追及
ルルナに車いすを押してもらいながら、ライラは別室へと移動していた。
部屋で朝食を済ませると、急にルルナが車いすを持ってきたのだ。
「当主様がお話があるそうです」
ルークの呼びだしを断ることもできず、ライラは素直に車いすに移った。後ろにいるルルナの表情が硬いことから、何か大事な話なのだろうと予想がつく。
車いすが止まったところは当主の執務室だった。扉の前で緊張感が高まるのを感じた。
「ここって確か、歴代の当主が使っている部屋よね」
「そうですね。火事の影響を受けていませんし、ルーク様の前は前当主様が使っていた部屋になります」
ルルナの説明に前当主の姿が脳裏をよぎった。
「・・・・・」
「お嬢様?」
急に黙ってしまったライラを不思議に思ったルルナが体をずらして顔を覗き込んできた。
「顔色が悪いですよ。当主様との話は後にしてもらいましょうか?」
心配する声に首を横に振った。
「大丈夫。ちょっと考え事をしただけ」
深呼吸を繰り返して気持ちを落ち着けると扉をノックするようにお願いした。
くぐもった声が部屋の中から聞こえてくる。
「失礼します」
ルルナが扉を開けてくれ車いすを押して執務室へと入れてくれた。
緊張しながら部屋に入ると、さわやかな香りが鼻をくすぐった。
何度か瞬きをして部屋の中を見渡したライラは、執務机で作業をしているルークに視線を向けた。
新たな当主となったルーク=クリスタラーゼがそこにいる。
違和感なくそのことが心にすとんと落ちてきた。
ふと視線を感じて振り向けば、ルークから少し離れた壁際に1人の騎士が立っていた。
その騎士の視線があまりにも鋭くライラを射抜く。敵意すら感じる視線に無意識に体が強張った。
どうしてそんなに敵意をむき出しにした視線を向けてくるのかわからない。
膝に置いていた手を力任せに握ると、車いすを押していたルルナが後ろから横へと移動してきた。それは騎士の視線を遮るような立ち位置になっていた。
偶然か意図的にやったことなのかわからなかったが、ルルナを見上げると彼女は何事もなかったようにルークに声をかける。
「ライラお嬢様をお連れしました」
一礼するルルナの姿を見て本来の目的を思い出す。ルークが何か話があるということでここへ呼び出されたのだ。
「お嬢様、車いすでは腰が痛いでしょう。ソファに移りましょう」
執務机の前にはローテーブルを挟んで2つのソファが置かれている。車いすは金属でできていて長時間座る用にできていない。負傷者など一時的に移動させるための造りなのでずっと座っているとお尻や腰に負担がかかるのだ。クッションを挟んでいるとはいえ、ソファの方が断然快適だ。
「そうね。長い話だと困るから移りましょう」
呼び出された内容を知らないのでライラはすぐに立ち上がってソファに移動した。
僅かな距離なら1人で移動するのは問題ない。
ソファに座ると机に向かっていたルークが立ち上がって、向かいのソファに移動してきた。
彼が片手を上げると壁際にいた騎士がルークに向かって一礼して部屋を出て行く。部屋を出る寸前ライラに視線を向けてきたが、やはり敵意のこもった視線は健在だった。
騎士が出て行くとルルナも一礼して部屋を出て行く。
「アスルの態度はすまない」
ずっと無言だったルークが口を開くと最初にそう謝ってきた。
「アスル?」
「今いた騎士だ。アスル=ビウレット。俺が学園に行くことになった時から護衛騎士として仕えている」
王都の学園にいたルークはほとんどクリスタラーゼに戻ってくることがなかった。そのため護衛騎士がいてもライラが顔を合わせることはほとんどない。
ずっとクリスタラーゼ城にいるライラは騎士の顔と名前を大体把握しているのに、彼の顔がわからなかったのはそのためだ。
「なんだか私、嫌われているみたいね」
敵意むき出しの視線を隠すことなく向けてきていた。
「彼はライラのことをよく知らないから、たとえ俺の身内だとしても警戒するんだろう。態度を改めるように注意はしておく」
身内といっても血の繋がりがない。アスルにとってライラは部外者という認識なのかもしれない。
「この部屋、ルークが使うようになって手を入れたのかしら?」
アスルの敵意はルークに任せることにして、部屋を見渡してライラは話題を変えた。
「特に何もしていないけど、どうしてそう思う?」
「なんとなく、部屋に入ってきたときにルークを感じたから」
上手く表現できたとは思えない曖昧な答えにルークの眉間に皺が寄った。
「なんて言ったらいいのかな。ルークがこの部屋の主だって思わせてくれる気配というか匂いというか、落ち着いた気持ちになれたの」
さわやかな匂いを感じたのは確かだ。ここは前当主の執務室ではなく、もうルークの執務室なのだと納得できてしまった。
まだ理解できていないようでルークの眉間の皺が深くなる。
「それよりも私に話があったのでしょう」
部屋の話はここまでだ。呼び出された理由を聞くことにする。
「火事が起こった現場の検証が終わった。荷物を取りたいという要望を出していたそうだが、今日にでも必要な物は持って行っていい」
無事だった服や刺繍を取りたいと頼んだのは昨日だ。アンナが騎士団長に頼んでいたはずだが、ルークの許可が下りたので必要な物を運ぶことができる。
「ありがとう」
「部屋自体は使い物にならないから、新しくする必要がある」
火事で焼け焦げた部分と水浸しになった床は替えなければいけない。それはライラの部屋だけでなく前公爵夫妻が使っていた部屋も同様だ。
「ただ、どちらも金がかかる作業だ。今のクリスタラーゼではそこまで手が回せないだろう」
元の状態にするなり、火事の記憶を消すために完全に部屋の模様を変えることも考えているが、どちらにしてもお金が必要になる。借金を抱えている今の状態では手が付けられないということだ。
「まずは返済が先になるわね」
詳しい金額は聞いていない。それでもすぐに返せる額でないことは察していた。そうでなければ母親の遺品を換金してほしいと言ってくるはずがない。
「部屋の調べは終わった。あとは現場にいた人間から話を聞くだけだ」
母親の部屋の物も確認して売れそうなものは換金するべきだと考えていると、ルークが真剣な表情で言ってきた。
その言葉に体が硬直する。
「現場にいた人?」
「ライラ。怪我を理由に聴取を避けていたが、もうそろそろ何があったのか事情を聞く必要がある」
ここに呼び出された本当の理由を知った。ルークは自分の耳でライラから話を聞くことにしたのだ。
「あの夜、君は城の外で発見された。寝間着に裸足だったと聞いている。それは少し前まで寝室にいたということだ。しかも、取る物も取らずに出たということがわかる」
静かな声が部屋に響く。
質問をされているはずなのに、ライラには尋問にしか聞こえなかった。
「部屋にはなぜか前公爵の父がいた。あの夜父が君の部屋に来たのは間違いない」
呼吸が浅くなる。血の気が引くような感覚に頭がくらくらしてくる。
「もう寝静まっている時間だ。そんな時間に父はなぜ君の部屋を訪ねた?」
「・・・・・わからないわ」
「わからない?」
こんな答えで逃げられるわけがない。そうわかっていてもライラはそう答えるしかできなかった。
「何も覚えてないから、わからないわ」
膝の上に置いた手がスカートを握りしめる。皺になることなど考えている余裕がなかった。
「本当に何も覚えていないのか?自分がどうして城の外にいたのかも」
耳の奥に暗い廊下を走る自分の荒い息遣いが聞こえた。耳を押さえたい衝動を何とか抑え込んでいるとルークのため息が聞こえてきた。
「一体何を隠している」
「私は何もしていないわ」
「覚えていないのに、どうしてそう言い切れる?」
「それは!」
反射的に立ち上がって足に痛みが奔った。すとんと腰を落として足を押さえると、はっとしたようにルークが隣に移動してきた。
「まだ完治していないんだ無理をするな」
痛みに息が上がる。痛みのせいか悔しいと思うせいか、目じりに涙が浮かんできた。
「すまない。今日はもうやめておこう」
ライラの様子からこれ以上は無理だと判断したようだ。すぐにルルナが呼ばれ車いすに移ると執務室を出ることになった。
胸が苦しかった。
あの日の夜さえなければこんな思いをすることはなかった。
悔しさと悲しさ、それに切ない気持ちで心が押しつぶされそうだ。
「お嬢様、今日はリハビリはやめてゆっくり休みましょう」
優しいルルナの声は今のライラには届くことはなかった。




