花
「前当主の部屋が最初の火災現場であり、その火がライラの寝室へと広がった」
目の前にいる騎士団長にルークは、火事の結末を伝えていた。
「火事が起きたことに気が付いた両親はすぐに逃げようとしたが、義母は間に合わず巻き込まれてしまう。父は何とか部屋から出たものの、近くのライラの部屋に確認に行ったが、ライラはすでに火事に気が付いて慌てて逃げていた」
ライラの寝室に当主が倒れていたことをどう説明するべきか考えていたが、ライラを助けるという結論に至った。
「父はそこで延焼してきた火から逃げられず事切れた」
「火事の火元は前当主夫妻の寝室であり、ライラ様の部屋は飛び火で延焼したということですね」
クリフの確認に頷く。火事の火元はそれぞれの寝室からになっていたが、それを父親の寝室だけにする。
ライラの部屋は近いとはいえいくつかの部屋を挟んでいる距離だ。火が移ったというのに強引すぎるだろうが、外の人間が城の中を詳しく知るわけがない。これくらいは強引にこじつけても大丈夫だ。嘘を押し通して本当にしてしまえばいい。
「黄金色の炎は城の者たちだけが知ることだ。あれが聖獣の力によるものだとはわからないだろうから、このまま放置する」
赤い炎の中に黄金色の炎が見えたという報告はあるが、それは敢えて無視した。聖獣の力が作用していたことを使用人たちは気がついていない。放っておいても、火事があったことは広まるだろうが、炎の色が噂になることはほとんどないと判断したのだ。
「ライラは火事が起きたことに動揺して、夢中で逃げたために記憶が曖昧だ。城を飛び出して逃げる途中で怪我をした」
火事で逃げたのではなく義父から逃げているが、それでも逃げて怪我をしたことは事実だ。
嘘と真実を混ぜることで信ぴょう性を高める狙いがある。
「これで報告書をまとめてくれ」
クリフには火事の真実を伝えておいた。そのうえでライラの真実は公にしないことを決めた。彼女をこれ以上傷つけないために、前当主の行動も伏せることにはなる。
クリフも真実を知った時は驚きを隠せていなかったが、ルークの結論に意を唱えるつもりはないようだ。
ルークのライラへの気遣いをわかってくれている。
「報告書が出来次第お持ちします」
火事の調査は騎士団に任せていた。報告書もクリフに仕上げてもらう。
話が終わってクリフが部屋から出て行くと、ルークは目の前に広げられていた書類を片付け始めた。
少しだけ休憩をしてから図書室へと向かうつもりでいた。
夕食までまだ時間があったので少しでも本を読み進めて儀式に関する資料を集めるつもりでいる。
聖獣祭まで時間がない。当主としての儀式もできるだけ早く行う必要がある。
図書室へ向かいうと、机の上に数冊の本を広げてペンを動かしているライラがいた。
今日は食事の時間も違ったので姿を見ていなかったが、もしかするとずっと図書室にいたのかもしれない。侍女たちには集中しすぎないように注意を払っておくように伝えていたが、あまり効果がなかったかもしれない。
こちらに気が付いていないようで、ライラは無言でペンを動かしている。本と目の前の紙を見比べては何かを書き写しているようだった。
真剣で静かに作業をする姿は綺麗だと思った。時々頬にかかる髪を払う仕草がどこか色気を感じさせる。
ライラはルークと初めて会った時から綺麗な子供だった。母親は派手さをもった美人であったが、彼女は清楚で静かな美しさを秘めているような感じがあった。それでいてその瞳は好奇心に溢れていて、気になることをルークに遠慮することなく訪ねてくる子供だった。
不思議と嫌だと思ったことがない。義母に疎まれてもライラのまっすぐさは嫌いにならなかった。
「ライラ」
声をかければやっと気が付いたように顔を上げる。
「ルーク。来ていたのね」
優しい微笑みが心を癒してくれる。
「少しだけど進展があったのよ」
そう言って書き写していた紙をこちらに見せてくれた。
文章以外にも挿絵のようなものもある。
「聖獣ホルケウはどうやらお花が好きみたい」
一体どこからそういう結論が出てきたのか謎だった。
近づいて空いている隣の椅子に座ると、ルークの前に書き写した紙を置いてきた。
細いしなやかな指が文字をたどる。
「当主の儀式のときに当主は花を携えて聖獣の間に入るって記述があったの」
「花を携えて」
「どんな花なのかはわからないけど、聖獣祭の時も花を飾るでしょう。だから、聖獣は花を好むのよ」
聖獣祭では聖獣の間に台座を囲んで様々な花が並べられる。その中心に聖獣が降臨するのだ。
「初代が花を持って聖獣との対話をしていたことが由来になっているそうよ」
聖獣と初めて契約を結びこの土地を治めることを許された初代は、聖獣との対話をするときは花を持っていたそうだ。それが聖獣に会う合図でもあったのかもしれない。
「他に用意する物は書いてなかったのか」
「花以外は何も。これだけでいいのかもわからないけど、聖獣と会うためには花が必要だってこと」
「とりあえず、花を持って聖獣の間に行ってみたほうがいいかもしれないな」
そこで聖獣が現れれば花は正解ということになる。だがその後どうやって当主として認めてもらえるのかわからない。
当主となった人たちの手記を見つけて読んでみたが、当主となった日にどのような儀式をしたのか書かれたものがなかった。
「聖獣に聞いてみたら、意外とわかるかもしれないわよ」
ライラが随分と前向きな発言をしてくる。儀式の内容を聖獣に直接聞くという発想はルークの中になかった。当主として認められる最初の儀式だ。失敗が許されないと自分を追い込んでいたため、聖獣に聞くなど考えたことがない。
「ずっと調べているけど、聖獣に関わる儀式は明確にこれをしなければいけないという拘束はあまりないような気がするのよね」
一緒に調べ始めて数日。図書室にいる時間はライラの方が長くなってきていた。ずっと聖獣に関する資料を見ていた彼女は、一つの結論を出したようだ。
「花は必要みたいだけど、それ以外は時代によって変わってきているんじゃないかしら。だから誰も詳しい内容を書いていないのかもしれないわ」
「そうなると、俺が当主として認められる方法は何をするべきなんだろう」
この地をルークに任せてもいいと判断してもらうにはどうするべきなのか。
「ルークが当主としてどうしていきたいのか示せればいいんじゃないかしら」
少し考えてから、ライラは思いついたように言ってきた。
「ルークはもうすでに当主として色々と判断しているでしょう。そうやって行動していることは聖獣が見ているかもしれないわ」
当主となった者はホルケウの加護を与えられると同時に、当主として相応しいか常に評価を受けている。もしかすると次期当主としてルークのこともすでにどこかで観察しているのかもしれない。
そんな気配は感じないが、相手は聖獣だ。人間の計り知れない力を持っている。ルークがここへ戻ってきてからずっと次の当主として相応しいのか見極めている可能性は否定できない。
「花を準備してみよう」
これ以上の進展は図書室では無理なのかもしれない。そう思えば聖獣に会うために花を持って行くという提案を試してみる価値がありそうだ。
何が起こるのかわからない。何も起こらない可能性もある。それでも試してみなければ先に進めないと思った。
「どんな花がいいのかしらね。温室で一番きれいに咲いている花にしましょう」
一生懸命調べたことが採用されたことにライラは嬉しそうだ。
花の話をしたことで、ルークはあることを思い出した。
「そういえば、墓参りをしていなかったけど、一緒に行ってみるか?」
両親の葬儀に出席できなかったライラのために、ルークは一緒に墓参りをすることを提案していた。いろいろあってできずにいたのだが、行く気があるかどうか確認してみることにした。
訪ねた瞬間ライラの表情が強張る。それを見て聞くべきではなかったと思っていると、彼女はゆっくりと首を横に振った。やはり襲ってきた義父やそれを承諾していた母親の墓には行きたくないようだ。
「行かないわ。実はここを出た時に行ってきたの。もう戻ってくることはないって思ったから」
墓にさえ近づきたくないのだと思ったが、どうやらそうではなったらしい。
怪我が治っていなかった足で城の裏手まで行っていたのだ。別れを宣言していたので、もう行くつもりはないという。
ルークは最近になって気づいたことがあった。
ライラは両親のことをお母様、お義父様と口にしなくなったのだ。前公爵や母親という風に他人行儀な言い方しかしない。
それはライラを裏切った彼らへの決別を意味していたのだろう。
「そうか。それならもう言わない」
ライラの中ではっきりと線引きがされているのならルークが言うべきことは何もない。
「今日の調査はここまでにしよう。明日は聖獣に会えるかもしれない」
試すべきことが見つかったのだ。調べものも一区切りだ。
立ち上がって手を差し出すとライラが首を傾げる。
「もうすぐ夕食の時間だろう。食べ終わったらゆっくり休まないと」
侍女たちが言っても効果が薄いようだが、ルークからの言葉ならライラも従うだろう。
ルークの意図が伝わったのか、ライラは開いていた本を閉じてから手を取った。
一緒に図書室を出て廊下を歩きながら、ルークはライラにいろいろな負担をかけていることを考えてしまう。借金のこともこうやって調べものをしてくれることも、本来ならライラのするべき事でないはずなのだ。
もしかしたら明日には聖獣に認められた当主になれるかもしれない。
「甘やかすか」
その時が来たら苦労してきたライラを甘えさせてもいいと思う。
「何か言った?」
呟きは彼女に聞こえなかったようだ。ルークは僅かに口元に笑みを作るだけで何も答えなかった。




