第十二章
何やらざわめく音がする。
何だろう?
沙羅は闇の中、目を開く。ベッドの中から出たくない気がしたのでそのままじっとしていた。
誰かが、リビングで話をしているような声が聞こえた。誰だろう?
あかねが独り言を言っているのかな、と思ったが、よく耳を澄ませていると、どうやらあかねだけではないような気がした。寝室からリビングを見る。扉は閉じられており、その扉の向こうから光の筋が見えた。
電気をつけているようだ。時折起こる笑い声、それは明らかにあかねのものではなかった。別の誰かがそこにいるのは間違いない。
ふと、ベッドの隣に目をやると、そこにいつもいるはずのドールたちが、どこにもいないのに気が付いた。
え? 一瞬、何が起こっているのか解らない。
だが、ベッドの隣に立って並んでいるドールたちが、一体もいないのだ。
まさか……嫌な予感がした。
恐る恐る、リビングのドアを開けた。
「誰かいるの?」
そう言ったら、ソファー座っている三人の女の後姿が見えた。おしゃべりに夢中になっており、誰もこちらを見ない。
「あ、起きたんだ、おはよう!」
テーブルの上にいたあかねが床に飛び降りて、こちらにかけてきた。それと共に、ソファーの女たちが一斉にこちらを向いた。
「誰? あの子」
「あれよ、あの子よ、いちばん先に覚醒した子よ」
「ああ、あの子ね」
などと口々に話し合っている。一番右に茶髪のソバージュとむき出しの肩には黒い水着の紐が見え、身体をよじらせてこちらを見ている女がこちらを見ている。前髪からのぞくその瞳は、挑戦的でぎらぎらと光って見えた。真ん中の女も肩をむき出しにして長い髪を自然に伸ばしている温厚そうな女で、こちらを興味深そうに眺めている。そして一番左は、黒と白を基調とするシックなメイド服を纏った、ややふくよかな感じのする女が、これまた興味深そうな目をしてこちらを見ていた。
「何て名前なの?」
茶髪のソバージュが人懐っこい笑顔を浮かべて尋ねた。
「沙羅です。あなたは?」
「私? 絵里って呼んで」
絵里は笑った。続いて絵里が隣の女を紹介する。
「それと、隣のこの子は、未祐」
未祐が頭を下げた。沙羅も頭を下げる。長い髪を背中に垂らしている。物静かそうな女に見えた。よく見ると、黒のショーツだけを身に着けていた。さすがに寒くないのだろうか? と心配になった。
「由香里です」
一番左側に座っていたメイド服の女がそう答えた。由香里は、ふくよかな胸をしている。優しそうな感じがした。
「みんないい子だよ」
足元のあかねが、にっこりと笑った。
「ほかにもね、まだいるんだ。沙羅、来てくれる?」
そう言うと、今度はダイニングへと駆けてゆく。慌てて沙羅も追いかけた。
ダイニングの隅に、二人の女の子がいた。一人は白のセーラー服に身を包んだショートヘアの少女で、その傍に紺色のセーラー服を着たツインテールの少女がいて、二人膝を並べて座っている。時々、ツインテールの少女がショートヘアの少女に凭れていた。よく見ると、二人は手を握っていた。
ふたりとも内気な印象を受けた。
「こちらが紗耶香。そしてこちらが麗香だよ」
あかねが紹介すると二人は顔を上げて、沙羅を見上げた。
「よろしくお願いします」
紗耶香は静かな口調でそう言うと頭を下げた。麗香は、ただうなずいただけで何も言わなかった。
「沙羅よ、よろしく」
そう言って沙羅は二人に挨拶すると、そこを後にした。二人の様子を見ていると、なんとなく割り込むのが野暮な気がしたのだ。
さてと、とあかねが独り言を言って、絵里たちのいるリビングへ向かおうと歩き出したので、沙羅が呼び止めた。
「なあに?」
あかねが、振り返る。そして沙羅を見上げた。
足元のあかねの前に沙羅はしゃがみ込んだ。
「ねえ、あかねちゃん。ちょっと聞きたい事があるんだけれど」
「何よ」
あかねが良くわからない、と言う表情を浮かべた。
「……どうしてみんな覚醒したの? 呪文の事を知っているのは、私と陽一とあかねちゃんだけでしょう? もしかして、あかねちゃんが呪文を唱えて覚醒させたの?」
「してないよ」
あかねは、あっけらかんと返事をした。念のためその目を見てみたが、一点の曇りもなく、嘘を言っているようには見えなかった。
「じゃあ、どうしてみんな覚醒したの?」
「さあ、解らない。いつの間にか、みんな起きていたよ」
あかねはそう言うと、不思議そうな顔をした。
沙羅はしゃがみ込みながら考えた。もしかしたら、呪文には日記には書かれていない不思議な力があり、例えば一人を覚醒させると、時間差を置いてその場にいた他のドールにも波及するとか、そう言った不思議な作用があるのかも知れない……とも思えてきた。あかねが否定している以上、あまり追及するのもどうかと思った。
あかねが突然声を上げた。
「何?」
沙羅がそう言うとあかねは、
「胸、見えているよ」
慌ててパジャマの胸を見る。ボタンが外れて、その乳房がむき出しになっていた。
「きゃあ!」
反射的に胸を隠そうとした。
「あ」
沙羅はそう言って隠すのをやめた。
この家には、女しかいない事に気がついた。慌てる必要はないのだ。そんな沙羅の様子をあかねがクスッと笑って、どこかへ走って行った。