ダンスの誘い
「ありがとうございました」
談話室に入るなり、ライラはすぐにユウナにお礼を言った。
「大したことはしていないですよ。あのように公爵家を傷つければどうなるのか、身をもって知るいい機会だったと彼女たちが思ってくれればいいだけです」
令嬢たちが今後公爵を侮辱しなければそれでいい。そう言う判断でユウナは口を挟んでいた。
「それに、今までのライラ様を見てきた中で、今日は一番堂々としていてよかったと思っていますよ」
「え?」
ソファに座りながらユウナは楽しそうに話す。
「いつも公爵夫人の後ろで自信なさそうというか、居心地が悪そうに立っているのを見ていましたから」
ユウナは伯爵夫人として今までも公爵家でのパーティーに何度も参加していた。その時に派手なドレスに身を包んで俯き加減で母親の後ろに立っていたライラを見たことがあったのだ。成人していないとはいえクリスタラーゼの公爵令嬢と言う肩書きを持っている。顔は出すべきだったのでいつも最初だけライラはパーティー会場にいた。
派手なドレスを見せびらかすようにゴージャスな母親は、娘にも同じ派手な物を着させていた。それがあまりにも不釣り合いであったのに、母は気にすることなく毎回新しいドレスを用意していたのだ。
自分の中で居たたまれない気持ちがあったのは確かだ。それは周りで見ていたユウナも感じていたようだ。
「それに比べたら、今日のライラ様のドレスは本当に素敵ですよ」
「私もそう思います。ライラ様にぴったりです」
黙ってついてきていたキーナも急に力強く口を挟んできた。
「そう言っていただけて嬉しいです。ドレスを選んでくれたのは当主ですから、彼にも伝えておきます。きっと喜ぶでしょう」
会場でもユウナはドレスを褒めてくれた。ルークのセンスの良さを認めてもらえたことは素直に嬉しいし、それを着られる自分は幸運なのだと思える。
「新しい当主は本当にライラ様のことをよく見ているのでしょうね。それもいろいろな意味で」
不敵な笑みを見せるユウナは、ルークのライラに対する気持ちを見抜いているような言い方だ。キーナは何のことだかわからずに首を傾げている。
「公爵家の未来は明るいでしょうね。年寄りの私はのんびりと様子を見ることにしましょう」
「まだそんなお年ではないと思いますよ」
50歳くらいには見えるが、背筋はしっかりと伸びていて、力のこもった瞳をこちらに向けている。自ら年寄り呼ばわりするにはユウナはまだ早いように思えた。
「ありがとう。様子を見るとは言っていますが、間違ったことをするようなら遠慮なく発言はさせてもらうつもりよ。その覚悟はしておいてほしいわ」
伯爵家自体がクリスタラーゼの親族の代表と言っていい存在だ。発言力は強い。伯爵家を敵に回すようなことはするべきではないだろう。
「心得ておきます」
その後3人でソファに座って会話をしていると、静かにノックの音が聞こえた。
立ち上がって扉を開けるとそこにはルークが立っていた。
「もうすぐダンスの時間だ」
「もうそんな時間。すっかり話し込んでしまったわ」
パーティーは最初挨拶などの招待客への対応の時間がとられる。その後ダンスの時間へと移行していく。その時間が迫ってきていたようで、どうやらルークはライラを探してここまで来たようだ。
「伯爵夫人も一緒でしたか。リゼ伯爵が探していましたよ」
「ダンスに誘ってくれるみたいね。私も戻りましょう」
立ち上がったユウナはすぐに部屋を出て会場へと戻っていった。
キーナが残されてしまうことに気が付いたライラは彼女も一緒に会場へと誘おうとした。
「私は未成年ですから、このまま部屋に戻ります。今日はライラ様にお会いしたくてお父様に我が儘を言ってパーティーに参加させてもらっただけですから」
スカートを摘まんでルークに挨拶をしたキーナはそのまま廊下を歩いて行ってしまった。すれ違った使用人に部屋の場所を聞いたようで、使用人の先導で立ち去っていった。
残されたライラは不意に目の前に手が差し出された。
「このまま一緒に行こう」
ルークの手がエスコートを誘っていた。
その手を取って歩き出そうとすると、ルークは何かを思い出したように動きを止めてライラを見た。
「確認していなかったが、ダンスはできるのか?」
聖獣祭の準備ばかりで当日のダンスについて話をしていなかった。ダンスに誘ったはいいが踊れるのかどうか確認したことがなかったのだ。
「一応踊れるわ」
「一応?」
自信のない言い方をすると、ルークも気になったようで聞き返してきた。
ここで隠していても仕方がない。ライラは意を決したように告白した。
「ダンスはイクルスとシシィから教わったの。担当の教師は付けてもらえなかったから。ただ、ずっと練習だけのダンスだったから、会場で踊ったことがないの」
家庭教師は2年だけ付けてもらえた。だが他のマナーやダンスなど、貴族令嬢として必要になるものは教えてもらえなかった。将来を心配した2人はこっそりとライラに教養を教えてくれていた。
そのおかげでマナーは問題ないところまでできるようになったし、ダンスも練習では失敗することがほとんどなかった。ただ、本番を知らないので会場で踊れるかと聞かれると心配しかない。
「足は踏まないようにするから」
自信がないけどそれだけは言っておく。
するとルークは僅かに笑った後に肩をすくめた。
「踏まれるような踊り方はしないつもりだ」
彼は随分と自信があるようだ。そう言えばルークがどれだけ踊れるのかをライラは知らない。
「学園でダンスは教えてもらったの?」
「授業にあったからな。初等部の時から必須事項だった」
成績優秀だというルークなら、ダンスも問題なく合格しているのだろう。ライラが下手な動きをしてもそれをカバーできるだけの技術を持っているのかもしれない。
そう思うと肩の力が抜ける。足は踏みたくないがルークとなら大丈夫だろう。
心が軽くなると会場に到着した。
「もうひと踏ん張りだ」
招待客たちの前でダンスを踊るのだ。ライラに否定的だったあの令嬢たちもいることだろう。
扉の前に立っている使用人たちにルークが合図を送ると扉が開かれる。
気を引き締めてライラはその中へと一歩を踏み出すのだった。




