使用人たちの思い
目が覚めるとベッドで寝ていたことに気が付く。
いつ寝たのか覚えていないが、夜着にもなっていた。
体を起こすとベッドの横に椅子が置いてあり、そこでルルナがうたた寝をしていたことに驚いた。
色々思い出そうとしていると夢を見ていたことが先に思い出せた。
とても懐かしい昔の出来事だった。
母親の再婚でクリスタラーゼ城に住むことになって数日後、突然ルークが王都の学園に行くことになった時の夢だ。
家庭教師と荷物の整理をしていて、次の日にはルークは学園へと行ってしまった。
「あの後すぐにエリック先生は戻って来たのよね」
家庭教師をクビになったはずのエリックは数日後に再び城に戻って来た。
それは突然で驚くライラに無邪気な笑みを向けてきたことを覚えている。
『今日からライラ様の家庭教師を務めることになりました』
公爵家の一員となり公爵令嬢となったライラへの教育が必要だと判断されての再雇用だった。
今度はライラが勉強を教わる番だと知り、その時は喜んだものだ。
懐かしくなって笑みが零れる。
「大変だったけど楽しかったな」
エリックの授業はとにかく量が多かった。すでに10歳になっていたライラは、他の貴族令嬢より明らかに教育が遅れている。それを取り戻すために朝から晩まで勉強をした時期もあった。
憧れの勉強は苦行も混ざったものとなった。
それでも、新しい知識を吸収できる場としては楽しかったのも事実だ。
どうして今頃こんな夢を見たのかわからないが、あの時のエリックの授業のおかげでライラはどこに出て行っても大丈夫な貴族令嬢に成長できた。
「お嬢様」
ぼんやりと過去のことを思い出していると、うたた寝をしていたルルナが目を覚ましたようで少し慌てながら声をかけてきた。
「ルルナ、おはよう」
「おはようございます。お嬢様、お体は大丈夫ですか?すぐに冷たいタオルをお持ちします」
体に異常はない。ただ顔が重たいと思っていた。
「随分目が腫れてしまいましたね」
顔を覗き込むようにして確認される。そこで昨日のことを思い出した。
ルークに火事の日のことを話した。彼はライラの言葉を信じてくれて、慰めてくれた。
泣くつもりは当初なかったのだが、結局盛大に泣いてしまった。その後のことが上手く思い出せないが、どうやら泣きつかれて眠ってしまったようだ。
つまり、泣き顔と寝顔をルークに見られたことに思い至る。
途端に恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じた。
「醜態を晒したわ」
両手で顔を覆ってみたが、すべてが終わった後では意味がない。
どんな顔をしてこの後会えばいいのだろうと悩んでいると、ルルナが桶に入った水とタオルを持って戻って来た。冷たい水を浸み込ませたタオルで目元を冷やす。完全に腫れが引くのには時間がかかるだろうが、少しましになるまでそのまま冷やすことにする。
「朝食はどうしますか?」
「できれば部屋で取りたいわ。こんな顔じゃ部屋から出られないもの」
目元を腫らして歩いていてはみんなに心配させてしまう気がした。
「お部屋に用意しますね」
ルルナもわかっているようですぐに部屋を出て行った。
1人になって息をつくと、すぐに扉がノックされる。ルルナが戻って来たのかと思ったが、入ってきたのは侍女長のシシィだった。
ライラの顔を見るなり納得したような表情をする。昨日彼女の前で泣いたのだから、目が腫れることは予想していたのだろう。
「みっともないところを見せているわね」
「そんなことを気にする必要はありませんよ」
恥ずかしくなって言ってみたのだが、シシィは首を振った。
「すぐに着替えましょうか」
クローゼットを開けて服を選び始める。出してきたのは明るいオレンジ色のドレスだった。
それを見てライラは首を傾げる。
「こんなドレスはなかったと思うけど」
ドレスはすべて母が選んで買い与えられたものを着ていた。買い物ばかりしていた母は、娘のドレスも勝手に選んで上質な生地で作らせていた。娘を着飾ることも母にとっては特別だったのだろう。
買い物を控えるように言ったライラは母から叱責を受けて以降、買い与えられた服を大人しく着ていた。
パーティーで着るドレスは一度着たらまた新しいドレスを作って、普段着る物は季節ごとに買い与えられていた。
ライラがいなくなったことで、普段着ていたドレスも上質な生地を使っていたので高く売れているだろうと思っていたが、いつライラが戻ってきてもいいように残していたようだ。
だが、目の前のドレスは見覚えがない。
母親の物かもしれないと思ったが、とてもシンプルなドレスは派手な物ばかり選んでいた母のイメージとは違っている。不思議に思いながら見つめていると、シシィはとても嬉しそうにドレスをライラに渡してきた。
「これは当主様が用意された物ですよ」
「ルークが?」
「当主様なりにお嬢様を喜ばせようとしていたのでしょうね」
一体いつ注文したのだろう。着てみるとサイズもぴったりだ。
謎すぎるドレスを見下ろしていると、鏡の前に座るように促される。
「化粧で少しは目元も隠せるでしょう」
冷たいタオルで少しばかり腫れが引いたように思うがそれでもまだ腫れているのがわかる。それを化粧で隠してくれる。
外を歩いても大丈夫かなと思えるくらいの見栄えになると、今度はブラシを手にしたシシィが髪を梳いてくれた。
だが短い髪がすぐにブラシをすり抜けていくと彼女は鏡越しに複雑な表情をした。
ライラは食堂にいた頃朝の支度は1人でしていた。その時に髪を自分で梳いていたので、短くなった髪に慣れてしまっていた。
シシィはずっと長い髪のライラしか知らない。簡単に終わってしまうブラシを見つめて表現できない感情が渦巻いているようだった。
「シシィ」
名前を呼ぶと鏡の彼女と視線が合う。
「私はもう大丈夫。髪はまた伸ばせばいいのよ」
時間はかかるが髪はまた伸びてくる。だから悲しむ必要はないと伝わればいい。
「そう、ですね」
「そうよ」
ライラが笑顔で言うと、シシィもわずかに笑顔を見せてくれた。
「お嬢様」
髪も整えてもらって、ソファで寛ぎながら朝食を待つことにすると、シシィがすぐ横に来た。
ソファに座るのかと思っていると、急に床に片膝をついた。視線が一気にライラより低くなる。
「どうしたの?」
急なことに驚いていると、シシィは静かに微笑んだ。
「あなた様がどれだけの努力をしてきたのか、日々見てきた使用人たちはよくわかっています。そして、笑顔を見せてくれることが、たとえ給金を減らされてもここで働き続けようと思う私たちの支えでもあったのです」
突然の告白にどう返したらいいのかわからない。
「私が言いたいのは、先ほどのようにまた笑っていてほしいということです」
髪はまた伸びてくると笑顔で言えたライラにシシィは嬉しさを覚えた。そして、ライラの笑顔がこの城で働く使用人たちの心の支えになっていたことを思い出したのだ。
そんな風に思われていたとは知らなかった。だが、ライラが笑顔でいることで彼らの役に立てていたのだとすると嬉しく思う。
「ありがとうシシィ」
「お礼は私が言うべきことです」
そう言って、2人でまた笑った。
こんな穏やかな時間を過ごせる日が来るとは思っていなかった。
すべてをルークに打ち明けることが出来たからかもしれない。そう思うと、ライラの言葉を信じてくれて受け入れてくれたルークに感謝するのだった。




