ライラの秘密
「失礼します」
入ってきたのは荷物を抱えたシシィだった。両手で包み込むように抱えている布袋は、彼女が動くたびに金属の音がする。
一体何を持ってきたのかと思っていると、シシィに続いてアンナも布袋を持って入ってきた。
こちらの方が大きいようだが、中身は軽いようで難なく歩いてくる。
その後ろをさらにイクルスが続いてきた。
どうやら合流してルークの執務室に来たようだ。
彼の手には冊子が握られていた。
それぞれ何かをルークに見せるために持ってきたのがわかる。
ルークは執務机の前に座り、3人には目の前のソファに座ってもらった。持ってきたものがテーブルの上に置かれる。
アンナから詳しい事情を聞いたのだろう。シシィは静かに座っているがどこか覚悟を決めたような表情をしている。その隣でアンナは緊張したように顔を強張らせていた。
女性2人に向かい合うように座ったイクルスも冊子をテーブルに置くとシシィと同じような表情をしている。
静かな部屋にルークが口を開こうとすると扉をノックする音が聞こえた。
返事をするとアスルがクリフを伴って入ってきた。
クリフはシシィが戻ってきていたことを知らなかったようで、ソファに彼女が座っているのを見て驚いていたが、すぐに表情を引き締めた。
「侍女長、戻ってきていたのか」
「お久しぶりです騎士団長様。事情は伺いましたので、これから当主様とお話をするところでした」
彼女の視線が目の前に置かれた袋に向くと、クリフは何かに気が付いたようにはっとした表情をする。
その顔で袋の中身を知っているのだとルークは気が付いた。同時にここに集まった者たちは共通の隠し事をしているのだと思った。
その隠し事を今ルークの前でさらけ出そうとしている。
何が出てくるのか予想がつかないがすべてを受け止める覚悟が必要な気がして、ルークの中で緊張感が高まっていった。
「私からお話をさせていただいてよろしいですか?」
全員が集まったと判断したシシィが口を開く。イクルスとクリフが無言で頷いたので、ルークが許可を出すと彼女は目の前の袋の口を開いた。
「騎士団長様」
シシィが呼ぶと心得たようにクリフが袋を抱えて中身が零れないようにルークの目の前に置く。
置いたとたんに金属の擦れる音と、わずかに袋の口から見えた中身にルークは驚きを隠せなかった。
「これは・・・」
袋の中に手を入れて中身を取り出す。
そこにあったのは見覚えのないアクセサリーの数々だった。
驚いていたのはルークとアスルだけ。他の者たちは袋の中身を知っていたようだ。
どれも女性が身に着けるための高価な代物のように見える。色とりどりで大小さまざまな宝石が光を受けてきらめいている。
「義母の遺品か」
「いいえ、違います」
ライラに頼んで母親のアクセサリーを換金することになっていたがシシィが管理していると聞いていた。その遺品を持ってきたのだと思ったが、あっさり否定された。
「それらはすべてライラお嬢様が前公爵夫人から買い与えられたアクセサリーになります」
「ライラの物なのか」
光を当てると煌びやかに輝く宝石。指輪にネックレス、イヤリングなど、デザインもいろいろだ。
「やはり、前公爵夫人と一緒になって贅沢な買い物をしていたのか」
袋の中身を知ったアスルの呟きは侮蔑が含まれていた。
すると、シシィが鋭い視線をアスルに向けて否定した。
「何も知らない者は黙っていなさい。私は今買い与えられたものだと言いました。それらはすべてライラお嬢様の意思とは関係なく、前公爵夫人が買っていた物です」
鋭い言葉にアスルは言い返せなかったようだ。静かになった部屋でアクセサリーを見つめながらルークはシシィに詳しく話すように促した。
「夫人は城で夜会やお茶会を開くたびに新しいドレスや宝石を買い求めていました。そのたびにお金が必要になっていきましたが、着飾ることをやめようとはしませんでした」
公爵夫人としていつも新しい物を身に着けているべきだという考えだったようだ。それによってどんどん借金が重なっていっても買い物をやめることはなかった。
侍女長とはいえクリスタラーゼで雇われている身。余計なことを言うこともできず、夫人を諫めるべき公爵は何も言わずに買い物は続いていた。
「当然娘であるライラ様も夜会やお茶会に参加することになります。その時に古いドレスやアクセサリーを身に着けているわけにはいきませんので、お嬢様の分も買われていました」
つまり毎回2人分の費用が掛かっていた。
ライラは借金のことなど知らず、与えられていた物を受け取っていただけかもしれない。
そのアクセサリーが無造作に袋に入れられている目の前の状況に違和感がある。買い与えられたものに興味がないと言っているようにも見えた。
シシィの話はまだ続いた。
「ある時お嬢様は母親が借金をしてまで買い物をしていることに気が付かれました」
そのきっかけはシシィも知らないという。だが、ある時ライラがシシィに借金があるのかと尋ねてきたというのだ。買い物をするお金など本当はもうないのにそれでも母は買い物をし続けているのか確かめてきた。
「金額まではわかりませんが、借金をしてまで買い物をしている事実を伝えました。その後お嬢様は夫人に買い物を控えるように訴えました」
初めて聞く話だ。ライラが母親に借金をしてまで買い物をすることを反対していた。
だが、その反論はあっさり打ち砕かれた。
いつもドレスを注文する商人がいる目の前で、ドレスやアクセサリーを買わないように訴える娘に対して、夫人は持っていた団扇を投げつけて頬をぶったという。さらに手を上げようとする母親に無抵抗だったライラをシシィが間に入って止めなければ、もっとひどい仕打ちを受けていた可能性があった。
手を出さない代わりに夫人は、贅沢をさせてもらっている身で勝手なことを言うなと責め立てたそうだ。
ライラはルークが戻ってくるたびに好奇心を瞳に宿して学園の話を聞きたがっている少女だった。それがルークのいないところで母親に反発していたのだ。
想像していなかったことに心臓が大きく跳ねた。
「その後、お嬢様は何も言えなくなってしまい、夫人の買い物は続きました」
ライラの反発は失敗に終わり与えられた物を受け入れることしかできなかった。
だがその裏で彼女は別の行動を起こし始めていた。
「古い物に関して夫人は関心を持たなかったようです。そのためライラお嬢様は与えられたドレスやアクセサリーを古い物から気づかれないように売り払ってお金に変えていました」
公爵夫人は戦利品のように着なくなったドレスをクローゼットの奥にため込んでいった。しかし、ライラは与えられたドレスを侍女に頼んで売るようにしていたのだ。
「換金されたお金は必要に応じて使うことにしていたのでお嬢様が管理していました」
「必要というのは?」
「借金が膨らむにつれて使用人の給金が下げられていたことをご存じですか?」
それは当主となっていろいろと調べている時に知った。明らかに使用人の給金が年々減ってきていた。
それが借金に繋がっていたことに愕然とする。
「給金を減らせされて仕送りが出来なくなりやめる使用人もいましたが、できるだけ使用人を繋ぎ止めておけるように、お嬢様が減らされた分を少しだけ補うようにしていたんです」
すべての使用人の減らされた分を補い続けるのは無理があったが、ライラの配慮を知った使用人たちはできるだけ仕事を続けていこうとお互いに励まし合っていたのだ。そして公爵や夫人に知られないように誰もが黙っていた。知られてしまえばライラが仕置きを受けることは予想できたし、換金したお金も取り上げられてしまうだろう。誰もがライラの味方になっていた。
シシィは淡々と話を続けていく。
「アクセサリーに関してはすべて私に預けておりました」
「どうして?」
「売っていることを知られるとすべて取り上げられる可能性があったからです。ドレスはお嬢様が管理しますが、アクセサリーは私が管理することでリスクの分散をしていました。宝石類はすべてルーク様が戻って来た時に困らないように取っておくと言っていましたから」
「俺のため・・・」
衝撃的だった。
使用人のことを考えて行動していたライラは、ルークが戻って来た時に借金で途方にくれないようにと先を見据えていたのだ。
「そこまで考えていたのか」
「すべてはクリスタラーゼ公爵家のためだと思います」
はっきりとシシィが言うと、イクルスも同意するように深く頷いた。2人とも公爵家の事情とライラの隠し事を理解したうえで動いてくれていたのだろう。
「それから私からもうひとつ。アンナ」
名前を呼ばれたアンナは目の前に置いていた布袋を開いて中身が見えるようにテーブルに広げた。
それは白い布に花や鳥などの刺繍がされたハンカチだった。
「こちらのハンカチは毎年聖獣祭で孤児院に寄付される物です」
初代クリスタラーゼが聖獣の許しを得てこの地を治めることになってから、聖獣への敬意と感謝を表すためのお祭りが毎年秋に行われる。
街では作物が無事に収穫できたことへの感謝も込めた収穫祭が同時に行われ、城にも聖獣への奉納物として色々献上される。それらを聖獣の間に並べて当主が聖獣祭の儀式を行うのだ。
そんな中、街にある孤児院にクリスタラーゼからの贈り物という名目で刺しゅう入りのハンカチが公爵夫人の名で贈られる習わしがあった。
「ハンカチは本来公爵夫人が刺繍した物を送りますが、数があまりにも少ないため刺繍の得意な侍女たちも手伝って多くのハンカチを毎年用意してきました」
ルークの母親が生きていた頃にもハンカチの寄付はあった。おぼろげだが覚えている。
公爵夫人が心を込めて刺繍した物を孤児院に送り、それを受け取った院は聖獣祭の日に孤児院への寄付のお返しとして寄付をしてくれた人へ子供たちから手渡すことになっている。
だが、ルークには義母が一生懸命ハンカチに刺しゅうをしている姿が想像できなかった。それにこの場に大量のハンカチを持ってきたということは義母の刺しゅう入りのハンカチはないような気がした。
「このハンカチの中に聖獣をモチーフにした物が混ざっています。それらはすべてライラお嬢様が刺繍しました」
やはりそうかと思った。
刺しゅうをしない母に変わって、ライラが毎年ハンカチを孤児院に送っていたのだ。
「刺繍はお嬢様がしていましたが、送り主は公爵夫人になっています」
風習を壊さないため母親の名前で送っていたという。
「お嬢様がどれだけ公爵家のために尽くしてきたのか、これを見て理解できない人はいません」
それまで黙っていたアンナがぽつりと漏らした言葉がその場にいる全員に突き刺さった。
「どうしてそこまで」
そんな疑問が浮かんできた。借金まみれの公爵家。風習を無視した公爵夫人。それを咎めない公爵。すべてが悪い方向へ流れている状況でライラは密かに藻掻いていた。
「クリスタラーゼではないからだと言っていました」
ルークの疑問にシシィが静かに答えた。
「ライラお嬢様は、クリスタラーゼの血を引いていない、後妻の連れ子だから。おまけでここに住まわせてもらっている身だからこそ、自分にできることをしておきたいと言っていました」
シシィも陰で頑張るライラの努力に疑問を持ったことがあった。それを直接本人に聞いたところそう答えられたのだ。
まさかそこまで自分の立場を深く考えていたとは思っていなかった。
ルークが見ていたライラは城に帰ってくるたびに目を輝かせて学園の話を聞きに来る女の子だった。借金の事や使用人への配慮をして、ルークが戻って来た時に困らないように計画をしていたなど気づきもしなかった。
胸の奥に熱いものを感じる。
「私からの報告はここまでです。申し訳ありませんが、帰って来たばかりで侍女たちの状況も把握しきれていません。すぐに仕事に戻りたいと思うのですがよろしいですか?」
言うべきことを話したということで帰ろうとするシシィをルークは引き止めることが出来なかった。
それほどまでに聞かされた内容に衝撃を受けてしまっていた。
「わかった。何かあればまた報告を頼む」
「承知しました」
アンナがハンカチを袋に戻して抱えると2人は一礼して部屋を出て行った。
少しの間、残された者たちは口を開くことなく部屋に静寂が訪れることになった。




