表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
公爵令嬢は、聖獣公爵に愛される  作者: ハナショウブ
2/76

火事の後

クリスタラーゼ公爵領の当主の城であるクリスタラーゼ城が謎の火事で延焼したことは領地の誰もが知ることになって数日。

ルーク・クリスタラーゼは焦げた匂いが残る城の中にいた。

火が出たのは2か所だったようで、ほぼ同時に火災が発生した。

2か所とも部屋から火が出たのだが、思ったほど火が燃え広がることはなく騎士や男性使用人の働きが良かったのか、部屋を燃やしただけで他に被害が出なかった。

だが、問題は火事が起きたことよりも、燃えた部屋だった。

「父の寝室と、ライラの寝室だけが燃えたのか」

「こんなことは言いたくありませんが、公爵とその家族を狙った意図的な火事に思えてなりません」

燃えた部屋の調査をしてくれた騎士団長が気まずそうな顔をする。騎士団が最も護らなければならない重要人物がいる部屋が故意に燃やされたのなら、警備をしている騎士団にも責任は生まれる。

「それに、当主様の寝室からは夫人が発見され、ライラ様の寝室からはなぜか当主様が発見されました」

当主である父の寝室に夫人がいるのはおかしくない。2人は一緒に寝ていたのだから。

それなら2人一緒に同じ部屋で見つかっていいはずなのに、なぜか父はライラの寝室で見つかっていた。

見つけた時には2人とも事切れていた状態だったという。

「それで、ライラはどうしている?」

「避難の際に足を負傷したため、医師に手当てをしてもらいましたが、ショックが大きかったのでしょう。高熱を出して現在もベッドから出られない状態です」

ライラ・クリスタラーゼは森の中で発見されたが、夜着はボロボロで裸足であったために、足に無数の怪我をしていた。特に枝を踏んでしまったのか、出血がひどい部分があった。すぐに手当てをしたのだが、悪い菌でも入ったようで足が腫れてしまい熱も出している。火事になったことと両親が死んだことのショックも重なっているのだろう。

「彼女から直接話を聞くのはまだ無理そうだな」

「はい。熱が下がり次第事情を聞くつもりです」

火事の現場は彼女の寝室だ。そこで父が見つかっていることを考えると、何かが起きたのは誰が見ても明らかだ。何者かの意図を感じる。

「話せるようになったら知らせてくれ。俺も直接話がしたい」

「わかりました」

騎士団長が一礼すると部屋を出て行った。

誰もいなくなった部屋でルークは椅子に深く座って天井を見上げた。

18歳の彼は今年王都の学園を卒業してクリスタラーゼに戻ってくる予定でいた。数か月後のことだったが、それよりも早く火事と両親の訃報を聞いてここへ戻ってくることになってしまった。

ルークの父ディック・クリスタラーゼは公爵家の当主だ。そして、妻であるルミラ・クリスタラーゼ公爵夫人は義理の母親だった。

ルークが幼い頃に実の母は病気で亡くなり、その後に後妻がやって来た。彼女にはルークと同じ年の娘がいて、それがライラだった。母親に似てぱっちりとした青い目が印象的な綺麗な子供だったのを覚えている。

2人が城にやってくると、義母となったルミラは実の娘は可愛がるものの、ルークには一切愛情を持たなかった。それどころか一緒に住むことを嫌い、ルークが10歳になる前に王都の学園に追い払うように入れてしまった。

学園は初等部、中等部、高等部に別れていて、10歳ならば初等部に入れることを知った義母が迷わず押し込んだのだ。そのためルークは10歳から家族で過ごす時間を奪われた。その頃の父は義母を溺愛していたため、彼女の言うことを反対することはなかった。義母も美しい人だったので、簡単に魅了されてしまったのだろう。今思えば公爵家の当主が女性の魅了に負けた時点で当主としての資格は怪しいと言っても良かったと思う。だが、ルークはまだ10歳だった。父に歯向かえるだけの力を何一つ持っていなかった。

「家族2人になったわけか」

そう言っても、ルークとライラは血のつながりがない。後妻の連れ子であるライラはクリスタラーゼを名乗ることさえ危ぶまれる立ち位置に置かれることになる。

彼女の今後は体調が戻ってからになるだろう。それに、謎だらけの今回の火事だ。彼女からも話を聞く必要はある。彼女の部屋が燃えただけでなく、父がそこで発見されている。無関係だとは言えないだろう。

「失礼します」

ノックとともに声が聞こえた。

「開いてる」

声で相手がわかったのですぐに許可を出すと扉が開いた。

入ってきた騎士服の男性は、その後ろにこの城で執事長を務めているイクルスを連れてきていた。

「どうした?」

「このような時に申し訳ありません。目を通していただきたい書類があります」

そう言うと彼は数枚の書類をルークに手渡した。

それにすべて目を通したルークは眉間に深い皺を作るしかなかった。

「これは、なかなかの悪い知らせだな」

「これが現在のクリスタラーゼ公爵家の実情です」

ため息をつきたくなる。

書類には現在の領地の借金の額が記載されていた。はっきり言ってすぐに返せる額ではない。爵位を売れば返済は可能だろうなと思える金額だ。

「なんでこんなになるまで放置されていたんだ」

「ほとんどが奥様による買い物です。当主様も止めることはしなかったので、あちこちから借金をしては買い物に使っていたようです」

「まさか、領民からの税金まで手を出していないだろうな」

「王家への税は支払われていますが、それ以外はどこまで領民に還元していたか・・・」

執事長でも把握できていない部分が多いようだ。

「わかった。とにかく資料を集めてくれ。すべての確認を終えないと今後の対策もできないだろう」

借金の額と、現在のクリスタラーゼの資金がどれほど残っているのか調べる必要がありそうだ。

「すぐに取り掛かります。それと明日の葬儀のことですが」

「出来るだけ規模を縮小して執り行いたい。火事のこともあるし、謎が多い状況だ。派手なことはしたくない。資金もないようだし」

ライラの体調が戻ってからとも考えていたのだが、数日経った今でも熱が高く起き上がれない状態だ。本人には悪いが明日葬儀を執り行うことにした。

体調が戻ったら一緒に墓参りに行くことにしようと決めている。

葬儀の段取りを簡単に相談してからイクルスが部屋を出て行く。

「まだライラ様から事情が聞けないのですか?」

イクルスは出て行ったが、一緒に部屋に入ってきた騎士は残っていた。彼はルーク専属の護衛騎士であるアスル・ビウレット。ルークが学園に押し込められた時からの護衛をしてくれている。10歳年上なので、現在は28歳だ。

「熱が下がらないらしい。足の怪我もしばらくかかりそうだ。話ができるようになっても、普通に歩けるようになるまではまだ時間が必要だろう」

戻ってきて早々に一度だけ会ったが、熱に浮かされていて会話はできなかった。ただ苦しそうにしている彼女の顔を見て終わった。

「あの方をこのままクリスタラーゼ城に住まわせるおつもりですか?」

視線を向けるとアスルは眉間に皺を寄せて難しそうな顔をしている。

質問の意図ははっきりしていた。クリスタラーゼとは血の繋がりのないライラをいつまでも公爵令嬢として置いておくことに反対なのだ。それはおそらくこの城で働く使用人のすべてが思う疑問だろう。

「どうするかは今後決めていくつもりだ。まずは今回の火事の原因を突き止める必要があるだろう。彼女からも話を聞く必要がある」

「熱が下がらないというのは、いつまでもここに残るための嘘ではありませんか?」

アスルはライラのことをよく思っていない。それはライラの母親が後妻として公爵夫人を名乗ってルークを追い出し、好き勝手にしていたことが原因だ。10歳の子供を気に入らないという理由で学園に押し込んだのだ。その娘であるライラのことも自然と敵視するようになっていた。

顔を合わせる回数は少なかったが、アスルの中ではライラも公爵夫人と一括りの嫌悪する対象になっているのだろう。

だが、ルークは義母とライラを一緒にしようとは思っていなかった。

「話は終わりだ。明日の葬儀もあるから、今日はもう休むことにする」

強制的に話を切り上げるとアスルは何も言わずに一礼だけして部屋を出て行った。

1人残されたルークは窓の外を眺めて未だに熱に苦しんでいるライラのことを思った。

明日熱が下がれば葬儀にわずかでも参列させるべきだろう。ルークにとっては義母でも、彼女には血の繋がった母親なのだから。

アスルは疑っていたが、ライラの熱は本当だ。苦しそうにしている彼女の姿をはっきりと確認している。

明日には熱が下がってくれることを願いつつ、窓の外から見える白い月を眺めるのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ