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公爵令嬢は、聖獣公爵に愛される  作者: ハナショウブ
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喧嘩

「城の中とその周辺は探しましたが、ライラ様の姿やいたと思われる痕跡すら見つかりませんでした」

クリフの言葉にルークはため息しか出なかった。

「おそらくすでに街に行ったと思われます」

「あの体で街まで歩いたというのか」

クリスタラーゼ城は小高い丘の上に建っているので、街までは緩やかな下り坂になっている。少し距離もあるため、まだ体力が回復していないライラでは途中で生き倒れていてもおかしくない。

「すぐに街までの道の捜索も行います。それでも見つからない場合は、街での捜索になります」

クリスタラーゼ領の街は公爵家の権威を見せつけるように王都に次ぐ大きな街だ。その広さを考えるとライラを見つけるのは時間がかかりそうだった。

「とにかく探してくれ」

額を押さえて言うとクリフは一礼だけして部屋を出て行った。

「なんでこんなことになった」

部屋に1人になると天井を見上げてぼやく。

ライラがいなくなったという報せが飛び込んできたのは夕食を済ませて、残っていた資料の処理をしていた時だった。父親が生きていた時に処理できていなかったものも多く、ほぼ毎日夕食後にも仕事をしていた。

黙々と作業をしていると、部屋の外が騒がしくなってきていたことに気が付いたのだ。

数人が足早に廊下を歩いていく音や、窓の外からも誰かが話している声も聞こえきた。

明らかにいつもと様子がおかしいと思い、廊下に出て通りかかった使用人に声をかけてみようと思った矢先、扉がノックされイクルスが姿を見せた。

いつも冷静沈着な彼にしては珍しく慌てたような様子に、やはり何か起こったことは間違いなかった。

「どうした?」

「実は、ライラお嬢様が姿を消しました」

最初何を言われたのか理解できなかった。

ライラが消えたとはどういうことだろう。

「夕食後に侍女のルルナが部屋を訪ねると、もう姿がなかったそうです。車いすもそのままでしたし、寝室から運び出した服もすべてあったそうです。何も持たずに姿を消したようです」

イクルスの説明は聞こえていたが理解が追いつかなかった。

ルークはすぐに執務室を出るとライラが使っている部屋へと急いだ。

そこには彼女の私服がそのまま、主だけを失った静かな部屋となっていた。

その時の虚無感は今でも胸の奥に燻っている。

使用人たちが城の中を探し回っていたが見つかったという報告はなく、ルークはすぐにクリフを呼び寄せて城の中とその周辺の捜索も指示した。

だが未だにライラは見つかっていない。いたと思われる痕跡さえないという。

「一体どこに」

彼女の行きそうな場所に心当たりがないことに気がついた。

ライラの日常を聞いたことがなかった。普段どこで何をしているのか、城の外に出かける時はどこへ行くのか。そんな会話をしてこなかったせいで、ライラの行きそうな場所に見当も付けられない。

本当に彼女のことを何も知らないのだと実感させられる。

実際にライラは城の外にほとんど出たことがなかったので、行く当てなどなかったことさえルークは知らない。

目の前の執務机には処理できていない書類が積み上げられていく。

こんな時でさえ当主としての仕事はあるのだ。

だがそのどれにも手を付ける気にはなれなかった。

立ち上がって部屋を出ると、もう何度捜索されているかわからないライラが使っていた部屋へと足を向けた。そんなことをしても無駄だとわかっているのに、どうしても彼女がいた場所に足が向いてしまう。

本来の彼女の部屋は火事で使えなくなってしまったので、客室の一室を使っている。

部屋に近づいてくると、誰かの話声が部屋から聞こえてくるのがわかった。

扉が開かれていたのでそれが男女の言い争うような声だということもすぐに気づけた。

「お嬢様に何の恨みがあるっていうのよ」

「悠々自適に公爵家の財産を使い込んでいた後妻の連れ子だろ。母親を失ったことでみんなから憐れまれていても、その本質は母親と同じに決まっている」

「お嬢様が散財していた現場でも見たっていうの」

「見なくても、怪我を理由にいつまでも居座って、火事のことも口を開こうとしない。そうやって有耶無耶のままい続けていただろう」

「ふざけないでよ。お嬢様はそんな方じゃない」

聞いたことのある声に足が止まる。

1人はライラの侍女の声に聞こえるが、もう1人はルークの護衛騎士をしているアスルの声だ。

彼はライラのことを嫌っていた。城から早く追い出すべきだと言っていたがルークがそれを止めていた。主の意思に従ってくれていると思っていたが、2人の会話から彼が何かしたのは察することが出来た。

再び足を動かして開け放たれた扉から部屋に入ると、第三者の侵入に言い争っていた2人の声がぴたりと止まり、同時に2つの視線がこちらに向けられた。

「当主様」

「ルーク様」

「何を言い争っていた」

驚いて固まっている侍女は赤髪をいつもポニーテールにしているのが特徴のアンナだった。その隣にいたアスルは軽く頭を下げて何事もなかったようにしている。

「声が廊下まで響いていたぞ」

そう注意すると、言い争いの内容を思い出したのか、アンナがアスルを睨みつけた。

「たいしたことではありません」

ルークに聞かせるつもりはなかったのだろう。些細なことだというように報告してくるアスルに対して、ライラの侍女は驚いた顔をした後怒りを爆発させるように声を上げた。

「たいしたことないですって。ふざけるんじゃないわよ。お嬢様がいなくなって平然としていられるあんたの神経おかしいんじゃないの」

「なんだと」

怒鳴るアンナに対して鋭い視線を送るアスル。だが彼女は怯むことなく言い続けた。

「さっき、他の使用人と話しているのを聞いたのよ。みんなお嬢様のことを心配していたのに、あんただけいなくなったことをどうでもいいように言っていたじゃない」

それを聞いた使用人たちが戸惑いの表情を浮かべた。気にすることなくその場を立ち去ったアスルに対してアンナは違和感を覚えて追いかけてきたという。

声をかけてライラが使っていた部屋の現状を見せると、言い争いが始まったようだ。

「私がお嬢様のことが心配じゃないのかって問いかけたら、いなくなって良かっただろうって言ったじゃない」

嫌っていた相手がいなくなったのだ。アスルからすればせいせいしたことだろう。だが、ライラを心配する人間からすれば怒りを買うのは間違いない。

言い争いがどんどん激しさを増そうとしていたところへルークが来てしまった。

2人が睨み合う。

放っておくとルークの存在を忘れて再び言い合いが始まりそうだ。

「アスル」

声をかけると彼はルークに向かって軽く頭を下げた。

「ライラがいなくなったことに心当たりがあるのか」

2人の言い合いではライラの失踪に直接アスルが関わっているように思えなかったが、いなくなったことを喜んでいる彼が何らかの原因を作った可能性を捨てきれなかった。

だからこそ揺さぶりのつもりで言ったのだが、アスルは意外にも簡単に白状した。

「ライラ様がいなくなる前に会っています」

「なんですって」

先に反応したのはアンナだった。今にも掴みかかりそうな勢いでアスルに詰め寄る。

「いつの話よ」

「昨夜だ」

衝撃に言葉が出ないのか、アンナは口をぽかんと開けて固まる。次の言葉が出てこないようだったのでルークが引き継いで質問した。

「何を話した?」

「怪我が治ったら城を出るようにという忠告をしました」

本当に忠告だけだろうか。そんな疑問が出てきた。

「なぜもっと早くに報告しなかった」

「出るようにと言っただけです。それがライラ様が出て行く直接の原因になったとは思えませんでした」

今すぐ出て行けとは言っていない。アスルはもっと軽い気持ちで言ったのかもしれない。

だが、両親を亡くし怪我をして体力も精神力も削られてしまった今のライラには僅かな言葉も刃となって突き刺さっていた可能性は高いだろう。

ルークの質問にも何かを隠しているようだった。責めたつもりはなかったが、彼女からすると尋問されているように思っていたかもしれない。そんな精神状態では、アスルの言葉は深く彼女の心を抉ったように思う。

もしかするとアスルだけじゃなく自分も彼女を追いこんだのだろうか。そんなことを思っていると、やっとアンナが言葉を口にした。

「なんてことを・・・もっと、時期というものがあるでしょう」

愕然とした表情で呟いている。だが次の瞬間、はっきりと考えがまとまったのか、アスルの胸倉を掴んで叫んでいた。

「お嬢様が出て行ったのは、やっぱりあんたのせいじゃない!」

騎士であるアスルは簡単にその手を振りほどいてしまう。

バランスを崩したアンナが両膝と両手を床につく。それでもアスルを睨み上げる瞳は力強く、感情が込み上げてきたのを押さえられなかったのか涙が浮かんでいた。

その光景を眺めてどう処理するべきかルークは考えた。もっと詳しい話を聞くべきかもしれない。

そう思っていた時、部屋の入り口に立っていたルークの背後に人の気配がした。

振り返ると侍女服を着た黒髪をうなじでまとめ、青い瞳の女性が背筋をまっすぐに伸ばして立っていた。

「何事です」

静かな声は張りがあり、侍女たちを束ねるにふさわしい威厳のようなものを感じさせられる。

「侍女長。戻って来たのか」

「当主様とお呼びすべきでしょうね。私がいない間にいろいろなことが起こっていたようで、申し訳ありません」

「シシィが謝ることじゃない。予定よりも早く戻って来てくれて助かる」

クリスタラーゼ城で侍女長を務めるシシィ=キリタ。故郷の母親の体調が良くないという報せを受けて里帰りをしていたが、城の火事で当主が亡くなり、ルークが新しい当主となったことや、ライラの怪我などもあって急いで戻ってきてほしいと連絡をしていた。

「侍女長」

未だに床に手をついた状態のアンナが驚きと安どの表情を見せながら縋るような声を出していた。

「立ちなさい、アンナ。いつまでもそのような体勢はいけません」

「はい」

怒ったわけではないようだが、アンナはすぐに立ち上がると背筋を伸ばした。

「当主様。帰って来たばかりでまだ詳しい事情がわかっておりません。執事長も交えてお話をしたいのですが」

「わかった」

火事の詳しいことなども話す必要があるかもしれない。騎士団長も呼んでおいた方がいいだろう。

「アンナ、あなたからも詳しい話を聞きたいわ。私の部屋に来てちょうだい」

「はい」

侍女長の指示にアンナがすぐに動く。ルークに一礼して2人はすぐに部屋を出て行った。残されたルークはアスルに声をかける。

「アスル。お前からもライラと会った時の話を聞きたい」

原因が彼だという確証はないが、昨夜会っていたことは見過ごせない。詳しい話を聞く必要がある。

話を聞く前にクリフを呼んでくるように言うと彼もすぐに部屋を出ていった。

残されたルークは、主を失った部屋を見渡した。

移動させられた荷物をそのままに彼女はいったいどこへ消えてしまったのか。

無事でいてくれることを願うしかない。

静まり返った部屋をもう一度見渡してから、ルークは執務室へと戻っていった。


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