目覚め
ふわふわとした感覚で全身が気だるいのを感じる。
腕を持ち上げようとしたが、上手く力が入らなくて少しずらす程度の動きしかできなかった。
体が動かせないことを不思議に思っていると、急に影が差した。
視線を向けると驚いた顔をした知っている顔がそこにあった。
「ライラお嬢様」
侍女のアンナだ。高い位置で縛っている赤髪が揺れている。それを視線で追っていると、もう一度名前を呼ばれた。
「お嬢様。私がわかりますか?」
「・・・・・」
返事をしようとしたが、喉が渇いていて上手く声が出せない。か細い呼吸音だけが聞こえて仕方なく頷くだけにした。
「良かった。本当に良かった・・・すぐにお医者様を連れてきますから」
今にも泣きそうな顔をしながらもアンナはすぐに部屋を出て行った。それと入れ違うように別の侍女が入ってくる。
「ライラお嬢様」
赤髪のアンナとは違い黒髪を後ろで三つ編みにした侍女はルルナだ。アンナと同じ年でライラの侍女になったのも同じということもあって2人はとても仲がいい。
交代でライラの看病をしていたらしく、アンナが医者を呼びに行くためルルナが代わりに部屋に来たのだ。
体が上手く動かせないライラは首だけを動かしてルルナを見上げた。彼女も泣きそうな顔を覗かせてくる。
「倒れた時のことを覚えていますか?ずっと熱があったんですよ。熱が下がって意識が戻らないと危険だと言われていたんです」
サイドテーブルに置かれた水差しからコップに水を入れ替えて飲ませてくれようとしたが、自分では起き上がれなかったので支えてもらって何とか半身を起こした。
コップを目の前に差し出されても手に力が入らない。震える手でコップを取ろうとしたが手から滑り落ちそうだったのでルルナが直接口元にコップを近づけてきた。
口の中を湿らせるようにゆっくりと少しずつ水が流れ込んでくる。
たったそれだけの行為でもライラには重労働になってしまった。
「もう・・・いいわ」
やっと声が出るようになった。荒い呼吸で拒否するとすぐに寝かされる。
僅かな水だったが、身体に染みわたっていくのを感じた。
「お嬢様、お医者様を連れてきました」
ベッドに横になって呼吸を整えているとアンナが医者を連れて戻って来た。クリスタラーゼで雇っている侍医、フラット=ワークスだ。
「お目覚めになって良かったです」
顔を覗き込むように言うフラットの表情が安堵している。どれだけライラが危険な状態だったのかわかったような気がした。
「火事で逃げた時に靴を履かずに外に飛び出したのでしょう。その時に足に怪我をしたのを覚えていますか?」
質問されてライラは自分が記憶している最後の状況を思い出した。
火事があったことを覚えている。城の一角が燃えているのを見た記憶があるのだ。アンナが駆け寄ってきてくれたことも思い出せた。だが、足に怪我をしたことはわからない。
色々と無我夢中だったはずなので、怪我の痛みも気が付かずにいたのだろう。
「火事は覚えているわ。でも怪我はわからない」
「枝を踏んだのでしょう。深く傷つけてしまって、そこから悪い菌が入ってしまったようです。高熱を出して3日間苦しんでいたんですよ」
「私の足、大丈夫なの?」
体を上手く動かせない状況では、自分の足もまともに動かせない。まだ熱も高いということなので、足が熱く感じるのはそのせいだろう。足が無事なのか判断が出来なかった。
「大丈夫ですよ。怪我が治るのにしばらく時間はかかるそうですが、治療してしっかりリハビリをすれば歩けるようになると言っていました」
「そうなんだ」
フラットに視線を向ければ、彼は穏やかに頷いた。
とりあえず足は無事のようだ。傷が深いためすぐに歩くことはできないという。3日もベッドで寝込んでいたので、まずは体力の回復が先になるだろう。
かなり危険な状態だったというのは自分ではよくわからないが、今の状況を見ていると納得するしかない。
「ずっとそばにいてくれたのね」
「はい、お嬢様。アンナと交代で付きっきりでした」
「ありがとう」
ここまでの会話だけでだいぶ疲れてしまった。瞼が重くなってくる。
フラットが何かの説明をしてくれているようだったが、その言葉を理解するよりも先に、ライラは再び眠りについてしまった。