第十一章
それから三日後の夜の事だ。
寝室のカーテンに街路樹の影が落ちていた。
あかねは、寝室で沙羅が寝静まっているのを見て、ニヤリと笑うと、テーブルの上からそっと降りた。
リカちゃん人形だったあかねの身長は、わずかに二十センチぐらいしかないし、体重も軽いので、普通の人間が飛び降りたら死ぬような高さ……つまりリカちゃん人形で言えば冷蔵庫の上ぐらいからでも……身体が傷つく事はない。ダイニングのテーブルの上から床に飛び降りても、脚にも全くショックが来ないのだ。それに運動神経の良いあかねは、まるで猫のようにしなやかである。
音もなく飛び降りたあかねは、足音も立てずにそっと寝室へと入ってゆく。
今日は田中が夜勤の日である。午後十時から翌朝七時までの夜勤で、時折残業してくるので家に帰ってくるのは十時ごろになるのも珍しくない。
夜勤は四日続き、その後休日を二日ほどはさんでまた別の時間帯……午前九時から午後六時までの日勤帯になるか、遅番と言って午後三時時出勤の午前零時までの勤務になるかのどちらかだ。
邪魔な田中がいなければ、何でもやりたい放題だ。それに、沙羅も今は寝静まっている。今日は新月である。明日、田中は夜勤明けでそのまま休日に入るので家にいる。今日の新月を逃せば、今度はチャンスはいつになるのか解らない。次の満月には田中は日勤帯なので家に居るだろう。なかなかチャンスはないのだ。今日を逃すわけにはいかない、そうあかねは思った。
クククク。思わず笑い声が出そうになるのを必死でこらえる。
「まずは誰から行こうかな?」
闇の中うっすらと浮かび上がったドールたちを見上げる。
「誰でもいいか」
あかねはそう言うと、いちばん右端に立っている白いセーラー服と青いリボンに身を包んだショートヘアのドールによじ登った。まるで猿が木に登るように、アッと言う間にそのドール……紗耶香によじ登ると、紗耶香のショートヘアの頭によじ登ると、器用にはいつくばってそっとその額を小さな手で触れた。
「ククク。この瞬間を待っていたのよね……ごめんね、沙羅。あんたが私を簡単に信用するからいけないのよ。悪く思わないでね」
そう言うとクスッと笑った。