胸の高鳴り
いつ来ても聖獣の間は静かだ。
ルークは中心の台座に近づいて、何もいない空間を見つめた。
当主となればルークに反応して聖獣が姿を現してくれるはずだが、今はまだ認めていないことを主張するように聖獣は姿を現さない。
聖獣祭の前に行いたいと思っていた儀式だが、間に合わないかもしれないという不安が常にある。
助けてくれる人はいない。儀式に詳しい人間がいない以上1人で解決しなければいけないとずっと自分を追い込んでいたのだろう。
だが、ライラがそこに手を伸ばしてくれた。
彼女も同じ家庭教師に古代文字を教わっていた。文字が読める喜びと、クリスタラーゼの歴史も学べることから、彼女は独学でも文字の勉強をしていた。
正直とてもありがたかった。間に合わないかもと思っていた焦りの気持ちがその時溶かされていくような気もした。
「次にここへ来るときは儀式を行えるかもしれない」
それは聖獣に言ったのかもしれないが、自分に言いきかせていたのかもしれない。
不意にライラが近づいてきて本を覗き込んだ光景を思い出した。
突然の近距離に少し驚いたが、名前を呼んでも彼女は反応することなく視線が本の文字を追っていた。
頬にかかった髪が横顔を隠してしまうと、それを指先で払っている姿がルークは綺麗だと思えた。
瞬間、心臓が大きく高鳴ったのがわかった。
「専門的な用語まではわからないと思うけど、普通の文章なら私でも読めるわ」
「え?」
いつの間にか見惚れていた。すぐに反応できずにいるとライラがこちらを向いたのだ。
その顔の距離に彼女が驚いたようだったがすぐに体を反して謝ってきた。
少し頬が赤かったような気がする。
「古代文字なら私も読めるわ。少しなら力になれるかも」
そう提案してくれた彼女はとても頼もしく見えてしまった。それと同時に、笑顔を向けてくれるようになった彼女がまぶしくも感じた。
その時、自分の気持ちに蓋をする必要がないのだと思った。
「当主として認められたら、覚悟を伝えるつもりだ」
誰もいない空間にルーク声がこだまする。それは宣言でもあった。
彼女はクリスタラーゼのためにずっと頑張ってきたのだ。今度は自分の番なのだと思っている。
この地を護る者として、当主として何をすべきなのか、ライラがここで穏やかな気持ちでこれから過ごしていけるようにしてあげたかった。
台座の中心を見つめても何も起こらないし、聖獣の姿など見えるはずもない。
一度目を閉じたルークは深く呼吸をしてから瞼を持ち上げた。
その瞳は部屋に入ってきたときよりも力強い意志が宿っていた。
「また来ます」
聖獣が聞いているのかわからない。それでも一礼してルークは聖獣の間を後にしたのだった。




