……ウ……

 何やら、うめき声のようなものがかすかに聞こえた。一体何だろう? 一体どこから? どうやら、寝室の奥から音がする。寝室に入ってみた。クローゼットのあたりから、またガタン! と音がしたのだ。

「誰だ!」

 思い切りクローゼットを開けた。

 そこにいたのは、後ろ手にされ両手をロープで縛られ猿轡をはめられて苦しそうな表情を浮かべている沙羅と由香里であった。

 ふたりとも田中の顔を見た目が、必死で助けを求めていた。

「一体、何が……」

 田中は驚いて、慌てて二人の猿轡を外した。猿轡を外すと大きく息をした。

「ありがとうございます、助かりました」

「ありがとう」

 二人はホッとした表情を浮かべた。


「いったい、どうしたんだよ? 泥棒にでも入られたのか?」

 尋ねてみると、二人とも首を振った。

「あいつよ、あかねの仕業なのよ! あの子がみんなにやらせたの!」

 沙羅は息せき切って話し始めた。

「え? あかねが? あのあかねがそんな事を?」

 驚きのあまり声が出ない。

「そうなんです。ご主人様、あかねがやったんです。あかねが、みんなに、この家からお金を盗んで脱走しようと提案して、反対した私とあの子を、縛り上げてクローゼットに閉じ込めたんです。私も、背後から不意を突かれて、縛られてしまいました。いつもなら、あんな子らにやられたりはしないのに」

 由香里が悔しそうな顔で言った。

「あかねが……そんな事をするとは……」

 田中は思わず全身の力が抜けていくような感覚に襲われた。

 嫌な予感がした。

 通帳を隠してあるタンスの引き出しを探してみた。見つかる事を祈りながら必死で探す。だが、見つからない。どこを見ても、ないのだ。

 あかね達は通帳を盗んで行ったようだ。封筒に入れてあった三万円も消えていた。通帳の中には、確か七十万円はあったはずだ。

 悔しい思いでいっぱいになった。

 それにしても、これからどうするのだ? 沙羅と由香里は無事だが、他のドールたち六名が、脱走してしまった!

 不吉な予感が脳裏によぎった。

 しかし、どうしたらいいのだろう? 沙羅と由香里が縛られた経緯を話しても、きっと警察は信じないだろうし、あかねたちドールに通帳を盗まれたと警察に言ったところで笑われるだけだろう。それどころか、狂言を言ったかどで逮捕されるのではないだろうか?

 田中は思わず頭を抱えてしまった。

 その時である。

 突如、部屋の電気が消え暗闇に包まれた。

 沙羅と由香里が、悲鳴を上げた。

「停電だ!」

 落ち着かせようと田中が声をかけた。二人は、闇の中で怯えた声を出している。

 次の瞬間、強烈な白い閃光が走った!


 そこに現れたのは、白い服を着たあの仙人だった。

「何という事をしでかしてくれたか……」

 静かにそう言った仙人の目は、明らかに怒っていた。

「何って……僕は何もしてませんよ」

 仙人の目は眼光が鋭くなっている。密林の虎のような目をしていた。

「あの呪文を人形に勝手に使われたではないか!」

 仙人は杖を上げた。

 途端に暗闇に映像が浮かび上がった。

 そこには、あかねが暗闇の中、紗耶香をはじめとして次から次へとドールたちを覚醒させては、ニヤリと不敵に笑う様子が浮かび上がったのだ。

「まさか、あかねが……でも、どうやって呪文を知ったのです?」

 沙羅が尋ねると、仙人は沙羅を冷ややかに見た。

「もとはと言えば、お前にも心当たりがあるであろう?」

 沙羅が、急に泣き出した。

「まさか……でも……」

 そう言った沙羅を田中が、いったいどういう事? と尋ねた。

「見せてやろう、事の顛末を」

 再び仙人が杖を上げると、部屋を掃除している時に見つけた田中の夢日記を見る沙羅の様子と、呪文をメモする様子、そして満月の夜に、あかねに呪文を使って覚醒させる様子が浮かび上がった。

「沙羅……なんて事をしてくれたんだ!」

 田中は沙羅を責めた。

「ごめんなさい、私、話し相手が欲しかったの。あんな子だとは思っていなかったの、本当にごめんなさい」

沙羅は両手で顔を覆って泣いた。

「馬鹿者! 人形とは言え女子(おなご)を責める奴があるか! そもそも、お前が夢日記を誰でも読めるところに置いていたのが悪いではないか!」

 仙人が田中を一喝した。

 その怒号は、田中のみならず周囲を震え上がらせるには十分な迫力があった。

「すみませんでした!」

 田中は頭を下げ、必死で仙人に謝った。

 このままでは間違いなく殺される、そんな気がしたのだ。

「謝ったから、と言ってすむものではない。約束通りお前の命を貰う。儂はあれだけ忠告したのじゃからな」

 仙人はそう言うと、杖を振り上げようとした。

「お待ちください! それだけは!」

 仙人の腕に縋りついたのは、沙羅と由香里だった。普段は喧嘩ばかりしている二人が、必死に仙人の袖をつかんでいる。二人の目には涙が浮かんでいた。

「ふむ……愚かなこの男の命を貰おうと思ったが……」

 沙羅たちを見てそう言うと、仙人は杖を下ろした。

「仕方あるまい。よかろう、少しだけ待ってやる」

 仙人がそう言うと、二人はホッとした様子で仙人の袖を離した。

「次の満月じゃ。次の満月まで待ってやろう。だが、次の満月までに逃げ出した人形どもを捕らえねば……お前の命はない。覚悟しておくがよい」

 そう言って仙人は窓の外を指さした。

「あれを見よ」

 その指先には、少し欠けた月が昇っていた。

「あとひと月もないぞ。よいか、次の満月じゃ。次の満月までに人形どもを捕らえねばお前の命はない。解ったな?」

 そう言うと、仙人はゆっくりと視界から消えていった。それと同時に、照明が付いた。

 沙羅も由香里も、恐怖で震えていた。田中自身も自分の身体が震えているのに気がついた。

「次の満月って……六月二十一日じゃない」

 沙羅はカレンダーを見て肩を落とした。

今日は、五月二十六日だ。仙人の言う通り、あと一か月もない。月の満ち欠けの周期は二九・五日なので一か月もない。

 その短期間で、逃げ出したドールたち……あかねを始めとして、絵里・未祐・紗耶香・麗香の五人を捕らえないといけないのだ。そうしなければ、田中の命はない。あの仙人の存在そのものが夢の中で見ただけだったので今まであまり現実味を感じなかったのだが、先ほど目の前に現れた仙人を見た以上、間違いなく仙人は実在するしその仙人が、次の満月までにドールを捕まえないと、田中を殺すと言っている以上、確かにそうするだろう。

 田中は、死刑宣告されたような気がした。しかもあかねたちは田中の預金通帳を盗んでいる。部屋にはあまり現金を置かない主義の田中の手持ちの金は、今、財布の中の二万円だけだ。

 ダメだ。せめて通帳さえあれば……そう思うのだがどうにもならない。

「そうか……六月二十一日だなんて無理だよ」

 田中は肩をがっくり落とした。

「でも、何とかしないと、ダメですよ、ご主人様。とにかく、あかねたちの行きそうなところに心当たりはありませんか?」

 由香里は、田中のそばにしゃがみ込んで、心配そうにそう尋ねた。

 あかねたちの行きそうなところ……通帳を盗んだ以上間違いなくどこかのATMにでも行くだろう。

「どこかのATMにでも行くんじゃない? それから金を山分けして、どこか遠くへ行くとか……」

 思いついたまま喋った。

「でも、あかねがちゃんとお金を山分けするかしら?」

 沙羅が、いぶかし気な表情を浮かべた。

「どういう意味だ?」

「きっと、うまいこと言ってお金は自分か、お気に入りたちで全てもって行こうとするんじゃない?」

 確かにそうかも知れない。田中はそう思った。

 それにしても……今の時刻はもう九時半に近い。銀行も閉まっているし、ましてや人形に通帳と現金を盗まれたと警察に届けるわけにもいかないだろう。

 命の期限は、次の満月……六月二十一日だ。カレンダーをよく見ると夏至でもあった。

 あかねたちを捕らえるにはどうしたらいいのだろう?

 警察に行っても無駄だし相手にされない。

 やはり自分自身で探すほか、ない。

 しかし、手持ちの現金は二万円だけ。一体どうすればいいのだ!

 田中は、心の中に暗雲が広がるのを感じた。


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