帰ってきて
先に馬車から降りて手を差し出すと、自然に手が重ねられてライラが降りてきた。
あまりの自然な動きに頭で考えるよりも体が動いたといった感じだったのだろう。
降り立ってから気が付いたように重ねた手を見つめていた。
「ライラ」
名を呼べば視線がぶつかる。腕を差し出すと腕とルークの顔を交互に見ていた。
城の入り口で馬車から降りただけだ。城に入るまでのエスコートをするつもりだったのだが、ここでは戸惑ったようだった。
「俺が迎えに行ったことは城の全員が知っている。ライラを伴って戻らないと非難されるからな」
当主であるルークを直接非難することはないだろうが、後々陰口は言われるだろう。その前にライラを丁重に扱って帰ってきたことを知らせておかなければいけない。
ルーク自身、できるだけライラに側にいてほしいという気持ちもあった。そうしないとまたどこかに消えてしまいそうな不安が心の奥に燻っている。
ルークの説明で納得してくれたのかライラは頷いて腕に触れてきた。
「ルークのエスコートなんて、初めてのような気がするわ」
ぽつりと言われた言葉にルークもそういえばと思う。
ずっと学園にいたため、ライラと接する機会は長期休暇の時だけだった。その時も部屋や図書室にいるルークを彼女が訪ねてきて話をする程度。エスコートをするような場面は一度もなかった。
いまさらそんなことに気が付く。
そのまま彼女を伴って歩いていくと、城の入り口にイクルスとライラの専属侍女が2人立っていた。
3人ともルークの隣にいるライラを見てほっとした表情を見せた後に、侍女たちは顔面蒼白になる。近づいていくとライラの髪の長さに気が付いたのだろう。シシィと同じように衝撃を受けた顔をしている。
「お、お嬢様・・・」
アンナが震える声で口を開くと、ライラは少し困ったように笑っていた。
「ただいま、でいいのかな?」
勝手に出て行ったライラがこの場所に戻ってくることに抵抗があるのだろう。困った表情をルークにも向けてきた。
その視線に安心させるように優しい笑みを浮かべた。
「お帰りライラ」
帰ってきていいのだと、ここがライラの帰る場所なのだと伝わればいい。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
イクルスが笑顔であいさつすると、侍女2人は深々と頭を下げた。
『お帰りなさいませ』
声が2人とも震えている。頭を下げたので顔が見えなかったが泣いているように思えた。
「すぐに部屋に案内してくれ。それと着替えも必要だ」
早朝に連れ戻したが、まずは部屋で休ませるべきだろう。着ている服も平民の娘が着る質素なものだった。彼女の服は残してあるのですぐにドレスに着替えてもらうことにした。
「かしこまりました」
ずっと入り口に立って話をしているわけにもいかない。イクルスが扉を開けてくれたのでライラと一緒に中に入った。
一歩入った瞬間、ルークは足を止めてしまった。
城の中にいる使用人のすべてが集まったのかもしれないと思う程、ホール内が人で埋め尽くされていた。
仕事はどうしたのかと思いながらも、全員がルークの隣にいるたった1人を見ているのだとわかる。
それほどまでに慕われていた証拠だ。皆がライラの帰りを待っていた。
多くの視線を浴びて同じように足を止めたライラは驚いて固まっていた。
「お嬢様だ」
「ライラ様が帰ってきた」
「待って、あの髪の長さ・・・」
安堵の声が漏れる中、近くから聞こえた侍女のものと思われる女性の声に、その周辺にいた女性たちから短い悲鳴にも近い声が漏れた。誰もがライラの髪の長さに注目してしまった。
貴族の未婚女性が髪を切っていることがどういうことなのか、城で働く使用人は貴族と平民出身者が混ざっていても誰もが知っていることだ。
結婚したか、結婚しないで修道院に行く予定だったか、もしくは傷物になって結婚を諦めた女性も髪を切ることがある。どんな想像をしたかはわからないが、本人に聞いてみないとわからないとしても、ルークの予想は平民として生きる決断をしたからだと思っている。
ホール内がざわついていたが、気にすることなくライラを促した。
「まずは部屋で休もう」
「この状況はどうするの?」
特に女性たちが動揺しているのがわかったが、ここで説明していては部屋に辿り着けない気がした。
「イクルスとシシィに任せればいい」
使用人たちをまとめる役目を持っている彼らに任せた方が場は落ち着くような気がした。
後ろからついてきたイクルスとシシィはホールを見渡して呆れた顔をしていたが、仕方ないなという思いもあったようだ。誰もがライラの無事な姿を一目見たかったのだろう。
「ここは私たちにお任せを。アンナとルルナはお嬢様をお部屋に案内しなさい」
『はい』
2人が先頭をきって歩き出すと、道を作るように人が左右に分かれていった。その道をルークが歩いていくとライラはあちこちに視線を向けながら使用人の顔を確認しているようだった。
「みんな、辞めずに残ってくれたのね」
その呟きに安堵の色が含まれていた。親しかった使用人の顔を見つけたのだろう。彼女が出て行ったことで辞めてしまったのではと心配していたようだ。
「君がいなくなってから出て行った使用人は今のところいないよ」
給金の下がっている今の職場に居続けてくれたのは、ライラの人柄のおかげだと思う。きっと陰で努力しているライラを見てやめてしまえば見捨てることになると思ったのかもしれない。ライラがいなくなっても辞めなかったのは、彼女が戻ってくると信じていたのだろう。
「着替えが終わったら少し話をしたい」
廊下を歩いて部屋までエスコートすると、部屋の前で口を開く。
休ませてあげたい気持ちもあるが、今はちゃんと向き合って話をしなくてはいけない。今の城の状況も報告しておきたかった。できれば出て行った理由も彼女の口から聞きたかった。
「わかったわ」
少し戸惑っているのか視線が揺れる。それでもここまで来たという覚悟があるのだろう。最後にはまっすぐにルークを見つめてきた。
侍女とともに部屋へと消えると廊下を引き返したルークは腕に触れていた温もりを思い出した。
やっと見つけることが出来た。
見た目だけだが無事ではあったように思う。歩き方も違和感がなかったので足の怪我も治ったと思っていいだろう。
ほっとすることもあるが、これからが大事だ。
間違えた道を選べば再びライラは城を出て行くだろう。今度こそ戻ってこないかもしれない。
今度こそ彼女を守ると強く胸に誓うルークは廊下を引き返していった。




