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公爵令嬢は、聖獣公爵に愛される  作者: ハナショウブ
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苦しみからの開放

ドスッと鈍い音が聞こえてライラは話を止めた。

前を見るとルークがテーブルに拳を叩きつけている。その拳が小刻みに震えているのを見て、彼の感情が理解できた。

同時に父親にライラが襲われたという話を信じてくれたことも伝わってくる。

信じてもらえていることが今はなによりもライラの心を救うことになる。

妻の買い物を継続させるために娘を娼館に売り飛ばすだけではなく、そこで稼いだ金さえも横取りしようとしていた。義父の考えに絶望したが、それと同じくらいライラを売ることを母が承諾したことが衝撃的だった。

考えただけでも気分が悪くなりそうだ。

「当主様」

静かになった部屋にシシィの声が響く。

「お話はまだ終わっていません」

「言わなくても想像がつくだろう」

その後何があったのか、彼は予想して話を止めさせたようだった。ライラの口からこれ以上言わせるにはあまりにも酷だ。

そう思ってくれたことに嬉しさがあったが、ここで話を終わらせることはできない。

ルークが想像しているようなことはこの後に起こっていないから。

「ルーク」

名前を呼ぶと少し戸惑ったように視線を向けてきた。

「たしかに、お義父様に襲われたのは事実よ。だけど、まだ続きがあるの」

まっすぐに視線を向けると、彼は何も言わなかった。

続けてもいいと判断してライラはあの夜の出来事を話した。

「もうどうすることもできないと思って諦めたのよ。誰も助けに来てくれない。絶望だけしかなかった」

頬の痛みと体を押さえつけられている重みは今でも思い出せる。覚悟などできなかった。

「だけど、その時に異変が起こったの」

「異変?」

その言葉にルークが首を傾げた。

「窓ガラスがいっせいに割れたの」

最初は何が起こったのかライラにもわからなかった。

絶望していたライラはせめて視界に義父を映したくなくてぎゅっと目を閉じた。

その瞬間耳をつんざくような激しい音が部屋に響いたのだ。

それと同時に体を抑えていた力が消えた。

驚いて目を開けると目の前にいたはずの義父がいなくなっていて、周囲を見渡せば部屋の窓がすべて割れていた。床に無数のガラス片が散らばり、義父は壁際に背中を預けるように座り込んでいた。

まるで窓の外から何かの力が加わって窓が割れ、義父はその勢いに押されて壁に叩きつけられたように思えた。

「何が起こったのか私には何もわからないけれど、逃げられるチャンスだと思ったわ」

自由を手に入れたライラは乱れた夜着のまま何も考えずに部屋を飛び出していた。

そこからはほとんど覚えていない。

どこをどう走ったのかわからないが、廊下を走り抜けて庭に出たような気がする。

義父が追いかけてくるかもしれないという恐怖があったのだろう。足を止めることなく庭を抜けていつの間にか森の中に入り込んでいた。

「気が付いたのは遠吠えが聞こえたからなの」

まるでライラを呼び戻そうとしているように思えた。不思議な感覚だったが、その遠吠えで我を取り戻したライラは城へと引き返し、そこで火事が起こっていることを知った。

「アンナが駆け付けてきてくれて、そこから記憶がないわ」

これがあの夜に起こったことだった。

火事の原因を知りたいルークには申し訳ないが、火事が起こった直接的な原因をライラも知らない。

話し終わると、隣に座るシシィがそっと肩に触れてきた。

「よく話してくださいました。嫌なことを1人で抱え込んでいたのは辛かったでしょう」

「シシィ」

優しく肩を叩かれる。すると頬を涙が伝った。

「あっ、泣くつもりなんてないのに」

そう言いながらも涙は次々と溢れてきて頬を濡らしていった。ずっと我慢していたものを吐き出したことでため込んでいた様々な感情が涙とともに溢れてくる。

「一つ聞きたい」

涙を止めようと目を擦っていたライラに、ルークが静かに質問してきた。

「なに?」

「襲われた恐怖は確かにあっただろう。でも、俺に話してしまえば疑われることはなかったはずだ」

未遂であったとはいえ襲われたことに変わりはない。その恐怖を乗り越えればルークに話せる内容だったと判断したようだ。

「それは、だって・・・」

ライラは視線を彷徨わせて口ごもる。ずっと言えなかった理由を問われているのだ。

「ルークにとっては実の父親よ。それに後継者のルークにとって尊敬すべき公爵でしょう。そんな人が起こしたことをあなたが信じるかどうかわからなかったし、きっとルーク自身がショックを受けると思ったから」

信じてもらえない可能性もあった。父親がそんなことをするはずがないと否定されてしまえばライラには反論することはできなかった。

逆に信じてもらえたなら、それは父親のとんでもない行動を肯定することになる。ルークにとっては衝撃的な事実になるのだ。

信じてもらえない怖さと、ルークを傷つけることになる話を積極的に言うことが出来なかった。

「ごめんなさい」

「お嬢様が謝ることなどありません」

ぽつりとつぶやいた謝罪にシシィが首を横に振った。

前を見れば、ルークが静かに立ち上がってライラの隣にやって来た。

3人掛けのソファの真ん中に座っていたライラは、左側にシシィが座っている。右側が空いていたのでそこにルークが座り込んだ。

座ると同時に手が伸びてきて体が跳ねた。

身を固くするライラが目を固く閉じると、頭に優しい感触が伝わってきた。

そっと目を開ければ、ルークが優しい眼差しを向けて頭を撫でてくれていた。

「ずっと苦しませてごめん。話してくれてありがとう」

いつの間にか止まっていた涙が再び溢れてきて視界がぼやける。

2人の優しい手つきがライラを励ましてくれている。もう我慢しなくていいのだと言われているようで、ライラはとにかく泣いた。

ずっとため込んでいたものを全部涙と一緒に出し尽くしてしまうまで、ライラは涙を流し続けた。


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