迎え
そこにいたのはルーク=クリスタラーゼだった。
アスルから報告を受けて自らここへやって来たようだ。一晩今後のことを考えている暇はなかったのだ。
ルークの視線でライラが来たことに気が付いたロック夫妻が振り返る。その顔は困惑していた。
何の話をしていたのかわからないが、2人はルークを追い出そうとはしていなかった。
どうするべきか頭が真っ白になって動けずにいるライラへとルークがゆっくりとした足取りで近づいてくる。
「ライラ」
とても優しい声はライラを気遣っているのが窺えた。
火事の真相を話すことなく勝手に出て行った義理の姉だというのに、彼はずっと心配していたように労わるような視線を向けてきた。
「あっ・・・」
なんと返せばいいのかわからない。
言葉に詰まっていると、キリが戸惑いながらも近づいてきた。
「ライラちゃん。店の前に馬車が停まっているんだけど、あの家紋が・・・」
アスルの報告を受けて馬車でここまでやって来たようだ。店の前に貴族が使う高級な馬車が停まっていては悪目立ちする。窓から見えた見覚えのある馬車の横にはクリスタラーゼの家紋が描かれていた。
この街に住んでいる領民たちは皆が認識できるものだ。
明らかに公爵家の馬車を使ってやってきたルークが誰なのか、名乗らなくても2人は理解できたのだろう。追い返すわけにもいかずに戸惑っていたところへライラが来たのだ。
これでライラが少なくとも公爵家の関係者であることは知られてしまった。
「ライラ」
どう説明したらいいのだろうと考えているとルークが名前を呼んで手を差し出してきた。
「迎えに来た。帰ろう」
「かえ、る?」
「みんな君のことを心配している。顔を見せてやってほしい」
城で働いている使用人たちの顔が思い浮かんだ。自分の専属侍女をしていたアンナやルルナは元気にしているだろうか。すべてを任せてしまったイクルスは上手くやってくれているのか。シシィも戻ってきていることだろう。彼女もきっと動いてくれているはずだ。
他の使用人や、見て見ぬふりをしてくれていた騎士団長も思い出してしまった。
突然出て行ったライラに戸惑い心配させたことは申し訳なかったと思うが、彼らなら自分たちの仕事を全うしてルークを支えてくれると思っていた。
あの場所に帰ることになるのか。そう思うと、出て行った日に言われたアスルの言葉を思い出してしまった。
『後妻の連れ子であるあなたは、クリスタラーゼとは関係ない存在だ。ここにいられたのは、公爵夫人がいたからだ』
もうあの場所は自分の帰る場所ではない。
ライラが首を横に振ると、ルークがそっと手を掴んできた。
振り払える弱い力で握られたにも関わらず、ライラはその手を離すことが出来なかった。黙って握られた手を見つめる。
「君を否定する人間はあそこにはもういない。だから帰っておいで」
それはどういう意味だろう。アスルはもういないと言っているのか。昨日彼はここへ来たが騎士服ではなかった。追い出された可能性もある。すぐに逃げてしまってアスルとは話をしなかったため事情がわからなかった。
まだ戸惑っていると、ルークの優しい声が聞こえてくる。
「話したくないのなら何も話さなくていい。ただ、君が戻ってきてくれればいいんだ」
それは出て行った理由の事か、それとも火事の事なのか。
顔を上げるとルークの切なそうな顔があった。迷子になって心細くしている子犬のようにも見えて、放っておくことが出来なくなってしまった。
「・・・帰ります」
呟くような声だったが皆に聞こえたようだ。安心したようにほっとするルークに、未だに戸惑いを浮かべるロック夫妻。
ライラは落としてしまったカバンを拾い上げてキリに差し出した。
「キリさんごめんなさい。せっかくもらった服だけど、使わないことになりそうです」
「それは別に気にしなくていいんだけど・・・本当に大丈夫かい?あの馬車は領主様の家紋がついていたけど」
「大丈夫ですよ。私がもともと住んでいた場所から迎えが来ただけです」
「それじゃライラちゃんは・・・」
「私の名前はライラ=クリスタラーゼです。何も言えなくてごめんなさい。受け入れてくれたことに感謝しています」
ただのライラとして受け入れてくれた2人は命の恩人だ。これ以上ここで駄々をこねていては2人の迷惑にもなる。
2人が顔を見合わせて視線だけで何事かを相談しているようだった。
レオンは大きく頷くとキリが荷物をテーブルに置くと急にライラを抱きしめた。
「貴族のお嬢様を働かせてしまったね」
「私が働きたいと言ったんです。気にしないでください」
「体に十分気を付けるんだよ。ライラちゃんがここに来た時は今にも消えてしまいそうだったから」
ボロボロだったライラはそんな風に見えていたようだ。初めて知った。
「何かあったらまたいつでもここに戻っておいで。俺たちはここにいるからな」
近づいてきたレオンが力任せに頭を撫でてきた。
2人の労いが伝わってきて自然と笑みが零れた。
「そうですね。何かあったらすぐに来ますね」
キリが離れると店を出ようとして、入り口にいつの間にか待機していたルークがいた。
ロック夫妻との別れを待ってくれていたのだ。
無言で手を差し出されて恐る恐る手を重ねるとそのまま店を出た。
入り口の目の前に停められた馬車は懐かしい。目を細めて見上げると、急に馬車の扉が開いて中から黒髪の侍女服を着た女性が現れた。
青い瞳がまっすぐにライラを捉える。
「シシィ。来ていたのね」
里帰りしていた侍女長はライラが出て行った時にはまだ戻ってきていなかった。そのためか何年も会っていなかったように思えてしまった。
そんなシシィは馬車から降りるとライラを見つめていた目を大きく見開いて、次の瞬間バランスを崩したように体を傾かせた。
ライラが驚いている間に近くにいた護衛騎士に支えられる。
「あぁ、ライラ様のまっすぐで美しかった髪が、あんなにも短く・・・」
嘆きの声にはっとする。ルークと繋がっている手とは逆の手で自分の髪を押さえた。腰よりもさらに長かった金髪は肩にも届かないほど短くなっていた。
未婚の貴族令嬢は基本的に髪を長く保っている。結婚後にそのままの長さで髪をまとめるか、短く切って仕舞う夫人もいるが、未婚の令嬢は見せつけるように長い髪なのだ。それはまだ結婚していないという貴族社会での暗黙のルールのようなものでもあった。
その髪が失われたことに衝撃を受けたのだろう。シシィは騎士に支えられたまま何度もライラの髪に視線を向けては嘆いていた。
クリスタラーゼに帰ることなどないと決意していたライラにとっては髪を短くしたことは決別の表明だった。切ったことに後悔はしなかったが、シシィがここまで嘆くと申し訳なくなってしまう。
「城に戻る。シシィも乗れ」
いつまで経っても馬車に乗れなさそうで、ルークが口を開くと気が付いたようにシシィが背筋を伸ばしてその場に立った。
まだふらついているようで心配するが、ルークは気にしないように馬車へと促してきた。
ライラが乗るとルークが隣に座る。その向かいにシシィが乗り込んで、まるで城に着くまで馬車から出さないぞと言われているようだ。
馬車が動き出すと閉められたカーテンを少し開けて外を見た。ロック夫妻が店の間で心配そうにこちらを見ていたのがわかった。
滑るように動いていく馬車の中、城に到着するまでライラは決して口を開こうとしなかった。それを指摘することなく、他の2人も無言を貫き、馬車はまっすぐにクリスタラーゼ城へと向かったのだった。




