手紙
「ねぇアンナ」
車いすで部屋に戻って来たライラは思い出したように車いすを押しているアンナを振り返った。
「私の部屋はまだ入れないのかしら?」
「確か騎士たちが現場検証をするために立ち入り禁止になっていました」
「日にちも経っているし、荷物を取るくらいはできないか聞いてほしいの」
火事が起こってからライラは3日熱と闘った。それからさらに5日が過ぎている。
1週間以上空いたのだ。現場検証はすでに終わっているはずだ。
「未だにお嬢様の部屋と当主夫妻の部屋の近くは、騎士たちがいて中に入ることができないようになっていますし、まだ調べることがあるのかもしれません」
「荷物くらいは取ってきてもいいと思うんだけど」
ライラの部屋はすぐに火を消すために水浸しとなり使い物にならない。だが、クローゼットには火が移らなかったので無事だと聞いている。
普段城の中で着る服はすべて入っているのでそれらを取ってきたいと思った。別の部屋にパーティー用のドレスなどは保管されているが、それを着ているわけにもいかない。
今はライラの体型と変わりない使用人から服を借りている状態だ。それも公爵令嬢が着ることを考えて、使用人の一番いい服を集められていた。
「騎士団長に聞いてみましょう」
「そうしてちょうだい。それと、服以外にも、途中になっている刺繍も持ってきてほしいわ。クローゼットの棚にあるはずだから」
リハビリが始まってから少しずつ動けるようになってくると、持て余す時間が増えてきていた。
せっかくの時間を何もしないで過ごすよりは自分にできることをしたいと思ったのだ。
「わかりました。できるだけ荷物を運べるように相談してみます」
「ありがとう」
部屋に戻ったライラは着替えてベッドに潜った。外でのリハビリとルークとの会話は思った以上に疲れたようだ。体力がまだ回復していないので休みたくなってしまう。
「ルルナと交代してきます。ゆっくりお休みになってください」
優しい声掛けに頷くと大きく息を吐きだしてから瞼を閉じた。
アンナが部屋を出て行こうとする気配を感じていると、扉をノックする音が聞こえた。
「はい」
アンナが返事をすると扉が開かれるとライラも瞼を開いた。
「失礼します。お嬢様にお手紙が届いています」
部屋に入ってきたのはルルナだった。交代する予定だったのでライラ宛の手紙も一緒に持ってきてくれたようだ。
「あ、お休みでしたか。手紙は後にしましょう」
「大丈夫よ。誰からかしら」
テーブルの上に置こうとしたがそれを制して半身を起こした。手紙を読む余裕くらいはまだある。
「侍女長からと、クロウディス伯爵からです」
里帰りしているシシィには火事が起きたこととライラの怪我のことがすぐに手紙で連絡されていた。すぐに戻ってきてほしいという内容を執事長がしたためたと聞いている。
「侍女長の返事は執事長に届いたんですが、お嬢様宛ての手紙が同封されていたそうです」
ライラが怪我をしたことも知らされている。心配して手紙を書いてくれたのかもしれない。
先に侍女長の手紙を開封することにした。
「こんなにたくさん書いてあるわ」
便箋に女性らしい柔らかい文字がびっしりと書かれている。2人にそれを見せてから内容を確認した。
「ふふ、ほとんどが体を休めるようにって内容だわ」
怪我をして動けないのだから無理をしてはいけないだの、食事をしっかり摂るようにとか、睡眠時間の確保に、刺繍のし過ぎは良くないとまで書いてある。
心配させているのだとわかるが、細かい内容についつい笑ってしまった。
「執事長は私の怪我のことをどこまで伝えたのかしら?」
「詳しくはわかりませんが、足に怪我をしたことと、それによって高熱を出したことは伝えていると思います」
手紙を受け取ったルルナが思い出しながら言う。怪我の具合は伝えていないようだが、熱を出していたことを知られていては心配が大きくなるのは仕方がないのかもしれない。
もう1通の手紙も読むことにする。
「クロウディス伯爵が手紙をくれるなんて」
珍しい相手に不思議に思ってしまう。
クリスタラーゼの遠い親族となるロビン=クロウディスは伯爵位を持っていて、クリスタラーゼから遠くない場所に小さな領地もある。
遠いとはいえ親族ということで何度かクリスタラーゼに来ていたが、ライラが幼い頃は言葉を交わすような間柄ではなかった。それが3年前に伯爵から声をかけてくれて、それ以来城を訪れた時はライラを見かけると話しかけてくれるようになった。
たしか今年で40歳を迎えた伯爵にはライラと年の近い息子がいるらしく、娘のような感覚で接してくれるのが嬉しかった。
「前当主様の葬儀に参列していたはずです。お嬢様がいないことを気にしていたようで、使用人が何人か尋ねられたと聞いていました」
義父だけではなく実の母親も火事に巻き込まれて命を落とした。その葬儀に娘が姿を見せなければ誰もが疑問に思うはずだ。怪我をして動けない状態だとルークから参列者に伝えられたはずだが、その報告だけで特に気にする貴族がほとんどの中、顔見知りで親しくしていた伯爵はさらに詳しい内容を知りたいと思ったのか使用人に声をかけていたそうだ。
「あの時は高熱で状態が良くないとしか伝えられなかったはずです。熱が下がったことをどこかで聞いて手紙を送って来たのではないでしょう」
アンナがお茶の準備をしながら言ってきた。休むはずだったがライラが起き上がったので飲み物を準備することにしたようだ。
「伯爵にも心配させてしまったわ。あとでお礼の手紙を書かないと」
手紙を読んでみると、アンナの予想通り葬儀で姿を見せなかったことで心配していたことと、熱が下がったと聞いてお見舞いの手紙を送ることにしたと書かれていた。
「伯爵様からは見舞いの品も届いていますよ。領内で今人気の菓子店のクッキーが届きました。お持ちしようと思ったんですが、料理長に止められてしまって」
クリスタラーゼの何度も足を運んでいる伯爵は城下での人気の菓子などにも詳しいのだろう。少しでもおいしいものを口にして元気になってほしいという手紙にも書いてある。
ルルナは手紙と一緒に持ってくるつもりでいたのだが、まだ軽い食事が中心のライラにはクッキーは重いかもしれないと料理長が先に待ったをかけてしまった。
「クッキーは日持ちするから料理長か侍医の許可が下りたら食べましょう。伯爵には手紙以外にも贈り物が必要になるわね」
勝手に食べようとすると怒られそうなので、侍医であるゲイルに相談することにしよう。
「後で聞いておきます。ハーブティーにしましたので、これを飲んでお休みください」
ライラは休むためにベッドに入ったのだ。それが手紙が届いたことで起きてしまった。
当初の目的に戻るためにアンナが差し出したお茶を飲んでベッドに潜り込む。
「何かありましたらお呼びください」
2人の侍女が出て行く。今度こそ休むためにライラは瞼を閉じた。
使用人以外で自分のことを心配してくれる人がいる。そう思うとなんだか心が温かくなるのを感じながらライラは眠りの中へと引き込まれていった。




