カスミソウ
ルーク=クリスタラーゼが聖獣に認められ当主となったことはすぐに城で働く者たちに伝えられた。
それと同時に使用人たちは大急ぎでルークを祝うための準備に取り掛かっていく。
部屋の外がなんだかそわそわと動いているのを感じながら、ライラは窓の外を呆然と眺めていた。
途中で何度目かのため息をつくと、クローゼットを覗き込んでドレスを選んでいたアンナが不思議そうにこちらに視線を向けてきた。
「お嬢様、どこか具合でも悪いのですか?今夜は当主様をお祝いするのですから、今のうちにゆっくり休んでください」
聖獣の間の控え室に籠っていたことで体調を崩したと思われたらしい。ベッドで休むように勧められたが、ライラはどこも具合が悪いわけではない。
それよりもルークのプロポーズとこれからのアプローチを考えると、これからどんな風に接していけばいいのかわからなくて困ってしまうため息をついているだけなのだ。
「大丈夫、どこも悪くないから。今夜のお祝いは盛大にやりましょうね」
そのための準備をしてくれているのだ。水を差すようなことはしたくない。
控え室を出た後、ルークのエスコートで部屋まで案内してもらったが、その間お互いに何も話すことはなかった。何を話せばいいのかわからないライラに対して、ルークは平然としているようだった。
その様子が少しだけ憎らしくもあり、そっとしてくれていることへの安心感もあった。
「まさかこんなに翻弄されるなんて」
「何か言いました?」
ため息交じりに独り言を漏らせば、アンナは首を傾げている。
「なんでもないわ。それよりも今夜のドレスはどうするの?」
ライラのドレスは普段の日常で着る物しか残っていないはずだった。パーティーで着るようなドレスはすべて借金を返すために売り払っている。
「こちらを用意しました」
白と紫の光沢のある生地でできたドレス。全体的にシンプルではあるが、角度によっては光を反射する素材のようでドレス自体が輝きを放っているようにも見える。腰の部分には大振りの白いリボンが特徴的だ。
だが、ライラは首を傾げるしかない。
「見たことないドレスね」
母が選んでいたドレスはどれも派手な色合いでフリルやリボンで強調していたり、宝石類をさらに盛ることで豪華さをアピールする物ばかりだった。母はゴージャスな美人と言えたが、ライラは淑やかな美人と言われていた。どうしても母が選んだドレスや装飾品はライラにはアンバランスになっていたのだ。
「これは当主様が発注していたものですよ。本当は聖獣祭に合わせていたのですが、当主として認められた今日着るのがいいと思います」
「これもルークが頼んでいたの?」
前にオレンジのドレスを彼が用意していた。ライラが戻って来た時にドレスが減っていては困るだろうという配慮だと思っていたが、まさかパーティー用も準備していたのか。
「当主様はお嬢様のことをよくわかっていますね。落ち着いた雰囲気のドレスの方が断然お嬢様には似合いますから」
侍女たちもライラのドレスが似合っていないことを感じていたが、口にすることはできなかった。ルークが選んだドレスは、ライラのためのドレスだと言っても過言ではない。ちゃんとライラのことを考えて選んでくれていることにアンナも喜んでいる。
そう考えると、ルークは本当にライラのことを見てくれていたのだと思う。女性としてライラが一番美しく見えるように選んでくれたのだろう。
嬉しさと恥ずかしさが込み上げてくる。少し頬が熱く感じるのは気のせいにしておこう。
「でも、装飾品はさすがにないでしょう」
すべて売り払っているはずだ。新しく買うとなればそれだけお金がかかる。ドレスもいい素材を使っているようだから値が張ったはずだ。どこにドレスを新調するお金があったのか疑問ではあるが。
「アクセサリーは少しだけ侍女長が残しているはずですよ」
「そうなの?」
「お嬢様が戻ってきたら、お嬢様のために使う用として取っておいたはずです」
シシィはライラのことを考えて宝石を残してくれていた。
すべてを換金していると思っていたライラは侍女長の配慮に感謝するしかない。
「さぁ、着替えてしまいましょう。当主様も準備が出来たら迎えに来るはずですから」
ルークのお祝いのパーティーだが、ライラのエスコートもしてくれるらしい。男性として見てほしいと宣言していたことから積極的に動いているのかもしれない。そう考えるとライラもちゃんと彼のことを見てあげる必要があるだろう。目をそらすことはルークの誠意を踏みにじることになる。
ドレスの謎が解けないまま袖を通すと、やはり上質な生地を使っているのがわかった。肌触りがとてもよくて見た目よりも軽い。動きやすさも考えられたドレスはすぐにライラのお気に入りになった。
嬉しさが顔に出ていたのだろう。アンナがくすっと笑った。
「気に入ったようですね」
「とてもいい物をもらったわ。ちゃんとお礼をしないといけないわね」
そうは言ってみたが、ライラはお礼ができるほどお金を持っていないことに気が付く。お礼のプレゼントは買うことができない。
どうしようかと悩んでいると、ライラの心情を察したのかアンナは思い出したように言ってきた。
「このドレスはお嬢様がこれまで頑張ってきたご褒美のようなものですよ。当主様からの感謝の気持ちだと伺っています。お礼は必要ないそうです」
「そう言われても私が落ち着かないわ」
クリスタラーゼの未来のために頑張ってきたことを認めてもらえることは素直に嬉しい。だが、物をもらって平気でいられるライラではない。
「お金がないから、物を買わない方法でお礼をするしかないわね」
これは後で考えることにしよう。
その後ルルナがタイミングよくアクセサリーを持ってやって来た。いくつか残しておいた宝石の中で大粒の青い宝石のネックレスとイヤリングを選ぶ。
「それと、こちらを髪に編み込もうと思います」
宝石以外に白い小さな花がいくつもある生花をルルナは持ってきていた。ルークが聖獣の間から戻って来た時に手にしていた花と同じだ。
「カスミソウよね」
「こちらは現当主様の花となりましたので、今日のパーティーで身に着けるのがいいだろうと侍女長の提案です」
当主の花は、聖獣に選ばれた時に当主が自分の花として選ぶものらしい。
ルークはカスミソウを選んだので、この花が現当主の花になった。聖獣に会う時は必ずカスミソウが必要になる。
ルークから事情を聞いたのだろう。侍女長はすぐにライラに身に着けさせることを思いついた。
「前当主様も何かの花を選んでいたのでしょうけど、私たちは知りませんでした」
ルークの父親も当主として花を持っていたはずだが、使用人もライラもどんな花を選んでいたのか知らなかった。そのため聖獣に花が必要であることも認識されていなかったのだ。
「カスミソウだなんて、ライラ様にぴったりのお花ですよね」
鏡の前に座らされると侍女2人でライラの髪を結い始めた。短い髪なので上手く編み込まないといけない。
「どうしてそう思うの?」
どこを見てカスミソウとライラを結び付けたのかわからなかった。
「カスミソウの花言葉を知りませんか?」
アンナは知っているようでルルナの言葉に納得しているようだった。
「どんな言葉なの?」
質問すると鏡越しに2人が視線を合わせて笑いあった。
『清らかな心』
2人同時の言葉に鏡越しのカスミソウが視界に入る。
「どういう経緯で選んだのかわかりませんが、まるでお嬢様を思って選んだようなお花ですよね」
「白くて可憐な花がお嬢様にはよくお似合いです」
ライラを思って選んだとは思えないが、2人が嬉しそうに語るのが気恥ずかしい。
結い終わっていないため動くことができないライラは頬が熱を帯びるのを感じて両手で押さえてしまった。それを見た2人が微笑ましそうにライラを見守っていたことは後になって気が付くこととなった。




