ハンカチ
古代文字の文献から聖獣に関する儀式を調べ始める日々がライラの日課となって数日。
ルークは当主としての仕事もあるためずっと図書室に閉じこもることができない。合間を見て顔を出しては一緒に本を読み漁っていたが、基本的にライラが1人で図書室にいる時間が多かった。
侍女のアンナとルルナには説明しているが、ずっと閉じこもっていると時々様子を見に来てくれる。飲食はできない部屋なので、食事は食堂で取って、軽食も用意してくれるのでその時は居間で寛ぐことにしている。そうやって机にかじりつくように本を読むライラの体を気遣ってくれていたのだ。
「甘いものは疲れた頭にいいわね」
軽食に誘われて居間に行けば、すでにケーキが用意されていた。
文字を追っている作業は意外にもお腹が空く。特に甘いものが食べたくなるのだ。
今日は小さめのケーキがいくつも用意されていた。口に運んで美味さに自然と微笑む。
「調べものは順調なのですか?」
お茶を注ぎながらアンナが聞いてきた。ずっと1人で調べものをしていると無言になってしまうので、こんな時は話し相手がいてくれるのも嬉しい。
「そうね。少しは進んだかしら」
ルークが言っていた通り、聖獣祭の内容が記載された本は多いが、当主の儀式に関してはあまり載っている本がない。それらしい記述を見つけても簡単な説明だけで終わったり、抽象的な書き方で詳しい内容がわからなかった。
ルークが苦戦していたのだ。ライラが1人手伝いとして増えてもすぐに見つけられるものではないだろう。地道にやっていくしかない。
「聖獣祭の準備はどうなの?」
今度はライラがアンナに質問する。
「順調ですよ。いつも通りに取り組んでいますから」
今年は当主が亡くなってしまったが、街の収穫祭も城の聖獣祭もいつも通り執り行われる。
亡くなった悲しみに浸るのではなく、新しい当主が治めてくれる期待を持って聖獣祭をするという方針なのだ。
執事長、侍女長、それに騎士団長がそれぞれの使用人や部下達にそのことを伝え、前向きに動くことで聖獣祭を盛り上げようという意向だ。
「必要な物はすべて手配を済ませたようです。温室の花も庭師たちが張り切って準備をしていますから安心していいと思います」
聖獣祭には毎年聖獣の間を花で飾っている。城の中もいつも以上に花を飾るのだが、聖獣の間は中心にある台座を囲うように多くの花を咲かせるのだ。
そのためこの時期になると庭師たちは温室で温室以上の熱気を孕むように働いている。
「今年も綺麗に咲くといいわね」
聖獣の間の飾りつけは見たことがないが、大量の花を運んでいる姿は見たことがある。どれもがきれいに咲き誇っている花を見るだけでもライラには楽しかった。
「孤児院へのハンカチの寄付ももうすぐですね。少しですが手の空いた侍女たちで刺しゅう入りのハンカチを増やしていますから」
聖獣祭の前に孤児院に毎年ハンカチの寄付をするのだ。
刺しゅう入りのハンカチは聖獣祭の日に、収穫祭で孤児院を訪れてわずかでも寄付をしてくれた人たちにお礼として子供たちが手渡す。
刺しゅうのデザインは様々で、どんなデザインが描かれているのかわからないように織り込まれて手渡すことになっている。
渡された人たちはハンカチを開いてどんな刺繍がされているのか確かめるのも楽しみのひとつにしているそうだ。
その中にはライラが刺繍した聖獣をモチーフにした白い狼も含まれている。
今年は火事から刺しゅうが出来ていなかったのでいつもより枚数が少なめだ。
その分侍女たちが別の刺繍でハンカチの枚数は確保してくれていた。
「子供たちも喜んでくれるといいわね」
ハンカチはいつも侍女長が代表して届けてくれていた。その時に子供たちが喜んでいたという話を聞いているので、今年も持って行かなければと思っていた。ライラがいなかったとしてもシシィはきちんと届けてくれていただろう。
聖獣祭は心配しなくても大丈夫な気がする。あとはルークの当主としての儀式だ。
「あの、お嬢様」
ルークのことを考えながらお茶を飲んでいると、アンナが躊躇いがちに声を出した。
「どうしたの?」
急な変化に首を傾げると、アンナは急に深く頭を下げてきた。
「ずっと、言えずにいたことがあります」
驚いているライラに構わず、彼女は言葉を続ける。
「あの火事の夜。お嬢様を最初に見つけたのは私です」
それは覚えている。森から抜け出したライラに駆け寄ってきてシーツをかけてくれた。その後の記憶はないが、すべてアンナがやってくれていたのだろう。そう考えるとお礼を言っていなかったなと思う。
「あの時、気を失ったお嬢様を部屋に運んで気が付いたことがありました」
ボロボロの夜着に足の怪我。早く手当てと着替えをさせなければと思ったそうだ。それと同時にどうして夜着の胸元が裂けたようにボロボロなのか不思議に思った。だが、その後のライラの寝室で前当主が倒れていることを知って、アンナは嫌な予感がした。
「乱れた服に、部屋から逃げ出していたお嬢様。寝室には前当主がいたことを考えると、お嬢様は襲われた可能性があるのではないかと思っていました」
前当主が義理の娘を襲っていた。衝撃的な予想にアンナは口が裂けても周りに言えなかった。確定したことではないのでライラが目を覚まして確認してからイクルスや、帰ってきたときにシシィに報告すべきだと考えたのだ。
その告白にライラは言葉が出てこなかった。アンナは予想ではあるがライラの身に何が起こっていたのか勘づいていた。
「ずっと、黙っていてくれたのね」
「確認をするべきだとは思っていました。でも、目を覚ましたお嬢様は何も言わなかったので隠したい事なんだと判断しました」
襲われたという予想は確信めいていたが、確定はできなかった。何も話さないライラの心を抉るような真似はできず、アンナはずっとライラの様子を伺いながらいつも通りに接することを心掛けてくれていた。
真相はルークかシシィが伝えたようだ。専属侍女として把握しておくべきだと判断されたのだろう。
「アンナ」
未だに頭を上げてくれないアンナにライラは優しく声をかけた。
ゆっくりと彼女が顔を上げると、隣に座るように促す。
戸惑いながらも横に座ってくれたアンナの手に自分の手を重ねると、ライラは心から感謝を込めてお礼を言った。
「今まで黙っていてくれてありがとう」
「そんな。勝手なことを言ってはいけないと思って判断したまでです」
「それが私を救ってくれたのだから、やっぱりありがとう」
もう一度お礼を言うと、アンナが泣きそうな顔になった。
真実を知ったアンナは自分の予想が当たっている部分に衝撃を受け、外れた部分にほっとしていた。
心の中に葛藤を抱えて側にいてくれたのだ。
「私のせいで辛い思いをさせてしまったわ。ごめんなさい」
「お嬢様の苦しみに比べたらこれくらい平気です。それよりもご無事で本当に良かったです」
そう言った彼女の目尻から涙が零れた。ライラが逃げられたことに心から安堵しているのが伝わってくる。
「この話はここまでにしましょう。これからは聖獣祭の準備を頑張らないとね」
気持ちも楽になったことだろう。アンナが笑顔を見せてくれる。
立ち上がったアンナは思い出したようにハンカチの話を戻してきた。
「今年のハンカチですが、孤児院に届けるのではなく、孤児院の院長先生が受け取りに来るそうですよ」
「珍しいわね」
ハンカチは毎年孤児院に届けていたが、今年は孤児院の代表である院長先生が来てくれるという。
「新しい当主になりましたし、挨拶をしたいということらしいです」
「なるほど」
当主がルークに変わったことで一度顔を合わせておきたいと思ったようだ。孤児院はクリスタラーゼの支援も受けている。借金まみれだった公爵家だが、国に治める税と、孤児院などの支援にかかる金銭は確保していたようだ。
表向きは良い顔をしていたようだが、その裏は借金で危機的状況になっていたのだ。
「それならハンカチはルークに頼んでおきましょう。顔合わせの時に渡せるように準備しておいて」
「はい。それまでにハンカチも完成させておくようにします」
後は任せても大丈夫だろう。ライラがするべきことは、本を読みこんで少しでもルークの役に立つことだ。彼が当主として相応しいと聖獣に認めてもらわなければいけない。
お茶を飲み終えたら再び図書室で古代文字との戦いだ。
読みかけの本の内容を思い出しながら再び気合いを入れ直すライラは目の前のケーキを頬張るのだった。




