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公爵令嬢は、聖獣公爵に愛される  作者: ハナショウブ
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リハビリ

山積みの書類に目を通してサインをしていると、遠くから複数人の声が聞こえてきた。

どれも高い声なので女性だということはわかった。

夏も盛りは過ぎたが、まだまだ暑い日が続いている。窓を開けていたので声は思っている以上にしっかりと聞こえてきていた。

「もう少しですよ」

誰かがそう言うと、賛同するように他の女性の声が聞こえる。

「無理はしないでください」

「ゆっくり、ゆっくり」

励ましながらも心配している声に顔を上げると、窓の外には庭が広がっている。

その奥の方に侍女が3人いるのが見えた。

クリスタラーゼの侍女の紺色の制服が見える。

「閉めましょうか?」

一緒にいたアスルが声に気が付いて窓を閉めるかどうか聞いてきた。声が邪魔になると思ったようだ。

だがルークはペンを置くと立ち上がった。

「いや、そのままでいい」

窓へと近づいていき庭の様子を伺う。

すると侍女たちの中に黄色いドレスに麦わら帽子を被ったライラがいることに気が付いた。

彼女の後ろには車いすがあって、侍女の1人に支えられもう1人がすぐそばにつき従っているだけ。その状態でゆっくりとした歩行で少し離れた侍女2人のところへ歩いているところだった。

どうやらリハビリを庭で行っているらしい。

ゆっくりとした動きではあるが、確実な一歩を踏み出して歩いていく。その顔はとても真剣で、一生懸命取り組んでいるのがわかった。

「庭に行ってくる。付いてこなくていい」

窓を閉めたルークはその足で庭へと向かった。アスルが付き従ってこようとしたがそれを制して1人で庭へ向かう。

廊下の途中で庭に出られる大きな窓を見つけてそこから外に出る。

まだ夏の日差しが強い庭だが、風が吹くと少しはましだ。

風に乗って女性の歓声が聞こえてきた。

目を向けると4人の侍女に囲まれてライラが笑顔を見せていた。目標の2人の侍女のところまでたどり着いたのだろう。

「笑えるんだな」

少し疲れたような顔をしているが、無事に目標を達成した満足感もあるのだろう。笑顔を侍女たちに向けている。

ルークが戻ってきてから熱で倒れた姿と、目が覚めてからの憔悴したところしか見ていなかったので、彼女の笑顔はとても久しぶりに見たように思う。

両親を亡くしたショックもあって落ち込んでいるだろうと思っていたが、笑顔が作れるのは心に少しは余裕が出来てきた証拠だろう。

内心ほっとしている自分がいる。

ライラには笑顔が似合うと思う。

そんなことを考えていると、笑い声も聞こえてきた。1人の侍女が車いすを押してきて、ライラに座るように促している。

リハビリも終わったのだろう。ルークはゆっくりとした足取りで彼女たちに近づいていった。

「あっ、当主様」

侍女の1人が気が付いて声を上げる。

「ルーク」

「声が聞こえたから来てみた」

車いすに座って笑顔を見せていたライラだが、ルークの顔を見た瞬間表情が硬くなった。

「もしかして、仕事の邪魔をしたかしら。うるさくしたならごめんなさい」

賑やかなリハビリの声がうるさいと注意をするために来たのだと勘違いしているようだ。

「楽しそうな声だったから興味が湧いただけだよ」

決して咎めるためではないと伝えておく。それが伝わったのかライラがほっとしたような表情になった。

ルークが戻ってきてから、彼女はルークの顔色を窺うようになった気がする。

前はこんな感じではなかった。

ほとんど学園で生活していたルークだが、長期休暇はここへ戻ってきていた。その時必ずライラはルークのところへやってきて、学園生活の話を聞きたがってきた。好奇心が瞳を輝かせている明るい表情をいつもしていたことを覚えている。

それが義母に嫌われているルークにとって心の支えになっていたことを彼女は知らない。

その明るかった表情が、今はルークの態度を窺うようになっているのだ。

母親がいなくなったことで肩身が狭くなったと思っているのかもしれない。

「少し話がしたい」

「えっ」

ルークが提案すると明らかに戸惑った様子になった。

「リハビリもここまでにしましょう。ちょうど休憩をしようと思っていたので、近くの東屋でお茶にしましょう」

返事が出来ずにいるライラを見兼ねて、車いすを押していた侍女が近くにある東屋を示した。確か彼女はライラ専属の侍女でアンナ=ビッキスという名前だったはず。

まだ戸惑いを見せるライラだったが、アンナが車いすを押して東屋に向かうことがわかると諦めたようにこちらを見た。

「少しだけなら」

残った侍女たちがお茶の準備をするために建物へと姿を消していく。

アンナに誘導されるように東屋に移動すると、ライラは備え付けの椅子に座り直そうとする。1人で移動しようとしたのでルークが手を伸ばすと驚いた顔をされた。

「大丈夫よ。これくらい1人でもできるわ」

アンナも特に気にすることなく車いすを移動させていく。足が使えないわけではないので、できることは自分でやるということのようだ。それを知らなかったルークは手助けのつもりで手を伸ばしたのだ。

拒絶されたことと、何も知らないことが、ルークの中にライラとの距離を感じさせた。

椅子に座ったのを見てから、テーブルを挟んで向かい合うように腰を降ろした。

アンナは東屋の外で待機してくれたが、2人だけの空間に沈黙しかなかった。

「怪我の回復は順調なのか?」

話がしたいと言ったのはルークなのだが、いざ向かい合うと話す内容に困ってしまって侍医からライラの回復具合を聞かされているのに、そんな質問しか出てこなかった。

「足の傷は少し深いから、完治するのに時間がかかるとは言われているわ。でも、傷はほとんど残らないだろうとも聞いているの」

ゲイルの見立てでは深い傷は痕が残る可能性があると聞いていた。それでも時間とともに薄くなっていきわからないほどには回復するとも聞いた。ライラにもそのことは伝わっていたようだ。

「足だから靴を履いていたらわからないし、それほど気にすることはないと思っているわ」

傷跡が残るのは女性にとってショックにもなりそうだが、ライラは足だからという理由で気にしていない。

「歩行訓練も順調だから、もう少しリハビリを続けていけば自分の足で普通に歩けるようになると思う」

「無理だけはしない方がいい」

「そこはアンナ達が見てくれているから、すぐに止めてくれるわ」

まだ歩くのに手助けが必要になっているが、1人で自由に歩けるようになるのもそう遠くないようだ。侍女たちが目を光らせて無理をさせないように気を配ってくれている。

何気ない会話に戸惑いや不安は見受けられなかった。

これなら大丈夫かもしれないと思い、ルークは思い切って口を開いた。

「話しておきたいことがある」

「なに?」

「クリスタラーゼの財政について調べているんだが、借金がある」

膨大な借金ではあるが、詳しいことは言わずに緩く伝えておく。リハビリ中のライラにショックを与えたくはない。

そう思っていたのだが、彼女は借金という単語にどこか納得したような表情をしていた。

「父からの引継ぎが出来なかったから、いろいろと自分で調べることが多い。はっきりとした額はまだわかっていないが、それなりの金額になりそうだ」

「そう・・・いつもドレスやアクセサリーを買っていたから、借金があるのは気が付かなかったわ」

少し歯切れの悪い言い方。

ライラは詳しい金額はわからなかったようだが、借金を抱えていることは把握していたのだろう。いつも買い物をしている母親を見て、たとえ借金があっても少ない額だと考えていたのかもしれない。

だがそれを追求することなくルークは話を進めた。

「できれば、ライラが相続した母親のドレスやアクセサリーを換金してもらいたい。それを返済に充ててもらえないだろうか」

「それは構わないけど、侍女長のシシィが戻ってきてからでもいいかしら」

「休暇でいないんだったな」

シシィ=キリタはクリスタラーゼ城で働く侍女たちをまとめる侍女長だ。現在実家の母親の具合が悪いということで里帰りをしている。馬車で2日ほどかかる小さな町に住んでいる男爵家の娘で、見習いから城で働いて、今は侍女長まで上り詰めた努力家だ。

火事が起きた時は里帰りのため不在だった。

代理の侍女はいたのだが、緊急事態に対応が上手くいかず侍女たちに混乱が生じたのも事実。

手紙を出してすぐに戻ってくるように伝えた。もうそろそろ戻ってきてもいい頃だ。

「ドレスやアクセサリーの管理はシシィがやってくれていたはずだから、私じゃどこに何があるかわからないし」

ルミラの私物は数が多すぎて部屋のクローゼットに入らないため、すぐに使う物以外別の部屋をドレス用にしていた。ライラは入ったことがほとんどないらしく、どれくらいの物が存在しているのかさえ把握していない。

「急ぐ必要はない。必要な物と不要な物を分けたうえで換金してくれると助かる」

母親の遺品になるのだ。ライラが手元に取っておきたい物もあるだろう。その仕分けが終わらないと換金することはできないだろう。

「必要な物・・・」

その呟きはどこか沈んでいた。ルークが視線を向けると声と同じような沈んだ表情で考え込んでいるライラがいた。

「ライラ?」

母親のことを思い出したことで心の傷を抉ったのかもしれない。

不安を覚えてなんと声をかけるべきか迷っていると、ライラが顔を上げて微笑んだ。

「少し時間がかかると思うけど、お金は用意するわ。借金を返さないとクリスタラーゼが大変だものね」

どこか力のない微笑みにルークはそれ以上何も言えなくなってしまった。


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