看板娘への道のり
「いらっしゃいませ」
お客が入ってくると掛け声を上げるのだが、なにぶん初めてことで声が思ったよりも小さくなってしまう。
「腹に力を入れないと、お客さんに届かないよ」
「はい」
キリの指摘にしょげそうになるが、客は待ってくれない。
新しい客が店に入ってくるたび声をかけ続ける。
「いらっしゃいませ」
「ふぇ?」
ライラと年の変わらない若い男が入ってきたので声をかけると、男はライラを見て驚いた顔をしながら変な声を出していた。
「え、この店にこんな若くて美人な子いたかな?」
「新しく雇った子だよ」
席に座るなり男がキリに声をかけた。他の客の相手をしていたキリは何でもないように答えているが、男はじっとライラを見つめてきた。
「君名前は?」
「ライラです」
「ライラちゃんか、年はいくつ?恋人はいる?」
「えっと・・・」
注文を取ろうとすると男はにこにこしながら声をかけてきて、注文を入れてくれない。戸惑っていると呆れたようなキリの声が飛んでくる。
「ビクター、ライラちゃんに手を出すんじゃないよ。娘同然に思っているから許可が欲しけりゃ、まずあたしとレオンを通しなさい」
「そんなことしてたら、いつまでもお近づきになれないと思うんだけど」
「誠実な人なら大歓迎だよ」
「それは俺が不誠実だって言ってないか」
「あ、あの、ご注文は?」
2人の掛け合いに右往左往するしかないライラは紙とペンを持って戸惑っていた。そんなライラに周りの客たちは和やかな笑みを見せている。
「いつものって言ってもわからないよな。俺はいつも日替わりの定食を頼んでいるから覚えておいて」
にこやかに笑いながらビクターが注文をしてくれた。
「わかりました。ビクターさんは日替わりですね」
「ビクターでいいよ。そう歳も変わらないだろうし、もっと気軽に話してよ」
初対面なのに随分と馴れ馴れしい態度だ。
ここに来る客は皆常連のようで、ライラがいることに最初は驚くがすぐに受け入れてくれる。明らかに年上の男性客が多い。
皆ライラに興味を持っているようだが、詳しい話を聞いてこないので助かっていた。だがビクターは興味津々で注文を終えて次の席に移動しようとするライラに声をかけてきた。
「ここらへんで見かけない顔だね。どこかの村から来たの?それとも別の領地からかな」
城から来たとは言えない。とりあえず曖昧に笑ってやり過ごしてみる。
「俺は近くの家具工房で働いているから、椅子とか棚とかほしい家具があったらいつでも言って。ライラちゃんならサービスするよ」
「何を言っているんだよビクター。お前はあそこのおやっさんの弟子だろう。まだ1人で注文を受けられない半人前のくせに」
愛想よくするビクターに近くにいた男性客が呆れたように声をかけてきた。
「うるさいな。もう数年もすれば立派な家具職人になってるよ」
「ライラちゃんに自慢するなら、まずは一人前になってからにしとけ」
別の男性客が声を上げると、周りで話が聞こえていた客たちが一斉に笑った。
話の流れについていけなかったライラはその場でおろおろしてしまう。
「気にしなくていいよ。若いビクターを年上の男たちが面白がっているだけだから。これはいつもの光景だよ」
戸惑うライラに近づいてきたキリが肩を叩いて言ってきた。
注文を取ったのならレオンに伝えるように言われてすぐに奥に引っ込む。
「この賑わいについて行けるようにならないと駄目よね」
厨房に入ると調理中のレオンに声をかけてから、一つ息を吐きだした。
ここに来て15日目。
働きたいとお願いしてから店の掃除を最初は手伝っていたが、今日から接客も挑戦してみることになった。足の調子も見ながらなので開店して数時間だけという約束だ。
だが開店してそれほど時間が経っていないはずなのに、客の賑わいにすでにライラは精神的に押されてきていた。男性客が多いためか、活気以外にも圧のようなものを感じる。城の中で生活していた時は感じることのなかった平民たちの生きる力を肌で感じているのだろう。少しだけ怖さもあるのだが、彼らは危険人物ではないと何度も自分に言い聞かせていた。
「ここで負けたら、この先働くことができないわ」
もう城に戻ることはない。自力で生きていくためにもお金が必要になるし働く必要がある。
すべてが初めての経験で戸惑うことも多いが、ロック夫妻も客たちもライラを寛容に受け入れてくれているのは伝わってきていた。
「頑張らないと」
気合を入れ直して再び店へと戻ろうとすると、レオンに声をかけられた。
「戻るなら料理を持って行ってくれ」
ライラが気合を入れ直すのを待っていたかのように出来上がった料理を置いておくテーブルに次々と定食が並べられていった。
「はい」
1人分だけ持って店に戻る。キリなら2人や3人前を上手く運べるのだが、経験の少ないライラでは落とす可能性の方が高かった。そのため時間はかかるが1人分ずつ運ぶように言われている。
「お待たせしました」
40代くらいの男性客に日替わり定食を持っていくと、男性は嬉しそうにお礼を言ってきた。
「若い子に食事を運んでもらえると気分がいいもんだな」
「そこ、鼻の下伸びすぎだよ」
緩んだ笑顔を向けていた客にキリの声が鋭く刺さってきた。
賑やかな食堂の1日はこうやって過ぎ去っていくのだった。




