安心感
ソファに座らされて肩の力が抜ける。
長く息を吐きだすと、すぐ横にルークが座った。
「何があった?」
男たちに襲われて恐怖で何も考えられなくなっていた時、突然現れたルークが男たちを東屋から追い出して倒してくれた。それに安心してしまったライラは全身の力が抜けてその場に座ってしまうと動けなくなった。
見かねたルークが部屋まで運んでくれたが、一体なぜ襲われることになったのかその事情を聞きたがってきた。
「私も良くわからないの。あの場所でルークを待っていたら突然2人が現れて、話しかけてきたの」
男たちは酔っていたのか話しかけてくると酒臭かった。
ライラのことをクリスタラーゼの人間だと理解していないような馴れ馴れしい話し方で、人を待っているのだと断れば、そんなことを気にする様子もなく男たちがどんどん距離を詰めてきた。
怖くなったライラはすぐに東屋を出ようとすると、1人が腕を掴んできて動きを止めようとしてきたのだ。
離してほしいと訴えると、男は怯えるライラに対して楽しそうに笑顔を見せて、こちらの反応を楽しんでいるかのようだった。
もう1人に肩を掴まれてバランスを崩したライラは血の気が引くのを感じた。
悲鳴を上げようとした刹那、距離の近かった男たちが目の前から姿を消すと、東屋の外へと転がっていた。
何が起きたのか最初はわからなかったが、男たちと変わるように目の前にルークがいることに気が付いて、途端に全身の力が抜けてしまったのだ。座り込んでしまったライラの横にルークが跪いて目線を合わせてくれたことで、彼が助けてくれたのだと理解でき、それと同時に安心感が体を満たしていった。
その後近くを警備していたアスルがやってきて男たちを引きずっていき、ライラはルークに運ばれる形で部屋まで来たということだ。
「あの人たちは酔っぱらいのようだったし、私が1人だったから声をかけただけかもしれない」
酔うと気持ちが大きくなって普段ならしないような大胆なことをする人間もいると聞く。そう言う類の人間なら、女性が断っていても関係なく迫ってくるのかもしれない。
主催者側であるライラはあれくらいを簡単に追い払えなければいけなかったのだろうが、男たちが迫って来た時、義父に襲われた夜のことが脳裏をよぎった。その瞬間体が強張って動けなくなった。
もう過ぎたことで、聖獣によって未遂で終わったことだったが、それでもあの時の恐怖は未だにライラを支配しているのだ。
もう一度思い出したことでライラは自分の腕で体を抱きしめた。
「ライラ」
怯えていることがわかったのだろう。優しい声がかけられた。
顔を上げると、悲しそうな表情をしながらルークがそっと肩に触れてくる。
ゆっくりと規則正しい動きで肩を叩いてきた。優しく労わるような触れ方に強張った体が急激に力を緩めていく。
「もう大丈夫だから」
ルークの声に安心している自分がいる。
不思議なくらい彼の行動と声は落ち着く。
義父に襲われても、その息子であるルークには恐怖を感じたことがない。彼は彼なのだと理解しているし、ルークがライラを傷つけることはないという確信めいたものがある。
だからこそ彼を拒絶しようとは思わない。
男として見てほしいと言われてもその気持ちが変わることはない。
「ありがとう。もう大丈夫だから」
優しい手つきが肩を叩いていたが、それを止めるようにルークの手を掴んだ。だが、ルークはまだ心配するような表情を崩さなかった。
「ライラ」
もう一度名前を呼ばれて顔を上げると、今度は手でなくルークの頭がライラの肩に載せられた。
「ルーク」
少し慌てるが、彼は動こうとせずじっとライラの肩に額に載せていた。
「俺が大丈夫ではなかった」
弱々しい声が聞こえてきて、ライラは言葉に詰まった。
「好きな女が他の男に無理やり言い寄られているのを見て、冷静でいられるわけがない」
好きな女という言葉にどきりとする。ルークにとってライラはプロポーズして返事を待っている好意を寄せている女性になるのだ。男が近づいて怯えているライラを見て冷静でいるのは難しかったのだろう。
一瞬で東屋から男たちが追い出されたのは、ルークの怒りの表れでもあったようだ。
「当主としては、もっと冷静に対応するべきだったのだろうが、そのことも忘れていた」
クリスタラーゼ公爵家の当主として、冷静に男たちを牽制するという対応もできたのかもしれない。それができなかったことは未熟だと言われても反論できない。
だが、ライラはすぐにルークが助けてくれたことに感謝している。当主としては間違った判断だったかもしれないが、ライラはルークが目の前に現れたことに安心した。
彼の行動を責めることができない。ライラが謝るのも責めることになりそうな気がした。だからといって褒めることもできないし、慰めていいのかもわからない。
とりあえず肩に載せられた彼の頭をそっと撫でてみることにした。
柔らかい茶色の髪の毛が指の間をすり抜けていく。
ライラが別の男に言い寄られているのを見ただけでもきっと彼は嫌な思いをしたのだろう。そう考えた時、自分が逆の立場だったらどうだろうと思った。
ルークは婚約者もいない未婚の聖獣公爵だ。相手が定まっていない以上、その隣に立てるかもしれないと希望を持った女性たちが言い寄ってくる可能性は十分にある。
煌びやかなドレスを身にまとって自分をアピールしてくる女性と楽しそうに会話をしている彼を想像すると、胸の奥に疼くものがあった。その正体をはっきりと理解することができなくても、嫌だなという気持ちだけは沸いた。
ここに居ていいと言われ、プロポーズまで受けているから大丈夫だと安心していいとどうして思っていたのだろう。
いつまでも煮え切らないライラにいつか彼が愛想を尽かせば、他の女性を妻にする可能性だって十分にあるのだ。
捨てられたとは思わないだろうが、距離が離れることに虚しさを感じるだろう。
いつの間にか手の動きが止まってしまい、それに気が付いたルークが頭を上げた。心の整理がついたのか、落ち着いた表情をしていた。
だが、今度はライラの方が心の整理がつかない状態になってしまった。
「もうそろそろ侍女が来るだろう。ライラはこのまま部屋で休むといい」
「でも、まだ会場にお客様が」
「そちらは俺が対処する。それに男たちのことも気になるし」
クリフが今頃男たちを尋問しているだろう。酔っぱらった個人的な行動か、誰かに頼まれて意図的にライラに接触したのか、はっきりさせる必要がある。その結果も聞かなければいけない。
彼が男たちを引き連れて立ち去る時に侍女を呼ぶように指示していたので、アンナとルルナがもうすぐこちらへやってくるはずだ。
そう思った時、扉をノックする音が聞こえた。
返事をすると予想通り2人の専属侍女が姿を見せた。
「お嬢様。大丈夫ですか?」
「お怪我はありませんか?」
「お側に居られれば良かったのですが、給仕係でもないので会場には入れませんし」
「すぐに駆け付けられるようにどこかで待機していればよかったですね」
どんな説明をされたのかわからないが、アンナもルルナも少し慌てたように部屋に入ってきてライラの姿を認めると近づいてきて互いに口を開いていく。
「とりあえず大丈夫よ。ルークが側にいてくれたから」
怖い思いはしたが、怪我はしていない。両手を振ってそれをアピールすると、2人は安心したように吐息を漏らした。
「護衛騎士は何をしていたんでしょう。護衛の意味がないじゃないですか」
護衛であるアスルも会場には入れないし、すぐそばにいることができない。そのことはわかっているはずだが、アンナは彼を非難していた。ライラを傷つけた過去があるため手厳しい評価をされるのだ。
「ビウレット卿もすぐに駆け付けてくれたわ。だから大丈夫よ」
庭での警備にあたっていた彼は近くにいたのだろう。ルークが男たちを倒してすぐに騒ぎを聞きつけて駆け付けてくれた。ライラはアスルを責めるつもりはない。
アンナはそれでも納得がいかないのか頬を膨らませていた。
それ見てライラが苦笑していると、侍女たちの質問攻めを傍観していたルークが立ち上がった。
「ライラはこのまま部屋で休ませる」
「承知しました」
会場に戻るため指示を出すルークに侍女2人は軽く頭を下げて返事をした。一緒に戻るつもりでいたライラだが、この状況では2人は部屋から出ないように食い止めてくるだろう。
無駄な力を使っても意味がない。
部屋を出る直前、ルークが振り返って口を開く。
「大人しくしているように」
侍女たちの隙をついて会場に戻ると思っていたようだ。そんな忠告をして部屋を出て行く。
アンナとルルナの逃がさないというような視線が突き刺さる。そこまでして部屋を出ようとは思っていないが、どうやら信用されていない。
ライラは仕方なく乾いた笑いを漏らすのだった。




