家庭教師
「何してるの?」
やることもなくて暇を持て余していたライラは、家庭教師に勉強を教えてもらっているはずのルークの部屋を覗いてみることにした。
同じ年だがルークは将来の公爵として何年も前から家庭教師が付けられている。
遠い貴族の血筋で平民落ちしたのと変わらない生活をしていたライラには家庭教師という者がどういう存在なのかよくわからなかった。
とにかく勉強しているルークの様子を見てみればわかるかもしれないという好奇心だけで部屋へ行ったのだが、そっと扉を開けて中の様子を伺うと、なぜか2人は大きなトランクに荷物を詰め込む作業をしていた。
これが勉強なのかと首を傾げながら声をかけると、ルークは驚いたように振り返ってきた。
「お勉強の時間じゃなかったの?」
勉強風景を見に来たのだが、どう見てもどこかへ出かける準備に見える。
「あ、これは・・・」
「ルーク様のお勉強は今日で最後になりました」
別のトランクに荷物を詰め込んでいたメガネの男性がトランクを閉じて説明してくれる。
20歳くらいに見える黒髪の男性は黒い瞳に黒縁の眼鏡と、服まで黒系統にしている。ライラから見れば真っ黒な人だった。彼がルークの家庭教師エリック=ミントンなのだが、実は35歳だと聞いた時は驚いた。
「もう教えないの?」
「そうですね。ルーク様は王都の学園に行って勉強することになったので、私の役目も終わりです」
「王都の学園?」
そんな話は聞いていない。ルークを見ればどこか気まずそうに別の方向を見ている。
「あちらではもっと色々なことを学ぶことができるでしょう。きっとルーク様の大きな糧になると思いますよ」
ルークが何も言わないのでじっと見つめていると、エリックは苦笑しながら説明してくれた。
「ルークだけ行くの?」
「そう伺っていますよ」
ライラの質問にすべてエリックが答えてくれる。王都という響きに憧れを感じるが、どうやら行くのはルーク1人のようだ。
ライラはこの時何も知らなかった。
学園に行くことはルークがさらに勉強を深めていくためではなく、母が気に入らない義理の息子を追い出すための口実だったことに。エリックはそのことを気が付いていたが雇われた身では何も言えなかった。
「学園では寮生活になりますから、帰ってくるのは長期休暇の時だけでしょうね」
「そんなに長くいないの?」
時々戻って来ては顔を見せてくれるのかと思っていると、夏季の休暇と年末は寮を追い出されるので戻ってくるという。秋の卒業と入学のシーズンも学年が変わることで学園内が騒がしくなり戻ってこられるチャンスではあるらしいが、ルーク自身が戻るつもりがないようだった。
ルークも追い出されたという自覚があったのだ。
本当に何も知らなかったのはライラだけ。無邪気に大人たちの説明を信じていた。
「そうなると、先生はどうなるの?」
素朴な疑問だった。家庭教師はルークのためだ。彼がいなければエリックがここへ来る意味がなくなる。
「私の役目も終わりですから、明日からは来ませんよ。今日はルーク様の荷造りのお手伝いと、最後の挨拶に来ていただけです」
家庭教師がいなくなる。勉強風景が見られなくなってしまうことにライラはがっかりしてしまった。
「寂しがってもらえると、少し嬉しいものですね」
「たまに遊びに来たりする?」
貴族の生活にまだ慣れていないライラは雇われている人間が解雇されればここへ来られなくなることをわかっていなかった。
近所のおじさんが家に遊びに来てくれる感覚の質問だった。
エリックはその時何も答えず苦笑しているだけだった。ルークもわかっていたのだろう。静かにライラを見つめてから視線をそらす。
「いつかまたお会いできる日があるといいですね」
そう言って頭を撫でてくれた。
「その時は私にもお勉強教えてくださいね」
家庭教師に勉強を教わる。その内容に憧れを抱いてライラは明るく言葉を放ったのだった。




