聖獣祭
聖獣祭当日は朝から城の中は大忙しとなった。
日中は街で収穫祭が行われているが、城の者たちはそれを楽しんでいられる暇がない。
夜のパーティーに向けての準備で使用人たちは動き回っている。
そして、ルークは昼間に聖獣の間で儀式を行う準備をしていた。
パーティーに参加する客たちは夕方から続々とやってくるだろう。その前に儀式を終わらせて迎える準備をすることになっている。
儀式では白を基調としたクリスタラーゼ公爵家の正装に身を包む。当主の儀式で使ったものではなく、ライラと一緒に新調した服を着ていた。
所々に金糸で刺繍が施され、首周りの刺繍には当主の花となったカスミソウをイメージした刺しゅうも追加されている。
聖獣ホルケウの白い毛と、黄金色の瞳に合わせた正装だ。
「失礼いたします。カスミソウをお持ちしました」
イクルスがカスミソウの花束を持ってきてくれた。普段は主役となる花のわき役として飾られる花だが、それだけを束ねた花束になっている。白い小さな花が沢山重なり合っているが、大振りの花が混ざっていない分少し見劣りはする。だが、花束としては十分な量が咲き誇っていた。
「ライラ様は先に控え室でお待ちになっています。今回も当主様の儀式が終わるまで待っているつもりのようです」
儀式は当主だけが行うものだ。控え室は用意されているが、儀式が終わるまで家族がその場所に居なければいけないという規定はない。ライラは自分の意思で控え室でルークを待ちたいと思っているのだろう。
「あの場所は冷える。温かくできるように配慮してやってくれ」
「わかりました」
聖獣祭は秋に執り行われる儀式だ。当主の儀式を行った時よりも冷えが強くなっていることだろう。この後にパーティーもあるのだから体調を崩しては大変だ。
花束を抱えて聖獣の間へと向かう。
朝早くに花や領民から届けられた供物が運び込まれている聖獣の間。あとはルークが当主の花を持って儀式を行うだけだ。
調べられるだけ調べて挑む儀式だ。父から教えられたことは何もない。手探りに近い状態ではあるが、きっと大丈夫だと思えていた。
当主として認めてもらえたこと。ライラが一生懸命手伝ってくれたことがルークの自信につながっている。
ライラがいる控え室は聖獣の間に行く途中にある。一時的な待機場所として利用する程度の場所なので、長時間滞在するための物が揃っていない。先に来ているということだったので、すでに寒い思いをしているのではないかと思った。
「ライラ」
「あ、ルーク。準備が出来たのね」
控え室に入ってみると、予想に反して殺風景だったはずの部屋が明るく温かい空間になっていた。
毛足の長い絨毯が中央に引かれていて、1人掛けのソファとテーブルが運び込まれていた。湯気の立つカップにケーキが用意され、魔法石のランプに照らされてライラは1人で刺しゅうをしていた。
「驚いたでしょう。朝この部屋に居たいと言ったら、みんなで運び込んでくれたみたいなの。寒い部屋だから暖かくしなくては駄目だと言われてしまって」
火元がないのでひざ掛けが用意され、それでも寒いようならとソファの横に毛布まで置かれている。さすがに冬ではないのでここまで準備する必要はなかったと思うが、使用人たちのライラに対する配慮が伺えた。
「これだけ準備できていれば大丈夫だな」
イクルスに頼んだのは余計だったようだ。彼はきっと知っていて何も言わなかったのだろう。もしかすると、すでに準備が出来ていたこの部屋を見せて驚かせるつもりだったのかもしれない。少し子供じみた仕掛けだろうが、驚かされたのは事実だ。
「前回と同じように、どれくらいの時間がかかるかわからないぞ」
「聖獣祭の儀式は毎年やっているのを知っているから、それほど時間がかからないと思っているわ。だから待っていようと思ったの」
父が当主として聖獣祭の儀式をしていた時はそれほど時間はかかっていなかったらしい。部屋の中で何が行われているのかまではわからなくても、待っていられると判断できる程度で終わっていた。
「初めての儀式だから、手間取る可能性はある。気長に待っていてくれるとありがたい」
「大丈夫よ。今回は時間を潰せるように準備もしてきたから」
テーブルの上に置かれている籠には刺しゅうのための道具が入っている。待っている間は刺しゅうの時間にするつもりのようだ。
「それに、渡したい物があったの」
そう言ってライラは籠の中から一枚のハンカチを取り出した。
「実は、ルークが学園を卒業して戻って来た時に渡すつもりで用意していたの」
渡された白いハンカチは、刺繍が見えないように畳まれていた。孤児院に渡したハンカチのように何が描かれているのか開いてみないとわからない。
ルークの学園卒業を祝うためのプレゼントとして用意していたのだが、火事で当主が亡くなったことにより急遽ルークが戻ってきて当主となった。バタバタとした中でライラは姿を消してしまい、刺繍を完成させることができていなかったのだ。もう渡すこともないと思われたハンカチだが、ライラは戻ってくることになり、時間を見つけては少しずつ縫っていた。
聖獣祭に間に合うように仕上げていたことをルークは知らない。
「開いてみて」
刺しゅうが見えないハンカチ。それを開いてみると、ハンカチの白とは違う色合いの白色で縫われた狼が現れた。
「ホルケウか」
黄金色の瞳に勇ましさを感じる迫力ある作品になっていた。
孤児院に渡されたハンカチの聖獣は子供がもらってもいいように可愛らしく簡略化されていたのだが、当主となるルークには本来の聖獣に近いものを描いていた。
僅かに色の違う白の糸を駆使して毛の動きを再現した聖獣は躍動感がある。ライラの刺繍の腕はルークが思っている以上に磨かれていた。
「ありがとう。大切にする」
ライラからのプレゼント。考えてみれば初めてだ。父親の再婚で家族となったが、すぐに学園へ行ってしまい、会うのは長期休暇の時だけ。いつもライラの質問に答えるという会話ばかりで、何かを渡したりもらったりしたことがなかった。
「ルークは高価なものをくれたから、私のハンカチ1枚じゃ対等にはならないでしょうね」
ライラに似合うドレスを見繕っていたが、すべてルークの懐からの出費だ。対してライラは密かにドレスを売ったお金で布や糸を購入し、ハンカチを用意して孤児院に寄付していた。その中の一枚をルークのために用意した。金銭的に言えば圧倒的にルークの方がかかっている。
そんなことを気にする必要はないのに、ずっと借金に苦しんできたライラにとってお金で考えてしまうのは仕方がないのかもしれない。
「さぁ、聖獣祭の儀式をしなくちゃね」
両手を軽く叩いてライラが話を変えた。ここへ来たのは聖獣祭の儀式をするためなのだ。いつまでものんびりしているわけにはいかない。
「儀式が終わったらパーティーの準備もあるし、しっかり終わらせましょう」
「そうだな」
明るく背を押されるように言われてはこれ以上ハンカチの話をしているわけにもいかない。
花束を抱え直して部屋を出て行こうとしたルークだが、部屋の入り口まで見送りをしようと先を歩いていたライラに声を掛けた。
「ライラ」
振り返った彼女の頬にそっと口づけを落とす。
「ハンカチのお礼だ」
一瞬にして固まってしまったライラは次の瞬間顔を真っ赤にしていた。
異性として意識してほしいと思っていたが、儀式の準備や調べもので一緒に居られる時間が少ない。アプローチする余裕もない。だからこそチャンスは逃してはいけないと思う。
彼女の反応から、少しはルークを意識してくれているのだろうと思いたい。
「行ってくる」
まだ固まったままのライラを残してルークは控え室を出ると、聖獣の間へと気持ちを切り替えて足取り軽く向かうのだった。
残されたライラは口づけされた頬に触れた後、ふらふらと歩いてソファに座るとしばらく悶えたように両手で顔を覆っていたことなど知る由もなかった。




