聖獣の祝福
ルークの妻となり公爵夫人となるためには、必ず聖獣の承認が必要だ。
クリスタラーゼ公爵家では結婚式というのは行わない。その代わり聖獣に公爵夫人として認められるという儀式をしなければならない。
認められるまでは聖獣公爵の婚約者という立場になる。
公爵令嬢からルークの婚約者に変わったが、生活は今までと変わりなく、ライラは新しい儀式の準備のため資料探しに奮闘していた。
「ルークのご両親の儀式の記録があればよかったんだけど」
「俺が生まれる前の儀式だからな。用意する物はイクルスが覚えている範囲で用意できるだろう。あとは聖獣の間での儀式内容を調べないといけない」
前公爵とルークの実母の儀式の時イクルスはすでに城で働いていた。儀式自体はわからなくても用意する物はわかるだろう。あとは聖獣の間での行動を記した資料を探すしかない。
聖獣の間には本来当主だけが入って儀式を行うが、結婚したい相手を聖獣に認めてもらう時に、婚約者を入れての儀式がある。
「私たちが入った時のでは駄目なの?」
「あの時のが正しかったとは俺には思えない」
後妻としてライラの母親が前公爵と再婚したとき、聖獣の間で儀式が行われた。その時はルークもライラも新しい家族として儀式に参加したのだ。その時のことを思い出して同じようにやればいいのではと最初に思ったのだが、どういうわけかルークは反対した。
「あの時は再婚相手を聖獣に紹介するような形になっていたが、聖獣の反応が今思えばおかしいと思った」
「そうなの?私はあの時が初めて聖獣に会ったからわからないけど」
義父が母を聖獣に再婚相手として認めてほしいと紹介したのを覚えている。その時聖獣はじっと母を見つめていたが、それ以外の反応はなかった。それは認められたからなのだと思っていたが違うのだろうか。
聖獣が母を見つめた後、不意にライラを見たのを覚えている。しっかりと視線が合ったことがわかったのだ。
だが何かが起こったわけではなく、聖獣はライラと視線を合わせた後、何事もなかったように姿を消した。
義父は聖獣の反応を母が認められたと判断していた。ルークとライラはそれに従ったが、当時を振り返ったルークは違和感があったようだ。
「調べた限りだが、婚約者が認められると、その相手にも聖獣の加護が宿るらしい」
「そうなの?」
そんな話は聞いたことがなかった。
「加護の内容は何もわからないが、それが認められた証拠になるようだ」
そう言いながらルークは手元にあった本をライラに見せてくれる。
そこには公爵夫人として認められた者は聖獣の祝福を受け、加護を授けられると書かれた書物だった。だいぶ古い物だが、儀式ではなく儀式後の内容で公爵夫人が祝福を受けているという記載だけがあった。
「あの時の儀式で聖獣は何もしなかった。祝福を授けたという何かが起こった気もしない」
「それって、公爵夫人として認められていなかったということにならない?」
母は聖獣に認められていない。勝手に公爵夫人になったということになる。だが、その後は母の身に聖獣の怒りが降り注ぐこともなかった。なんだか矛盾している。
「やっぱり認められていたんじゃないかしら」
ライラの言葉にしかしルークは納得した顔をしなかった。
「母の時と比べることができれば良かったんだが、知っている者が誰もいない以上確認のしようがない」
イクルスはすでに働いていたが、ルークの母親とライラの母親が聖獣の祝福を受けていたか違いがわかるかと聞いても、きっとわからないだろう。
そもそも公爵夫人が受ける祝福が具体的にどういうものなのかわかっていない。物理的に目で見える祝福ならわかりやすいが、おそらく見た目にわかるものでもない。
ルークの実母が夫人として聖獣に認められた時と、ライラの母が再婚したときの違いがわかるのは聖獣に認められていた前公爵だけだろう。だが肝心の前公爵はもういない。
「それに、再婚した当主がまず今までいなかったはずだ。そもそも再婚を認めているのかさえわからない」
聖獣が認める前に、再婚が聖獣に通用していたのかわからない。新しい2人の妻を公爵が迎え入れることを聖獣がどう思っていたのか、それは聖獣に直接聞かなければわからないだろう。
儀式のときに何も起きなかった。だから認められたと判断されただけ。
「そういう訳だから、ちゃんと調べて儀式に臨んだ方がいい」
わからないのなら調べるしかない。何が正しいのか今のライラ達には何もわからないのだから。
「そういえば」
再び本と向き合っていると、急にルークが思い出したように口を開いた。
「儀式のときのために新しいドレスを作ることになった」
「え、聞いてないけど」
「今、言った」
さらりと何でもないように言われて、ライラは驚きと戸惑いに複雑な表情になったのを自覚した。
「結婚式は行わない代わりの儀式でもある。新しいドレスを作るのは当たり前だろう」
そう言われると反対できないが、気がかりもある。
「ドレス一着くらい作る余裕はあるから心配しなくていい」
表情に出ていたのだろうか、ライラの心配をルークは苦笑して答えていた。借金はすべてを完済したわけではない。まだまだ返済の期間はあるのだ。新しい高価なものを購入すると聞くと、どうしてもお金のことを考えてしまう。
3年もの間借金に悩まされてきたライラには癖として残ってしまった。もう心配しなくてもルークが上手くやりくりしてくれているとわかっているのに。
「ごめんなさい。余計な心配だったわね」
新しいドレスが増えることは正直嬉しい。彼の見立てはライラの好みを射ているから余計にそう思ってしまう。
「後で仕立て屋が来るから、そこで新しいドレスのデザインを決めるといい。儀式に使うドレスだから、基本的に聖獣に合わせた色になるだろう」
ということは聖獣の毛並みの色と同じ白が基本となり、瞳の色の金が混ざっているのが条件になる。
ルークも儀式専用で正装を新調している。彼に会わせたドレスともなるだろう。
「できるだけ早く儀式を終わらせておきたい」
「新年の儀式まで余裕があると思ったけど、あまり時間が無さそうね」
本来は新年の儀式までまだ時間があったが、ライラがルークの伴侶として聖獣に認められるための儀式が追加されてしまった。ゆっくり調べものができると思っていたが、その余裕はなくなってしまった。
「新年の儀式が終わってからでも私はよかったのに」
儀式の内容を2人で調べるにも、ルークは普段の仕事の合間に図書室へ来ている。ほとんどがライラ1人で調べることが多く、内容が古代文字ということで時間もかかっていた。
結婚すると決めたはいいが、それほど急いでやらなければいけないとも思っていない。しばらく婚約者という立場を楽しむのもいいのではないか。
「婚約期間が長くても短くても、聖獣に認められなければ結婚はできない。その判断を先延ばしにすると気になってしょうがないだろう」
どれだけお互いが想い合っていても聖獣が認めなければ駄目なのだ。それなら早くライラがルークの伴侶として相応しいか判断してもらいたいと思っているようだ。
「認めてもらえるといいけど」
クリスタラーゼの経済が傾いても高価な買い物を止めなかった母親の娘。聖獣はどう思っているだろう。
そう思うと、ルークにも確かめずにはいられなかった。
「ルークは気にしないの?私は借金だらけにした公爵夫人の娘ということを」
「何を今さら」
問うてみれば、呆れた顔を向けられた。
「ライラはライラだろう。君はその借金を少しでも減らそうとしていた張本人じゃないか」
父の再婚相手の娘というより、ライラを見てくれている。そう言ってもらえることがどれほど安心できるか、ルークはきっと知らないだろう。
「それなら俺も、君を襲った義父の息子だ。怖いと思わないのか」
まっすぐな視線が向けられた。義父によって心に傷を負ったのは間違いない。でも、ライラもルークと同じ考えだった。
「ルークはルークよ。前公爵と重ねたことなんてないわ」
それが本心だった。確かに義父に怖い思いをさせられた。でも、ルークが触れてきても怖いと思ったことはない。
「そうか」
納得したように再び本へと視線を向けたルークだったが、その口元が笑みを作っているように見えたのは気のせいではないだろう。
ライラも再び本に目を向ける。
すると、ルークが立ち上がった。
「もうそろそろ戻らないと」
執務の合間に顔を出してくれたのだ。再び仕事に戻らなければいけない時間らしい。
「後は調べておくから」
そう言って見送りをしようとしたが、そのままでいいと言われてしまった。
その代わり彼が近づいてきてそっと頬に触れてくる。
プロポーズを受けてから彼との接触が急激に増えた。正確にはルークが触れてくる回数が増えた。
「また夕食で」
そう言って頬にキスを落としていく。
何度も触れ合うようになったが、まだ慣れないライラはそのたびに頬が朱に染まるのを自覚していた。
それをルークもきっとわかっている。わかったうえでスキンシップを増やしているのだ。
悔しいような恥ずかしいような、それでいて嬉しさもあるライラはルークの行動を否定することができない。
「それもきっと見抜いているんだろうな」
執務へと戻るルークの後姿を見つめながら、諦めを含んだ声が漏れるのだった。




