新しい衣装
「もう少し腰を絞った方がいいですね」
「髪が短くなったので、バランスを少し変えたほうがいいでしょうね」
「やはり落ち着いた色がライラ様にはお似合いですね」
仕立て屋2人が真剣な表情で採寸したメモを見ながら相談している。その横でサンプルとして持ってきた布をアンナが同じように真剣な表情で見ていた。
採寸のためにずっと立ちっぱなしだったライラは、やっとソファに座ることができてお茶を飲んで落ち着いているが、隣を見れば同じようにくつろいでいるルークもいた。
「新しいドレスを作っているなんて聞いてなかったけど」
「聖獣祭は特別な行事だ。ドレスの新調は必要だろう」
これもルークの学園で稼いだお金から出費されているのだろう。そう思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになる。そんなに何着も買えるだけのお金が彼の懐にあるのか心配もしてしまう。
「大丈夫なの?」
お金の心配をした質問だが、ルークは特に気にしているようには見えなかった。
「俺の衣装も必要だったし、2人分を用意するくらい大丈夫だ」
ライラの意図に気が付いていたようだ。すました顔でお茶を飲んでいる。
聖獣祭まで日数が迫ってきた今日。朝から呼び出されたライラは待ち構えていた仕立て屋に注文していたドレスの試着をさせられた。ほぼ出来上がっているドレスはライラの今の体型に合わせてわずかに調整するのみとなっていた。
新しいドレスの話など聞いていなかったため混乱しながら言われるがまま動いていたライラは、後からやって来たルークに事情を聞いて驚くことしかできなかった。
彼は密かに新しいドレスを注文していた。自分の聖獣祭当日に着る正装を新調するついでだと言っていたが、意図して注文したことは明らかだ。だが買ってもらっている身としては文句も言えない。
それに聖獣祭の重要性をライラも理解していた。
何も言えないことをルークもわかっている。
しょうがないなと内心で思うだけがライラのささやかな抵抗になった。
「当主様はまた背が伸びたようですね。少し手直しが必要になりますが、当日までには絶対完成させますのでご心配なく」
今度はルークの採寸票を見ながら仕立て屋の女性が言ってきた。
まだ成長期のルークは採寸するたびに手直しが必要になっているそうだ。
ライラはすでに止まってしまったようで、新調での手直しはしたことがない。あとは横に大きくならないように気を付けるだけだ。
隣を見れば長い足を組んで優雅にお茶を飲む姿は見惚れてしまいそうな美しさがある。
同じ年ではあるがルークの方が頭ひとつ分は大きい。それがなんだか羨ましく思えた。
「私ももう少し背があったらよかったのかな」
「ライラは今くらいがちょうどいい。あまり背が大きいと目立つことになるぞ」
社交場で貴族たちの中に入った時、背が大きい女性は目立つだろう。特に男性は自分より背が大きいことを気にするようで、相手にされず無視されるか、巨人だと悪口を言われる可能性が多いという。
「学園時代にもそう言って女性を中傷していた愚か者はいたからな」
学園は男女共学だ。授業によっては実技などもある。そんな時に女性の体形を指摘する者はいた。
「そんなときはどうするの?」
「基本的には関係なければ放っておくのが一番だ」
助けてあげるのかと思いきや、ルークはそれが当たり前だと言うように突き放した。
個人的な友人や、立場的に守るべき相手なら嫌味を言ってくる相手への牽制はする。だが、関係ない人間にまで手を差し伸べれば、後でいろいろと面倒ごとに巻き込まれる可能性が高くなる。それを避けるためにも個人で解決してもらうしかない。
「学園は貴族も平民も混ざった場所だが、やはり家柄や立場で対応が変わってくる。余計な混乱を避けるためにも下手に首を突っ込むことはできない」
先生や学長に訴えることも可能だが、やはり最後には立場がものを言う。そこをぐっと堪えることしかできない学生はそれなりにいただろう。
背の話をしていたはずなのに、なんだか暗い話になってしまった。
「ルークは背が高くて、学年首席で次期公爵だから女学生から注目されていたんじゃない?」
学園ではなくルークの話へと切り替えてみた。
すると彼は何かを思い出したのか眉間に皺を寄せた。あまりいい思い出ではなさそうだ。
話題を間違えたと思っていると、ルークは無表情になって口を開いた。
「そう言う背景しか見ていない者は男女問わずにいたな。下心しかない相手にわざわざ対応する必要はない」
声をかけてくる人間は沢山いたのだろう。そのほとんどが次期公爵という肩書しか見ていない学生ばかりだった。友人はいたようだが、本当に信用できる相手だけを選んでいたのだ。
学園の話を戻ってくるたびに聞いていたが、ルークはルークなりに学園で苦労を強いられていたようだ。
「勉学以外にも、人を見極める訓練にはなっただろうな」
次期公爵として信頼できる人間を見極めることは重要な能力になる。義母に押し込まれた学園生活ではあったが、それなりにいろいろと経験が積めていたのだろう。
それを羨ましいと思うことはないが、一度くらい学園生活というものを体験してみたかったと思う気持ちもあった。
ライラの想像では、注目の的であるルークが女学生から告白されたりして楽しい時間を一緒に過ごす相手がいたのではと思った。その予想が外れたことにがっかりしながらも、ルークが好意を持った相手がいなかったことにほっとしている自分もいた。
それに気が付いて頭を振る。彼がいつからライラのことを女性として見ていたのかはわからないが、どこかの時点でライラへの気持ちを明確に持っていたのだろう。だからこそ他の女学生に興味を持つことがなかった。
「どうした?」
「なんでもないわ。もっと楽しい話が聞けるかと思ったけど、予想と違って驚いただけ」
信じてくれたかどうかわからないが、ルークは追及してこなかった。
そんな2人を微笑ましく見ている仕立て屋とアンナの視線に気が付く。
「仲の良いお2人ですね」
「衣装もお揃いにして正解だったわ」
「当日のエスコートをする予定になっていますので、2人が並ぶと素敵に見えるように仕上げてくださいね」
『もちろんです』
3人で微笑み合いながら意気投合している。ここはどうするべきなのか困ってルークを見れば、彼はすました顔でお茶を飲んでいた。だが、その横顔がどこか嬉しそうに見えたのはライラの気のせいだったのか定かではない。




