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7/10

ものすごく速いアレ

 概して、日本人は不憫な男が好きである。


 慕っていた実兄に突然裏切られいい感じに使い捨てされた源義経は、フィクションでよく美青年化されているが、実際はどっちかというとぶ男だったという説もある。判官贔屓というやつだ。


 そういう意味で、少女漫画、少女小説における「当て馬」ポジションの男子は、作者が想定している以上に読者から同情と関心を買いがちだ。報われぬ思いを募らせるエピソードはドラマティックになり、その心理描写は熱く盛り上がる。


 かく言う前世の私も、そういうのが大好物だった。


 認めよう。ナナミへの恋心が報われないかわいそうなカイン関係のエピソードを書いているとき、いつも私の筆がノリにノリまくっていたことを。


 だが、彼はあくまで当て馬のつもりで登場させたキャラクターだった。


 この物語が終わるとき、ナナミとフランツの恋愛は成就し、二人は両思いのラブラブハッピーエンドになる。最初からそう決めていた。カインは、それまでの道のりでナナミの気持ちを揺さぶったり、読者をやきもきさせたりするために存在する、物語上のスパイス……ただそれだけのために誕生した人物だった。


 小説投稿サイトで、私のアカウントは特別人気ではなかった。連載の更新後に1ブックマークが増えれば小躍りし、感想を1件でももらえた日には歓喜の雄叫びをあげるぐらいの、弱小アカウントだった。


 だが、一体なにがきっかけだったのかわからないが、この「裸足の聖女」を更新しているうちに、自分史上最大の注目を浴び始めた。新着感想の通知がこれまでにない勢いで届いた――


 ――主に、カインが不憫な目に遭うエピソードの更新後に。


 フランツのヒーローとしての不人気と相まって、カインを応援する読者からのコメントがよく送られてくるようになった。


 最初は、不憫エピソードに対する温かいお言葉が主だった。切ないですね、とか、こういう関係好きです、とか。私も素直に喜んでいた。


 だが次第に、カインが報われてほしい、ナナミとくっつけてくれ、という熱い要望が押し寄せるようになり、私はストレスを感じ始めた。


 長編を投稿サイトに投稿するとき、最後まで書いてから徐々に一話ずつ公開するタイプの投稿者も多いが、当時の私は書きながら書いた分だけアップロードしていた。


 頭の中で結末までの構想はできあがっていたが、本文は書き終わっていない。これから続きを書かなければいけない状況で、自分の想定していない結末を強く希望する読者からの声が繰り返し届くことに、心をかき乱されたのだ。


 今となってはそんなことで……と思うが、当時の私は高校生。ガラスのハートだった。


 追いつめられた私は――……


「……ふう」


 前世のことを思いだし、若干イライラしながら、私は放課後の人気ひとけがない校舎を早足で歩き回っていた。


「どこにいるんだ、あの当て馬は……」


 今日は重要なエピソードが展開される日だ。それに気付いたのはつい数時間前、フランツが教室にいる私に声をかけたときだった。


「急で申し訳ないのだが、リリエ嬢。辺境から大叔父上が王都に戻ってきていて。夕食に招待したいのだが」

「あー」


 間の抜けた返事をしながら、これが、あのエピソードのフラグか、と気付いた。


 めんどくせえな、王族との会食。だがここは承諾しないと話が展開しない。


 放課後に教室に迎えに来る、と告げて、フランツは自分のクラスへ帰って行った。


 いや、麗しき王子さまが婚約者の貴族令嬢と晩餐するのに、学校の教室で待ち合わせって! 素人の女子高生の考えそうな展開である。


「ひいいっ!」


 思い出し羞恥でまた奇声をあげて地団駄を踏みたくなったが、今はそれどころじゃない。早いとこ、フランツとナナミが教室で鉢合わせする前に、カインの居場所を突き止めなければいけない。


 ――ガラガラガラッ


 もう何度目かわからない、引き戸を勢いよく開けた先の空き教室に、黒髪の長身の後ろ姿があった。


(ラッキー、一人だ)


 私は扉を開けた勢いのまま彼の元へ駆け寄り、懐から木刀を取り出した。カインが振り返ってこちらに気付く前に、先手を打たなければいけない。


「そいやっ!!!!!」


 かけ声と共に、木刀を相手の脛を狙って振り下ろす。この数週間、寮の個室で繰り返し練習した技は、思った以上に完璧に決まった。


「うっ」


 うめき声と共にカインがその場に膝をつき、体勢が崩れる。その隙に私は木刀を投げ捨て、彼の背後で右手を振り上げる。


 バトル漫画なんかでよくある、首筋に手刀を当てると相手が気絶するシーン。あれって実際にできるんだろうか。たぶん現実にはあり得ない。とは思うが、ここは高校生の私が創造した世界だ。当時の私は現実的な技だと堅く信じて作中にも登場させていたので、誰でも首の後ろをトンとやれば相手は何故か安全に眠りにつくのである。


 というわけで、膝立ちでも背が高すぎるカインに手刀をキメるのは腕が痛かったが、無事に彼はその場に倒れ込んだ。


「お、重っ……」


 念のために手足を拘束しておこうかと思ったが、意識のない長身の男は重くて、縄で縛り上げるのも一苦労だ。


 ひと汗かいた後、眠りを深くする魔法を追加でかけて、私は休む間もなくフランツと待ち合わせをしている教室へとダッシュする。


(頼む、間に合ってくれ……!)


 階段を駆け下り、無人の廊下を、リノリウムの床を蹴ってひた走る。


「ナナミさんっ!」


 ガラガラガラっと音を立て、息を切らしながら入った教室には、幸いなことに、まだフランツは来ていなかった。


 突然大声で自分の名前を呼びながら登場した私に、ナナミは驚いたように目を丸くしている。


 本当ならリリエが先に教室にいて、忘れ物を取りに来たナナミが後からやってくる、という展開だったが、私がカイン登場の妨害工作をしていたために順序が逆になってしまった。まあ、この辺の細かいことはどうでもいいのだ。フランツがここにやってくるまでの二人きりの時間を無難に過ごせれば。


「はあっ……はあっ……ナナミさん……」

「リリエさん……どうかしたんですか?」


 どうもしていない。全力で走ってきたから息があがっているだけだ。私はとりあえず、原作通りの台詞を言うことにした。


「ぜぇっ……ナナミさん、最近は……はあっ……学園にも慣れまして? ふうっ……何か、お困りのことは……げほっ……ありませんか?」

「えっ? いや、ええっと、その、特には……」


 私はゆっくりとナナミに歩み寄った。ナナミは緊張した様子で私を見つめている。


 あと数歩、というところで、背後から、がらがら、と、引き戸の開く音がした。


 フランツだ、と、振り返らずに確信した。彼を愛しているリリエではなく、前世で神だった私にはわかる。


 悪役令嬢ムーブを決める絶好のタイミングだ。ヒーローが登場した瞬間に、婚約者の令嬢がヒロインに暴力を振るっているという、よくあるパターン!


 何か悪役っぽい捨て台詞を吐かなければ、と思ったが、まだ息が上がっていたのと、悪役っぽい台詞を事前に練っておくのをすっかり忘れていたせいで、咄嗟に何も思い浮かばなかった。


 私はとりあえず威嚇のために大声を上げた。


「うおおおおおおおおおおおっ!」

「リリエ嬢っ!?」


 私はナナミをビンタをしようとしたが、普通にスカした。右手が宙を切ってバランスを崩したが、なんとか踏みとどまって転ぶのを回避する。すぐに体勢を立て直して、ナナミのストレートな黒髪を握った。


「きゃあっ!?」

「ナナミっ!」


 くそ、ロングヘアーだったらより掴みやすく振り回しやすかっただろうが、当時の私の好みでナナミのヘアスタイルはちょっと活動的な雰囲気の出るショートボブに設定していた。髪の毛はほんのちょっとしか掴めなかった。これだけでは暴力性が足りないので、左手でナナミの制服の裾も掴むと、床に倒れ込むように突き飛ばした。


「リ、リリエさん、どうして……」


 床に手と膝をついたナナミが、困惑した様子で私を見上げる。理由を聞かれても、特にないので、私は何も答えられない。


「ナナミ、大丈夫かっ」


 お、いいぞ、フランツ。この状況ならさすがにナナミの方へ先に駆け寄るよね。


 目の前の展開に満足した私は、何も言わずにその場から逃走した。


「リリエさんっ……!」


 背後からナナミの声が響いてきた。

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