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幼なじみだった村娘はなかなか許してくれない

作者: みあみあ

「シェリーもいくーーー!」


村中に聞こえる声で泣き叫ぶシェリー。

いったいその小さな体のどこからそんなに大きな声が出るのか。


「ごめんな、夏休みには帰って来るから」


「シェリーもアルス兄ちゃんといっしょにいくのよ!」


大きな目から涙をぼろぼろ零す。

そんなに泣いたら小さな体の水分全部無くなってしまうのではないか。


「お土産に甘いお菓子を買ってくるよ

王都では砂糖というのを使う甘いお菓子があるんだって」


「いらない!シェリーもいっしょにいく!」


僕や家族はもちろん、見送りに来てくれた村人全員で宥めても、シェリーは一緒に行くと言って譲らなかった。


シェリーの母親が泣き叫ぶシェリーを抱える。

左手に僕があげた野花を握りしめ、小さい右手を伸ばしながら必死で僕を呼ぶ声。


僕は可哀想だという気持ちを通り越して疲れていた。


なのに王都に来て十二年、未だにあの日を夢に見て胸がチクチクと痛む。




約束の夏休みはとっくに過ぎていた。


村と王都はとても離れている。


僕を神童だと言って、村人総出でお金をかき集めて送り出してくれた王都への道。


その片道分の乗合馬車代は決して安くはなかった。




「おい、ジェフ。朝だぞ起きろよ」


学園を卒業した僕は、在学中と同じ部屋で寝起きしている。


変わったのは、学園で勉強していた時間も仕事の時間になったってだけ。


領主様が王都に持つ、ここ子爵邸で同室のジェフは、僕に一番歳が近く、昔からよく面倒を見てくれるが、朝に弱い。


布団を剥ぎ、上半身を抱えて無理やり起こしはしたものの、目は瞑ったままに見える。


「ジェフ、僕は今日から旦那様に付いて村に帰るんだからな。

明日からはハンナ夫人に起こしてもらえるよう頼んでおいたけど、なるべく自分で起きてよ」


ハンナ夫人はこの子爵邸最高齢ながら最も元気な女性だ。

メイド長を引退して、今は主に厨房を手伝っている。

子爵家に仕える平民の中で、ある意味一番偉いかもしれない。


平時であれば青ざめるであろう僕の言葉にも無反応なジェフを見ていると、明日からの朝がとても不安になるが、シェリーを村に置いてきた時のような後ろ髪引かれる思いは一切しなかった。





王都に着いてから半年間、子爵邸で受験準備をし学園に入学。

子爵邸の執事見習いをしながら五年間ひたすら勉強して無事に卒業。


その後六年半、真面目に働いて、今日ようやく村に帰ることができる。


とはいっても領主様の視察に同行してのこと。

またすぐ王都に戻ることになる。


そのうち領地の子爵邸へ配置換えされることはあるかもしれないが、村へ住むことはもうないだろう。


村を出た九歳のときには分かっていなかったこと。

親や村の大人たちは知っていたのだろうか。



様々な村に寄っての視察は、僕の村でようやく往路の終わりだ。

復路では、往路より南の地方を視ることになっている。


太陽が天辺を過ぎてしばらく後、ようやく村が見えた。

村の入口には、村人全員が集まっていた。


村長が代表して口を開く。

「領主様、ようこそおいでくださいました。心よりお礼申し上げます。田舎ゆえご不便なところも多かろうかとは存じますが、精一杯のおもてなしを準備しておりますので、何とぞご容赦くださいませ。」



村長の挨拶に応える領主様のお言葉を賜り、一行は村長宅に案内されていく。


「アルス!」


畏まる場が終わったと判断した両親や兄弟たちが駆け寄って来た。


「大きくなったなあ」

「立派になった」

「元気そうで良かった」

「背は何センチになった」

「王都はどうだ」


村人皆に囲まれ、そのまま宴になだれ込んだ。



久しぶりに食べる村の飯は、意外なほど美味かった。

王都のものより豪快だが、素材が良いのだろう。


村では貴重な食べ物をふんだんに使ったご馳走がズラリと並んでいる。


村人が歌や踊りを披露し、本当に心尽くしの宴である。




月明かりと焚き火のわずかな視界の中、ずっと目が離せない女性がいる。


シェリーだ。


記憶に残る小さな女の子ではないが、間違いない。


彼女がシェリーだ。


ときどき目が合う気がするのだが、なかなか話すタイミングがない。




村の女性たちによる、収穫の歌の披露が終わったところで、シェリーが他の女性たちとは別方向へ移動した。


トイレだろうか。


ほとんど無意識に追いかけていた。



人混みを避けるように歩くうち、少し見失ったが、シェリーの家近くにある大樹の下で追いついた。


この木はこんなに小さかっただろうか。


木だけじゃない。父も母も皆小さく見えた。


遊び回った畑も、もっと広かった気がしていた。




「シェリー」


僕の呼びかけに振り向いたシェリーに目を奪われる。


綺麗だ。


頭のどこかが冷静に、王都でもっと整った顔の作りや、洗練された女性たちを沢山見ているはずだと分析するのだが、なぜかシェリーがこの世で一番美しく見える。




「アルス……兄ちゃん」


シェリーは、僕のことを何と呼べばいいのか迷ったようだった。


ああ、僕は何て馬鹿なんだろう。


何を話すか全く考えて来なかった。


だってシェリーを前にして、こんなに訳がわからない状態になるなんて思ってもみなかった。




「あー、その、なんだ。綺麗になったな」


「……え」


頭が真っ白だから、さっきから思ってたことが口をついて出た。


「昔から可愛かったけど」


「へ」


「今は美人というか」


「何言って」


「美少女の終わりというか」


「――何言ってるの」


なぜかシェリーを怒らせた。僕は言葉を間違えたらしい。


でも本当にシェリーは綺麗だ。


十六歳という少女から大人の女性に変わりつつある姿をいきなり見せられ、月明かりのせいか妖艶にすら見えて、ドギマギしてしまう。




そうだ、土産の話をしよう。


「そうだ、お土産、約束の砂糖菓子を買ってきたよ。

って、覚えてないよね。砂糖菓子っていうのは――」


「甘いお菓子でしょ」


シェリーが遮るように言った言葉に驚く。


「覚えてたの?

あ、いや、知ってただけか」


一瞬、シェリーがあの日のことを覚えていたのかと、ちょっと嬉しく思ってしまった。


当時四歳のシェリーになんと無茶な期待をしたのだろう。


それにあんなに泣いていたんだ。


あまり覚えていない方がいい。




なのにシェリーははっきりと言う。


「覚えてたのよ


当たり前でしょ

あの日のことは私の魂に刻まれてるの」


憤った様子で話すシェリーに、僕は呆けてしまう。


風が吹いて木の葉が落ちた。


「魂かあ」


言われてみれば確かにそうだ。


僕だってあの日のことは毎日のように思い出して夢に見ていた。




「シェリー」


僕は一歩シェリーに近づいて跪く。


「シェリー、僕と結婚してほしい」


再会してすぐ、今の君をほとんど知らない状態でのプロポーズだなんておかしいだろうか。


でも、顔を真っ赤にさせた君を見たら期待してしまう。




「シェリー、僕と一緒に来てくれないか」


僕の懇願にシェリーはちょっといじけた顔をして


「それはあの日欲しかった言葉よ」


なんて無茶を言う。


九歳の僕が、四歳の君を連れ出せる訳ないことくらい分かって言っているんだろう。


怒る君の目が潤んでいるのは、悲しさじゃないように見えるのは僕の願望がそう見せているのだろうか。




「シェリー」


仕方がない。


僕はあの日泣き叫んで手を伸ばす君を置いていったんだ。


今度は僕が愛を乞う番だ。




「僕と共に生きてほしい」


「許さーん!!」


僕の渾身のプロポーズは野太い声に一蹴された。


毎日鍬を持つ無骨な男の手が、肩に乗せられる。


シェリーの父親だった。




そうだな、まずはシェリーの父親に娘さんをくださいと頼もうか。


真っ赤になってる愛しい子が許してくれるまで、僕は何度でも愛を乞おう。




お読みいただきありがとうございました。


みあみあ

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「ざまぁ」も「もう遅い」もない優しい世界。 [一言] 本当に砂糖菓子みたいな甘い話でした。
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