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公爵令嬢は、聖獣公爵に愛される  作者: ハナショウブ
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逃げるため

「突然で申し訳ないのですが、ここを出て行こうと思います」

『は?』

ライラの申し出に、2人分の声が重なって戻って来た。

目の前で夕食を取っていたロック夫妻は口を開けて同じ表情をしている。

「突然どうした?」

「昼間に来た男が原因かい?」

厨房にいたレオンは現場を見ていないのでよくわかっていない様子だが、キリは現場にいたので心当たりは十分にあったようだ。すぐにレオンに昼間の話をする。

「ライラちゃんがはっきり言ったらすぐに帰ってくれたし、次に来るようなら今度はあたしが追い出してあげるよ。だから出て行かなくてもいいと思うけど」

ここに来て店の手伝いを初めて5日。やっと接客に慣れ始めたというのにいきなり出て行くと言われては2人とも困っているようだ。引き留めようとしてくれることはありがたいのだが、ライラはここにいることはできないと固い決意を持っていた。

「ごめんなさい。今日来た人に見つかった以上、もうここにはいられません」

アスルが探していたことに驚いたが、彼個人で探していたわけではないだろう。

クリスタラーゼに使える騎士であるアスルがライラを探していたのなら、それは主の命令だと考えるのが自然だ。

彼の主は現当主のルーク=クリスタラーゼだ。

きっと火事のことを何も話さずに姿を消したライラを見つけるように指示したのだろう。

居場所がわかってしまえば連れ戻される。その前にここを出て行く必要があった。

ライラの決意が固いことはすぐに2人に伝わったようだった。残念そうにするロック夫妻には申し訳ないと思うが、こればかりは妥協できない。

「でも出て行くのは明日にしなさい」

夕食の時間ということで外はもう日が沈んでいる。若い女性が1人で街を歩くには治安がいいクリスタラーゼでもやめておいた方がいいだろう。

「わかりました。明日の朝出て行きます」

話し合いが終わってその日は食堂に泊まることになった。最後の夜を暖かい布団で眠れたことに感謝しながら、次の日の朝、すぐに出て行こうとするライラをロック夫妻は朝食を食べるように勧めてきた。

できるだけ早く出て行きたいと思っているが、恩人の誠意を無駄にできないという気持ちが働いてしまった。

最後の3人の食事だと思って朝食を食べていると、レオンが少し言いづらそうに尋ねてきた。

「まさかと思うが何かの犯罪に巻き込まれているのか?」

レオンが疑うような視線を向けてきた。アスルに見つかって出て行くと言い出したことでライラが罪を犯して逃げていると考えてしまったようだ。おそらく一晩の間にいろいろな想像をしたのだろう。

「いいえ、私は悪いことはしていません」

「違うよ。ライラちゃんが被害者だとレオンは言ってるんだよ」

犯罪に巻き込まれて被害を受けたライラが逃げているのかと言っていたようだ。

「そういうわけではありません。ただ、昨日の人にもう会いたくないんです」

詳しいことは何も言えない。ただアスルから逃げているというよりもルークに会わないために逃げるのだ。すべてを彼に丸投げしてきたことは反省するべきなのかもしれないが、いまさらどんな顔をして会えばいいのかわからない。

決意の意思を示すように長かった髪も切った。もうルークに会うべきではない。

「短い間でしたけど、助けていただいてありがとうございます」

2人は大切な恩人だ。キリが声をかけてくれなければライラはあの場所で行き倒れになっていただろう。命を繋げたのは受け入れてくれた2人がいたからだ。

「行く当てはあるのかい?」

心配そうにキリが尋ねてくる。ライラに頼れる人はいない。

ふと、城で出会った伯爵のことを思い出す。彼はライラに親切で困った時は頼るように進言してくれていた人だ。

だが彼を頼ることはできないと思っている。血筋で言えば遠いとはいえクリスタラーゼ公爵の親戚にあたる。親族の会議にも本来は顔を出さなくていい立場なのだが、クリスタラーゼ領と近い場所に領地があることもあって、交流はそれなりにある人だ。そんな伯爵がライラを密かに保護していると知られれば迷惑をかけてしまう。だから伯爵を頼ることはしたくない。

首を横に振ると、キリは立ち上がって2階へと戻っていった。

どうしたのだろうと思っていると、すぐに戻ってきて1枚の紙を差し出してきた。

「あたしの親戚に同じように食堂をしている人がいるんだ。ここより小さい町になるけど、ライラちゃん1人くらい雇えるはずだよ」

「え・・・」

渡された紙には町の名前と食堂の名前、そこで働く人の名前が書かれていた。

「行く場所がないならここに行きなさい。馬車に乗れば2日で行けるはずだよ」

「でも、お金が」

「片道の馬車代くらい出してあげるよ。それにここで働いてもらった賃金も払ってあげるから、それを持って行くといい」

驚いて言葉が出てこなかった。あまり役に立てていなかったライラにちゃんと給金を出してくれるという。たった数日だったのでもらえないと思っていたのだ。

それに馬車代も出して送り出してくれるという。

「もう1人娘が出来たみたいで楽しかったんだが、仕方がないな」

少し寂しそうにしながらもレオンも笑顔で送り出そうとしてくれている。

「あ、ありがとうございます」

立ち上がったライラは深々と頭を下げた。親切にしてくれた2人に感謝しつつ、もっとここにいたかった寂しさと、迷惑をかけたくないという罪悪感を胸の奥に押し込んだ。

「すぐに準備します」

残りの朝食をゆっくり楽しく食べられたなら良かったのだろうが、行き先が決まった以上出て行く準備をするために素早く食べてしまう。

2階に戻って荷物をまとめる。

ここへ来てすぐ、キリが娘が残していった服をライラに渡してくれた。何も持っていなかったライラはありがたく受け取ったが、その服を少しもらっていくことにした。カバンも古い物をもらった。

「よし」

数着の服を詰めただけのカバンはそれほど重くない。抱えて1階に降りると、2人の姿が厨房になかった。

見送りに食堂の方へ出たのだろうと思って顔を出した時、店の入り口に2人が立っていたが、その隙間にもう1人いることがわかった。

焦げ茶色の髪の男性だとわかった瞬間、ライラは抱えていたカバンを床に落としてしまった。

男の視線がこちらに向いた。

茶色の瞳がライラと合う。息を飲んで口元を押さえると彼は目を細めた。

その表情が安堵を表していたが、次の瞬間悲しみを含んだ視線も感じた。

「ルーク」

震える声で絞り出すようにライラは相手の名を呟いていた。


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