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公爵令嬢は、聖獣公爵に愛される  作者: ハナショウブ
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望まない再会

「いらっしゃいませ」

5日も過ぎれば自然と声が張れるようになってきた。

最初は緊張で引きつっていた笑顔もだいぶ自然になったと思っている。

「今日もライラちゃんの顔が見られて嬉しいなぁ」

「ありがとうございます」

「その笑顔がいいよな」

父親くらいの年齢の男性客が入ってくると、可愛い娘を愛でるように声をかけてくれる。これにも慣れてきた。

「ほらほら、さっさと注文してちょうだい」

その場だけがほんわかする雰囲気を醸し出していると、テキパキと仕事をこなすキリの声が飛んできた。

注文を受けてレオンに伝えると、また新しい客が入ってきて注文を取る。その間にレオンが作った定食を運んでと繰り返すのがライラの日常となりつつある。

「少し休憩しておいで」

昼の忙しい時間が過ぎると、少しだけ客足が落ち着く。それを狙ってキリが休憩するように声をかけてくれた。最初は途中で仕事を切り上げていたライラだが、昨日から最後まで仕事をするようになっていた。とはいえ、ずっと動いていては体力が持たない。客の入りを見極めて、キリが何度か休憩を設けてくれていた。

「一度戻ります」

キリの言葉に甘えて2階へと戻っていく。1階は食堂と厨房で休める場所がないため、自分の部屋に戻って休むことになっていた。

部屋に戻ってベッドに腰掛けると足の具合を確かめてみた。

もう痛みなどないが、ずっと気にして生活していたから癖になってしまっていた。

自分の行動に苦笑して窓の外を見ると、だんだん秋に近づいてきている青空に小さな白い雲が流れているのがわかった。雲の位置が高くなってきているように思えて、秋が近づいてきているのだと実感する。

もう1か月もすれば街では収穫祭が行われる。それと同時にクリスタラーゼ城でも聖獣祭が執り行われるはずだ。

聖獣祭は当主が聖獣の間で儀式を行うのだが、ライラは中に入れないのでどんなことが行われているのかわからない。いつも準備の手伝いをするくらいで、今回はルークが主体となって準備をしていることだろう。

初めての聖獣祭だが、ルークならきっと大丈夫だろう。

「そういえば孤児院に送るハンカチ、準備が出来ているかしら」

毎年孤児院に送っていたハンカチは侍女たちと協力してライラも刺繍を頑張っていた。

侍女たちは花や小動物をモチーフにしたハンカチを作ってくれるが、ライラは公爵夫人の代理として聖獣ホルケウをモチーフにした刺繍をしていた。

聖獣をモチーフにしていいのはクリスタラーゼの人間だけだ。正確にはライラは血筋ではないが、刺繍をやらない母に代わって公爵夫人が作ったものとして聖獣を刺しゅうしていた。

真っ白な毛に覆われた狼の姿をしているホルケウ。

ライラも一度だけその姿を見たことがある。

母が公爵夫人として認められるか聖獣と面会する日があったのだ。その時幼かったライラも一緒に聖獣の間でホルケウに会っていた。

真っ白な狼は、黄金の瞳をまっすぐにライラに向けてきたことを覚えている。冷たくて恐怖を覚えそうな瞳だと最初は思った。だが、視線が合うとその強い意志の奥に穏やかで温かみがあることに気が付いた。

幼心に聖獣は怖いものではないと理解できた。

刺しゅうをするときは聖獣の姿を思い出し、あの立派な姿をそのままに縫ってしまうと大変なので、簡略化して子供が喜びそうな可愛らしい姿にしていた。

「白いハンカチに白い聖獣だからわかりづらいのよね」

最初はよく失敗したものだ。

昔を思い出して懐かしく思う。

「ルークも、どうしているかしら」

刺しゅうを思い出すと、城のことを考えてしまう。

黙って出てきて2週間以上が経った。ライラのことはもう諦めているだろうか。借金はドレスやアクセサリーを換金すればだいぶ減らせるはずだ。そのための努力もしておいた。あとはシシィとイクルスに任せておけば大丈夫だろう。

火事のことを結局話さないで出てきてしまったが、ライラの証言なしに上手く納めてくれていると信じるしかない。

このままライラのことなど忘れて、新しい当主として傾いていたクリスタラーゼを戻してくれることだろう。

「私も前を向かないと」

軽く両頬を叩いて気合を入れ直したライラは、再び食堂へと戻ることにした。

客が少なってきたため、賑わいは落ち着いている。

キリも少し余裕が出来たようで、ライラが戻って来たのを確認すると厨房へと引っ込んでしまった。今の状況ならライラ1人でも大丈夫だと判断したのだろう。

少しは信頼されてきているのだと思えて嬉しくなる。

その時店に1人の男性客が入ってきた。

俯き加減に入ってきた男性はすぐ近くの席に無言で座る。

注文を取るためメモとペンを持って近づいていったライラは、いつものように挨拶をした。

「いらっしゃいませ。ご注文は?」

俯いていた男性が顔を上げた瞬間、ライラは持っていたペンを取り落とした。

「ライラ、様」

「・・・・・」

体が硬直して動けなくなる。その瞬間は息も止めていた。

黒よりは明るい紺色の髪と瞳。ライラを見る目はいつも蔑みに満ちていた。

騎士服を身に着けていなかったため気が付くのに遅れてしまった。

そこにいたのは城から出て行けと見下していたアスル=ビウレットだった。

後妻の連れ子がいつまでも居座り続けるなと言っていた彼が驚いたように目を見開いている。

「ライラ様」

さっきは少し疑うような言い方で名前を呼ばれたが、今度ははっきりとライラを呼んできた。

それに反応するように肩が大きく跳ねてしまう。同時に持っていたメモ用紙が床に落ちる。両手が開いたライラは喉の奥で悲鳴に近い声を上げそうになり口を押さえた。

動かなかった足が数歩後ろにさがる。するとテーブルにぶつかってガタンと派手な音を立てた。

少ない客と閑散とし始めた店内に音が大きく響き、客たちの視線が一気にライラに向けられたが、そんなことを気にしている余裕がなかった。

怯えるライラに驚いているアスル。何が起きているのかわからないで首を傾げる客たち。

不思議な空気が漂い始めると、音を聞きつけたキリが厨房から顔を覗かせた。

「どうしたんだい?」

「キリさん」

途端にライラはキリに駆け寄っていた。

彼女の背中に隠れるように身を小さくすると、アスルが立ち上がってこちらに近づこうとした。

状況はわかっていなかったはずだが、怯えるライラに近づこうとする男を見たキリは咄嗟に自分が盾になるように一歩前に進み出てくれた。

「お客さん、うちの看板娘になにか用かい?」

「か、看板娘・・・」

「そうだよ、美人で器量よし、常連客からの評判もいいんだ。下手に手を出そうとしてるなら許さないよ」

威嚇するように言うキリだが、クリスタラーゼでルークの護衛騎士をしているアスルにはあまり通じていなかったようだ。彼は少し考える素振りを見せてから口を開く。

「その方が誰なのか知らないようだな」

ここでライラが公爵家の人間であることをばらされるのは困る。何も知らないでキリたちはライラを受け入れてくれたのだ。素性がわかれば態度が変わってしまうだろう。

アスルが口を開く前に彼を止めようとした瞬間、キリは胸を張って言い放っていた。

「ライラちゃんが誰だろうと、うちで働いてくれている大事な娘なのは変わらないね」

あまりにも堂々と言ってくれたので、言葉が出てこなかった。

ライラを受け入れてくれたロック夫妻は、自分達が抱えた人間を大切にしてくれる。素性を言えず、ボロボロだったライラに手を伸ばしてくれた。

たくましいキリの背中を見ていると怯えていた気持ちが萎んでいくのがわかった。

「帰ってください」

背筋を伸ばして少ない勇気を目いっぱいにライラは声を上げた。

「ライラ様」

「他のお客様の迷惑にもなります。お帰りください」

「せめて話を」

「私は話すことがありません」

意識して喉に力を入れて声が震えないようにする。

拒絶の意思を示すとアスルは傷ついたように表情を歪めた。

先に追い出そうとして傷つけてきたのか彼なのに、そんな顔をしないでほしい。内心怒りのようなものが込み上げてきたがぐっと堪えた。

ここでライラが喚けば余計にこの場が混乱する。

「お帰りください」

もう一度繰り返すと、今度こそアスルは店の入り口へと足を向けた。

そのまま出て行くと思ったが、入り口の前で振り返ると彼は深々と頭を下げた。

「お騒がせしました」

店にいる客全員に謝罪をしたのだ。クリスタラーゼに仕えている騎士が平民に頭を下げたことにライラは驚いた。後妻の連れ子だからと見下すような態度を取っていた彼からは想像できなかった行為だ。

「ライラ様にも、申し訳ありませんでした」

今度はライラ個人に頭を下げた。

それが何に対する謝罪だったのかわからなかったが、それを確かめる前に彼は店を出て行った。

残された者たちは何が起こったのかわからず互いに顔を見合わせて混乱している。

「妙な騒ぎになっちゃったね。今ここにいるお客さんたちの食事は値引きしてあげるよ」

「値引きかよ。ここは奢るって言ってほしいな」

キリが混乱する客に対して料理を安く提供すると言い出すと、客の1人が声を上げた。

「悪いね。あいにくそこまで景気よく振舞えないんだよ」

「安く食えるならいいさ」

別の客は満足したように食事を再開する。他の客たちも各々に食事に口に運び始めた。再び店内が穏やかな空気に包まれ始めると、ライラはほっとしたように息をついてキリに礼を言った。

「キリさん、ありがとうございました」

「気にしなくていいよ。ライラちゃんが大事なのは変わらないしね。それに、はっきり言い返して格好良かったよ」

キリから勇気をもらえたからこそ帰ってほしいと訴えられたのだ。

「あの、さっきの人の話ですけど」

ライラが誰なのか質問してきたアスルの態度で、貴族令嬢だということはきっと気づいたはずだ。

「ライラちゃんはライラちゃんだよ。あたしらは気にしてないから」

そう言ってキリが肩を叩いてきた。食事をしている客たちの中には常連客も混ざっていたが、彼らも特に気にすることなくライラの詮索をする様子がない。

誰もがロック食堂で働くライラとして受け入れてくれているのだろう。それ以上でも以下でもない。

「ありがとうございます」

胸に熱いものが込み上げてくるのを感じながら礼を言うと、キリは笑顔を見せてくれた。

「ほら、仕事をしないとね」

何事もなかったようにもう一度肩を叩いてキリが厨房へと姿を消し、ライラは再び仕事を再開するのだった。


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