聖獣公爵とパートナー
魔法石で照らされた会場は煌びやかというのがふさわしい場所となっていた。
明かりのせいだけではない。女性たちが着飾っているドレスや宝石の色とりどりの輝きも助長しているのがよくわかる。そして、新しいクリスタラーゼの当主への期待と羨望が渦巻いているのが会場に入った瞬間の皆の突き刺さるような視線で理解できた。
最初は入ってきたルークにすべての視線が向いていたのだが、次の瞬間隣にいるパートナーへと視線が動く。
それと同時にライラの緊張が高まったのか体が強張ったのが腕に伝わってきた。
「大丈夫だ」
彼女にだけ聞こえるように呟けばこちらに視線を向けることはなかったが、肩の力が抜けたのが感じられた。
歩き出せば周囲からざわめきが起こる。
「あれが新しい当主か」
「随分若いな」
「成人したばかりだと聞くぞ」
学園生活で領内にいなかったルークを始めて見る者も多い。どんな人物なのかまったくわからず声をかけるタイミングをお互いに窺っているのがわかった。
「隣は誰だ?」
「あれって、後妻の公爵夫人の娘よね」
「あんなに綺麗な女性だったかしら?」
女性たちの声は隣のライラに対するものが多かった。似合わない派手なドレスに印象が良くなかったのだろう。それが今はライラを美しく際立てることのできるドレスを身に纏っている。別人だとさえ思う人もいることだろう。
ただ、綺麗になったライラに注目が集まりすぎるのは避けたいと思う。
女性からは嫉妬の対象となり、男性からは好奇の視線を浴びる可能性が高いからだ。それを覚悟でここへ来たのだが、あまりに強い視線にライラがどこまで耐えられるのかわからない。
歩いている感じでは今のところ大丈夫なように思えるが、できるだけ注意を払っておく必要があるだろう。
「聖獣公爵様」
声をかけられて立ち止まればクロウディス伯爵が軽く頭を下げて挨拶をしてきた。
「本日はお招きありがとうございます。ライラ様もすっかり元気になられたようで安心しました」
すでに会っている伯爵はライラの怪我が回復している姿を知っているが、ここでわざとそのことを話しているのだとわかった。ルークの隣にいるのがライラだと周知させ、葬儀の時は怪我で臥せっていたことは知られているが、今は元気になったことを周囲に知らせるように話してくれている。
「今日は初めての聖獣祭だ。不備がないように準備はしてきたつもりだ。存分に楽しんでくれ」
「ありがとうございます」
「伯爵からのお見舞いの品もありがとう。心配をかけていたようですが、もうすっかり元気になりました」
2人が声をかけると一気に和んだ雰囲気に変わった。
ライラの笑顔での受け答えも良かったのだろう。
これを皮切りに様子を窺っている貴族たちは次々と声をかけ始めた。
ほとんどがルークへの聖獣公爵となったお祝いの挨拶で、隣にいるライラにも挨拶をする者はいたが、どちらかと言えば社交辞令のように感じられた。
城に居ながらほとんど顔を出すことがなかったライラは、貴族たちにとっては興味が向かない存在だったのだろう。成人していなかったのだから顔を出さなかったことを咎める者はいなかったはずだ。それなのにライラへの意識が向かないのは、クリスタラーゼの血筋ではない後妻の連れ子という考えが浸透しているせいなのかもしれない。
だが、時々彼女への好奇に満ちた視線が注がれるのも気が付いていた。隠すように庇うことができればよかったのだろうがパートナーとして一緒にいるだけで、婚約者でもないライラを下手に隠すような真似をすると後になっていろいろと良くない噂が広がる可能性もあった。今は堂々と振舞っている方がいい。
「聖獣公爵様」
声をかけられて振り向けば親族の1人が軽く会釈をした。
「本日はお招きありがとうございます。聖獣に認められたとお聞きして安心しました。葬儀の時は親族一同これからの公爵家を心配していたものです」
クロウディス伯爵とは別の血筋に近いリゼ伯爵だった。彼を筆頭にクリスタラーゼ家は親族会議を開いている。
親族の中での発言権としてはリゼが一番強いだろう。彼らを敵に回すといろいろとやりづらくなる。
「つきましては少々お話をよろしいでしょうか」
ルーク個人の誘いに、隣を窺えばライラは軽く頷いた。自分は大丈夫だから行ってきてほしいと視線が訴えている。
「すぐ戻る」
腕から手が離れると体温がなくなったせいなのか、寒々しい気持ちになる。それを無視して、ルークは伯爵の後を追うようについて行った。
彼が向かった先には、他の親族たちが集まって立ち話をしている場所。
ライラからそう離れていない場所で、視界に彼女の姿も捉えられる。
「当主様、本日はおめでとうございます」
「みな、聖獣祭を楽しんでくれているようだな」
それぞれにアルコールの入った飲み物を握って談笑している。ルークが当主となっての初めての聖獣祭のパーティーだが、今のところ不備はなさそうだ。使用人たちの努力の賜物だろう。
「ルーク様も立派になられて、前当主も誇らしく思っていることでしょうね」
「そうだな。葬儀の時はこの先の不安があったが、会場に入ってきた当主様を見たら、大丈夫だと思えた」
男爵や子爵なども混ざっているが、親族ということでそこまで爵位を考慮した雰囲気が感じられない。落ち着いた雰囲気に安心していると、リゼ伯爵がおもむろに口を開いた。
「ルーク様が当主となったということで、次はお世継ぎ問題になりますな」
その言葉に一瞬動きが止まった。
彼らがルークを捕まえたのは、今後の話をするためだったようだ。
聖獣祭というお祝いのパーティーで話すようなことではないと思うが、親族たちが集まったチャンスを逃さないためにも伯爵が計画したのだろう。
「ちょうど我が男爵家に年頃の娘が2人います。今度お会いしてみるのはいかがです?」
「それなら少し離れているが南に領地のある子爵家にも娘がいただろう」
「それとも近隣の領地でめぼしい娘がいたかな?」
「新しく親族を増やすのもいいかもしれない」
まだ公爵となって間もないというのに、よくもここまで言葉が出てくるなと思ってしまう。おそらくルークを公爵と定めた時点で適齢期の娘を探していたのだろう。
「我が伯爵家にも娘はいますが、みな婚約をしていて公爵家に嫁げる者がいません。残念ですが、他の領地から探すのが一番ですね」
リゼ伯爵がそう言うと、他の親族たちで年頃の娘がいる貴族たちの目の色が変わる。ルークと結婚すれば娘は公爵夫人となり、その父親となれれば発言力も強くなる。下心が透けて見える雰囲気にルークはため息をつきたくなった。
「そういう話を今ここでするのはどうかと思う」
それにルークにはすでに決めた相手がいる。まだ親族には何も話していないが、彼女が頷いてくれれば報告するつもりでいる。
後妻の連れ子だと侮るものもいるかもしれないが、それはルークやクリスタラーゼの使用人たちが全面的に守り抜くつもりでいる。
「それに、結婚相手を決めたとしても、聖獣が認めなければ公爵夫人にはなれない。聖獣に認めてもらえる自信があるというのなら、連れてきてみればいい」
そう言うと親族たちの誰もが口を閉ざした。
結婚したい相手を見つけたとしても、ここは聖獣が治める土地。聖獣に認められなければすべてが始まらない場所だ。そもそもルークは誰も認めるつもりがないので、聖獣も認めはしないだろう。
ライラもプロポーズを受け入れてくれれば聖獣と面通しがある。そこで認められて初めて結婚できるのだが、聖獣は認めてくれるとルークは思っている。
公爵家のために1人で奮闘していた彼女を聖獣はきっと見ていたはずだ。襲われた時も父親の愚行に聖獣が怒っただけかもしれないが、ライラは助けてもらっている。彼女のことを聖獣はクリスタラーゼの一員として認めてくれているのだと考えていた。
「話が終わったのなら失礼する」
無駄な話し合いだったと思いながらルークは親族たちから離れて想い人のところへと静かに足を向けるのだった。




