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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夫婦にはなれないけど、家族にはなれると思っていた・短編・連載版の投稿を開始しました

作者: まほりろ

それは学園での進級パーティーでのこと。


第二王子のアルド殿下と側近の二人が問題を起こした。


側近の一人は魔術師団長の息子のリック・ザロモン侯爵令息。


もう一人は騎士団長の息子のべナット・リンデマン伯爵令息だった。


三人はそれぞれの婚約者に向かって、男爵令嬢のミア・ナウマン嬢をいじめていたという理由で、糾弾した。


第二王子殿下が、

「お前たちがミアを噴水に突き飛ばしたり、階段から突き落としたり、教科書やノートや制服を破ったことは分かっている!

ミアに謝れ!

土下座して謝罪しろ!」

と大声で叫んだ。


それらのことはナウマン男爵令嬢の証言だけで、何一つ証拠はなかった。


三人の令嬢は「冤罪だ」と言って、謝罪を拒否した。


すると第二王子殿下とザロモン侯爵令息とリンデマン伯爵令息は、それぞれの婚約者に向かって、

「「「お前のような卑劣な女とは結婚できない!

お前との婚約を破棄する!」」」

と公衆の面前で宣言したのだ。


第二王子のアルド殿下に婚約破棄を宣言されたのは公爵令嬢のカロリーナ・ブルーノ様。


ブルーノ公爵令嬢は銀髪紫眼の美少女。


賢くて語学が堪能でダンスもマナーも完璧で、淑女の鑑と評されているお方だ。


騎士団長の息子のリンデマン伯爵令息に婚約破棄を宣言されたのは、辺境伯令嬢のマダリン・メルツ様。


メルツ辺境伯令嬢は、黒髪黒目のクール系美少女で、剣と乗馬の達人だ。


そして魔術師団長の息子のザロモン侯爵令息に婚約破棄を宣言されたのが私、子爵家の長女エミリー・グロスだ。


茶髪に茶目に平凡な容姿、趣味はお菓子作りと刺繍とパッチワークという地味な女だ。


婚約は家と家との結びつき。


公衆の面前で「婚約破棄する!」と言っただけでは、婚約破棄は成立しない。


よって私は依然としてリック様の婚約者だし、ブルーノ公爵令嬢も第二王子アルド殿下の婚約者だし、メルツ辺境伯令嬢もリンデマン伯爵令息の婚約者のままだ。


第二王子アルド殿下は、ブルーノ公爵令嬢に婚約破棄を宣言したあと、ブルーノ公爵令嬢に罵詈雑言を吐き続けた。


側近の二人はそれを止めなかった。


ナウマン男爵令嬢は第二王子殿下の腕にしなだれかかり、にやにやしながらその様子を眺めていた。


進級パーティに参加した他の生徒は、進級パーティを台無しにされ、恨みのこもった目で第二王子殿下とナウマン男爵令嬢らを眺めていた。





進級パーティの翌日。


第二王子殿下は王命による婚約を勝手に破棄しようとした罪に問われた。


殿下の側近のリンデマン伯爵令息とリック様は、殿下を止めなかった罪に問われた。


三人には、学園の進級パーティを台無しにした罪も加わった。


三人に下された罰は貴族牢への幽閉。


王城では文官たちが、第二王子殿下は王位継承権を剥奪され一生幽閉されるのではないか、側近の二人は実家から勘当されるのではないかと、と噂した。


しかし後日、三人が魅了の魔法にかかっていたことが判明した。


三人に魅了の魔法をかけたのはナウマン男爵令嬢。


三人が進級パーティでの騒ぎを起こしたのは、魅了魔法による影響で、三人にあらがう術はなかったとされた。


これにより三人の罪は大幅に減刑された。


第二王子殿下とリンデマン伯爵とリック様の三人に下されたのは、一カ月の停学処分と自宅謹慎処分のみ。


三人に魅了の魔法をかけた男爵令嬢のミア様は、捕らえられ、牢屋に入れられた。


ミア様の実家のナウマン男爵家は、娘のしでかした不始末の責任を取らされ取り潰しとなった。


ミア様はブルーノ公爵家とメルツ辺境伯家に訴えられ、多額の慰謝料を請求された。


ミア様は子供を産めない処置をされて娼館に売られ、借金を全額返済するまで働かされることに決まった。





一カ月後。


謹慎が解けた第二王子殿下とリンデマン伯爵令息は、それぞれの婚約者の家を訪れ、進級パーティでの非礼を侘びた。


第二王子殿下はブルーノ公爵令嬢に、リンデマン伯爵令息はメルツ辺境伯令嬢に、それぞれ土下座して許しを請うた。


しかし第二王子殿下とリンデマン伯爵令息は、進級パーティでの断罪以外にも数々のやらかしをしていた。


学園に入学してから婚約者に誕生日にプレゼントを贈らない、パーティでエスコートしない、デートをドタキャンする、家族との食事会をすっぽかし男爵令嬢とデートをする、学園で男爵令嬢といちゃつくなどなど……。


第二王子殿下とリンデマン伯爵令息は、

「それも全部ミアに魅了の魔法をかけられ、おかしくなっていたせいなんだ!」と言い訳したが、

ブルーノ公爵令嬢もメルツ辺境伯令嬢も聞く耳を持たなかった。


第二王子殿下とリンデマン伯爵令息に、婚約者から向けられた視線は冷たかった。


第二王子殿下とブルーノ公爵令嬢の婚約と、リンデマン伯爵令息とメルツ辺境伯令嬢の婚約は、第二王子殿下とリンデマン伯爵令息の有責で破棄された。


世間は、

「第二王子とリンデマン伯爵令息は魅了の魔法にかかっただけなのに……」

「彼らもある意味被害者なのに可哀想に」

「ブルーノ公爵令嬢とメルツ辺境伯令嬢には、人の情がない」

と噂した。


世間は魅了魔法をかけられた第二王子殿下とリンデマン伯爵令息に同情的だった。


ブルーノ公爵令嬢とメルツ辺境伯令嬢は、そんな世間に辟易し、隣国に留学してしまった。


私はメルツ辺境伯令嬢とブルーノ公爵令嬢に、

「わたしたち三人は婚約者に進級パーティで冤罪をかけられ、婚約破棄を宣言された仲だ」

「これもなにかの縁です、一緒に留学しませんか」と誘われた。


私は知らない土地でやっていく勇気がなくて、二人の誘いを断った。


凛々しくて高貴で才能豊かな二人と、一緒にやっていく自信がなかったのだ。





学園を卒業後、リック様はグロス子爵家に婿入りすることになっていた。


なぜ侯爵家の次男が格下の子爵家に婿養子に入ることになったのか?


それは六年前、ザロモン侯爵家が事業に失敗した時、お金を貸したのがグロス子爵家だったからだ。


お父様は商売が上手なのでグロス子爵家は、お金だけは持っている。


リック様は金髪碧眼の美少年。魔力量が多く、頭が良くて、魔術の腕前も超一流。


お金が欲しいザロモン侯爵家と、優秀な婿が欲しいグロス子爵家。


双方の利害が一致した。


リック様の婿入りを条件に、お父様はザロモン侯爵家にお金を貸した。


リック様は無口で無愛想な方だが、婚約してからは月に一度お茶会を開き、それなりにうまくやってきたと思っている。


学園に入学するまでは、毎年誕生日や女神の生誕祭にプレゼントも贈られてきていた。


学園に入学してからは贈り物が届くこともなくなり、定期交流のお茶会も毎回すっぽかされていたが。


今日、グロス子爵家にリック様が訪ねてくる。


用件はおそらく、進級パーティでの断罪と婚約破棄を宣言したことへの謝罪だろう。


第二王子殿下とリンデマン伯爵令息は、謹慎が解けてすぐに、婚約者の元に謝罪に行った。


なのにリック様が私の元に来たいと言ったのは、リック様の謹慎が解けてから二週間後だった。


リック様はなぜすぐに、私のところに謝罪に来なかったのかしら?


もしかしたら何か理由があって、リック様だけ謹慎が長引いたのかもしれない。


それとも魅了魔法が解けた影響で、体調に何らかの影響が出ていて、休養が必要だったのかもしれない。


もしそうだとしたら、謝罪に来るのが遅くてもリック様を責められない。


私はリック様に謝罪されたら、謝罪を受け入れ婚約を継続しようと思っている。


最悪でも双方合意のもとでの、婚約解消で済まそうと思っている。


相手は侯爵家、こちらは子爵家。


さらに魅了の魔法をかけられたリック様に世間は同情的。


もし私がブルーノ公爵令嬢やメルツ辺境伯令嬢のように、婚約者の謝罪を突っぱねてリック様との婚約を破棄しようものなら、世間からなんて言われるか……考えただけで恐ろしい。


私はブルーノ公爵令嬢やメルツ辺境伯令嬢のように、優秀でもなければ、美人でもない。


リック様との縁談が壊れ傷物になったら、もう次の縁談は望めないだろう。


私だってお茶会をすっぽかされたり、誕生日や女神の生誕祭に贈り物をされなかったことには腹を立てている。


だけど仕方ないのだ、リック様に謝罪されたら受け入れるしかないのだ。


それがグロス子爵家のため、ひいては自分のため。


十歳で婚約したときに抱いた、リック様への甘い恋心はもうない。


彼がミア様と浮気したときに恋心は薄くなり、進級パーティで断罪されたときに恋心は完全に消えた。


私に残っているのは幼馴染としての情だけ。


情があればラブラブな夫婦にはなれなくても、領地をともに守っていく家族にはなれる。


リック様が訪ねてくるまではそう思っていた……。



☆☆☆☆☆




「ミアの実家のナウマン男爵家が取り潰され、ミアは娼館に売られることになった。

僕はミアを身請(みう)けし、ミアの家族の面倒を見たいと思っている」


訪ねてきたリック様をガゼボにお通しすると、開口一番にそう言った。


えっと……リック様は進級パーティで私に冤罪をかけたことへの謝罪に来たのではないのでしょうか?


「それはつまりリック様はミア様と結婚するということですか?」


おかしいですね、リック様にかけられた魅了の魔法は解けたと聞いていたのですが、なぜミア様への情が残っているのでしょうか?


リック様にかけられた魔法だけ、まだ解けていないのでしょうか?


「違う、結婚はお前とする」


「はいっ?

それはいったいどういう意味でしょうか?」


ますますリック様のおっしゃっていることが分からない。


「侯爵令息とはいえ、僕は次男だから受け継ぐ財産が少ない。

とてもではないが僕一人ではミアを身請けし、ミアの家族を養っていくことはできない。

だからお前でいいから結婚してやる。

俺の容姿と魔力と優秀な頭脳を、グロス子爵家では喉から手が出るほど欲しがっていただろう?

地味で取り柄のないお前と結婚してやるから、ミアとその家族を養うことを許可しろと言っているんだ。

グロス子爵家の人間は、金で人を買うのは得意だろ?

六年前だって金の力で、優秀な僕をお前みたいな平凡でなんの取り柄もないつまらない女の婚約者にしたのだから」


リック様の言葉に愕然とした。


リック様が私との婚約をそんなふうに考えていたなんて……。


追い打ちをかけるようにリック様の言葉は続く。


「僕とミアとミアの家族が暮らすために、グロス子爵家の敷地内に別邸を建ててくれ。

僕に愛されるなんて期待するな。

僕が生涯愛するのはミアだけだ。

だが婿養子の務めは果たしてやる。

跡継ぎを残すために、嫌だがお前も抱いてやる。

上手く行けば、僕に似た金髪碧眼で容姿端麗で強い魔力を持った優秀な子が生まれるかもな。

お前の遺伝子が強く出て『ハズレ』だったときは言ってくれ、三人までなら子供を作ることに協力してやる」


グロス子爵家の敷地内に、ミアさんとそのご家族を住まわせる別邸を建ててくれ?


婿養子の務めだから子作りはしてやる?


私の遺伝子が強く出たらハズレ……?


リック様の言葉に、今まで残っていた家族としての情も消え失せた。


「手始めに五千万ゴールド出してくれ、その金でミアを身請けしたい」


「………に…しないで……」


「なんだって?

よく聞こえない?」


「馬鹿にしないで下さい!」


私は椅子から立ち上がり、リック様をきっと睨みつけた。


「今までの非礼を謝罪に来たのかと思えば、一言の謝罪もない。

その上愛人を囲いたいから金を出せですって!?

最低ですね!

あなたとの婚約を破棄します!

顔も見たくありません!

今すぐこの屋敷から出ていって下さい!」


私はリック様の目を見てきっぱりと言い切った。


「おい、いいのか僕との婚約を破棄して?

世間は魅了の魔法をかけられた僕たちに同情的だぞ?

お前はブルーノ公爵令嬢やメルツ辺境伯令嬢と違い、美人でもないし、スタイルも良くないし、頭も良くないし、語学やダンスや乗馬が得意な訳でもない。

そんなお前が僕との婚約を破棄したらどうなると思う?

世間からバッシングを受けて、誰からも縁談が来なくなるぞ?

確実に行き遅れ、社交界で馬鹿にされるぞ?

それでもいいのか?」


リック様の言い分も一理ある。


リック様との婚約を破棄したら、私のところには二度と縁談が来ないかもしれない。


でも、それでも……。


「あなたと結婚するくらいなら、一生独り身で過ごした方がましです!」


女子爵として一生独身で通す道もある。


跡継ぎは親戚から養子をもらえばいい。


「なんだと、僕が下手に出てやればつけ上がって!」


リック様が立ち上がり、私の頬を叩こうと手を振り上げた。


「そこまでだ!」


茂みの影からお父様と数人の兵士が現れた。


兵士がリック様が振り上げた手をつかみ、後ろ手にひねりあげる。


そしてリック様に魔力封じの手錠をかけた。


「娘への傷害未遂の現行犯で逮捕させてもらう」


お父様が厳しい口調でおっしゃった。


「それから今の会話は録音させてもらった。

君とエミリーの婚約は、ザロモン侯爵家の有責で破棄する。

それから先ほどの会話は世間に公表させてもらう。

世間は魅了の魔法をかけられた君たちに同情的だったが、先程の会話を聞いたら民衆の考えも変わるだろう」


「くそっ!

エミリー、知っていて僕をはめたのか!」


兵士に拘束されたリック様が私を睨んでくる。


「いいえリック様、私は何も知りませんでした」


お父様が兵士と一緒に、ガゼボの近くの茂みに隠れているとは思わなかった。 


「拷問部屋に連れて行け。こいつには聞きたいことが山ほどある」


「止めろ!

離せ!

僕はザロモン侯爵家の次男だぞ!!」


兵士に連行されるリック様は最後まで喚いていた。


「すまなかったねエミリー。

実はある方の依頼を受け、第二王子アルド殿下、魔術師団長の息子のリック・ザロモン、騎士団長の息子のべナット・リンデマンの動向を監視していたんだよ」


お父様が説明を始めた。


「監視ですか?」


「三人がナウマン元男爵令嬢ミアの魅了の魔法にかかっていたというのが、どうも胡散臭くてね。

本当にミアが魅了の魔法を使えるなら、ミアの処罰が子供が生まれない処置をして娼館に放り込むというのは甘いと思ったんだ。

魅了の魔法を使える者は危険だ。

悪用した者は七親等先の親族まで処刑されてもおかしくない。

それにミアの魔力は平均よりずっと少なかった。

ミアが魅了の魔法を使えたとしても、魔術師団長の息子で高い魔力を持っていてるリックに、魅了の魔法が効くとはとても思えなかったのだよ」


「確かにそうですね」


魔法の効果は魔力量に左右される。


平均以下の魔力量で、魔力の高い三人に魅了の魔法をかけるのは難しいだろう。


「だからわたしたちは、こう考えたのだ。

アルド殿下とリック・ザロモンとべナット・リンデマンは、魅了の魔法にかかってはいなかったのではないかと。

いや、そもそもミアは、魅了の魔法なんて使えなかったのではないかとね」


「えっ?」


ミア様は魅了の魔法を使えなかった?


でもそれなら、先ほどのリック様の言動もうなずける。


本当に魅了魔法にかかっていたのなら魅了魔法が解けたあと、自分を操り、大勢の前で取り返しのつかない愚行を犯させたミア様を恨むはず。


ミア様を愛人として囲う、ミア様の家族の面倒を見たいなんて言わないはずだ。


ということは、第二王子殿下とリンデマン伯爵令息とリック様が学園でしていたことは、全部本人の意思だったということですね。


「黒幕はアルド殿下の母親の側妃様だろう。

アルド殿下の罪を軽くするため、アルド殿下と側近の二人がミアの魅了魔法にかかったことにした。

本来なら王命による婚約を勝手に破棄すると宣言し、公衆の面前で公爵令嬢に冤罪をかけ罵倒するなんて真似をしたら、謹慎なんて生ぬるい罰で済むはずがないからね。

王位継承権を剝奪され、王族から除籍される」


「確かにそうですね」


アルド殿下、リンデマン伯爵令息、リック様はそれほど大きな過ちを犯したのだ。


「だからブルーノ公爵とメルツ辺境伯と協力し、アルド殿下とリック・ザロモンとべナット・リンデマンの三人に監視をつけた。

三人がどこかでボロを出すことを願ってね。

アルド殿下とべナット・リンデマンは、役者顔負けの演技力で、

『魅了魔法のせいでおかしくなっていたんだ、許してくれ!』

と言って婚約者に土下座していたので、残念ながらしっぽをつかめなかった。

リック・ザロモンが愚か者で助かったよ。

奴は謹慎が解けてからの二週間、ミアとその家族の所在を探り、ミアとその家族を助ける方法を探していたのだよ」


リック様がグロス子爵家を訪ねて来るまでに、謹慎が解けてから二週間もかかった理由が分かりました。


まさかミア様とミア様のご家族の所在と、彼らを助ける方法を探していたなんて。


お一人だけ謹慎が長引いているのではとか、魅了魔法が解けた影響で体の調子が悪いのではと、心配して損しました。


ミア様は、第二王子殿下とリンデマン伯爵令息とリック様の背負うはずだった罪まで押し付けられたのです。


リック様がどんなに頑張ろうと、助けられるはずがありません。


リック様はお勉強は出来ても、応用がきかないタイプだったようですね。


「だがまさかリックが、エミリーに暴言を吐いた上、エミリーに暴力を振るおうとするとは思わなかった。

捜査のためとはいえ、娘がクズに罵られているのを黙って見ているのは辛かったよ。

許しておくれ」


「大丈夫ですよ、お父様。

ちっとも怖くありませんでした。

それにリック様の本性が分かりました。

リック様との縁が切れて清々しています」


「奴への拷問……取り調べが終わったら、リックとエミリーの婚約はザロモン侯爵家の有責で破棄する。

それまで耐えてほしい」


「はい、お父様」





あれから、お父様の拷問……取り調べに耐えかねて、リック様は洗いざらい吐いた。


魅了魔法のせいにしようと言い出したのは側妃様だと言うことも。


ミア様は魅了魔法なんか使えないことも。


第二王子殿下もリンデマン伯爵令息もリック様も、心からミア様とのお付き合いを楽しんでいたことも。


ミア様が「カロリーナ様と、マダリン様と、エミリー様にいじめられてるんです〜〜!」と言ったのを信じ、裏付けも取らず断罪したことも。


第二王子殿下とリンデマン伯爵令息とリック様が、進級パーティで本気で婚約破棄しようとしていたことも。


第二王子殿下とリンデマン伯爵令息とリック様に同情が集まるように、民衆を誘導したことも。


彼らが犯した罪の全てが白日のもとにさらされました。


その結果、第二王子殿下は王命による婚約を勝手に破棄しようとし、進級パーティで公爵令嬢に冤罪をかけた上に罵倒、さらに進級パーティを台無しにしたことなどの罪に問われ、王位継承権を剥奪され、王族から除籍、北の塔に幽閉されることになりました。


北の塔は罪を犯した元王族が死ぬまで幽閉される場所です。


アルド様はあと何年生きられるでしょうか?


側妃様は、アルド様の罪を軽くするためにありもしない魅了魔法にかかったことにし、国王や関係者を騙したこと、アルド様に同情が集まるように民衆を誘導したことなどの罪に問われ、側妃の身分を剥奪され、やはり北の塔に幽閉されました。


側妃様のご実家のオットー伯爵家は側妃様の計画に加担したとして、二階級降格させられ男爵家となった。


べナット・リンデマン様は、ご実家のリンデマン伯爵家から除籍された。


リンデマン元伯爵令息は、二度と剣を持てないように右手の骨を折られ、郊外の森に捨てられたそうです。


リック・ザロモン様も、ご実家のザロモン侯爵家から除籍されました。


リック様は二度と魔法が使えないように体に魔法封じの印を刻まれ、死の荒野に置き去りにされたそうです。


リック様にはお兄様がいたのですが、リック様が私に言ったことを知った婚約者から、

「ザロモン侯爵家では子供にどういう教育をしているの? 最低ね」

と言われ婚約を破棄されたそうです。


リック様は子爵家に婿入りする身で、

「愛人を囲うから金を出せ。愛人と暮らすための別邸を建てろ。僕の遺伝子を受け継いだ子供が授かるだけ幸運だろ」

と言ったのですから、ザロモン侯爵家の教育方針が疑われても仕方ありませんね。


リック様の悪評は国中に広まりました。


ザロモン侯爵家に嫁入りしたい貴族は今後現れないでしょう。


オットー男爵家と、リンデマン伯爵家と、ザロモン侯爵家は、貴族社会からのけものにされ、苦境に立たされています。


近いうちに爵位を返上するのでは?と噂されています。


息子がしでかしたことの責任を取り、ザロモン侯爵は魔術師団長の職を、リンデマン伯爵は騎士団長の職を辞しました。


お二人が職を辞した理由は、事件の真相が明かされたあと、魔術師団長と騎士団長の言うことを誰も聞かなくなってしまったことによる精神的なショックが大きいようです。


ナウマン男爵家とミア様の処分は、婚約者のいる第二王子とその他の貴族令息を誑かしただけですので、男爵家はお取り潰し、ミア様は娼館に送るのが妥当ということになりました。


つまりは前に下されたのと同じ処分が下されました。







「それにしてもリックさんは、どうしてあんな馬鹿な行動に出たのかしら?」


カロリーナ様がクッキーをつまみながら、おっしゃった。


「でもそのお陰でわたしたちの不名誉な噂や、誹謗中傷がなくなったのだから良いのではないのか」


辺境伯令嬢であるマダリン様の言葉遣いは、男らしくハキハキしている。


一時的に帰国したブルーノ公爵家のカロリーナ様と、メルツ辺境伯のマダリン様が、子爵家を訪ねて来られた。


今日はくだんの進級パーティで、婚約者に婚約破棄を宣言された女子三人でのお茶会です。


カロリーナ様とマダリン様は、私に名前で呼ぶことを許可してくださいました。


お二人とも同じ痛みを経験した者同士、友達になろうと言ってくださったのです。


「リック様はコミュニケーション能力が不足していたと思うんです」


「コミュニケーション能力の不足だと? エミリー様、それはどういう意味だ?」


マダリン様が私に問う。


「元側妃様はリック様は賢いから、一から十まで計画を説明しなくても、計画を理解できると思っていたようです。

ですが実際は逆でした。

リック様は辞書や専門書を丸暗記するのは得意ですが、実践での応用ができない人だったのです。

リック様はプライドが高く自己愛が強い性格だったので、魔術師団でも浮いた存在でした。

元第二王子やリンデマン元伯爵令息といるときも言葉数は少なく。

お二人と一緒でないときは、一人でいることが多かった。

なので、コミュニケーション能力が発達しなかった。

リック様は場の空気を読むとか、人の顔色を窺うとか、そういうことができない人だったのです」


知識なら書物からでも得られます。


リック様を連れて歩くくらいなら、辞書を持って歩いた方がましです。


「つまり元側妃様は、計画を一から十まできっちりと説明しなくてはならない人物に、なにも教えずに放り出してしまったということですね」


カロリーナ様がおっしゃった。


カロリーナ様はケーキがお気に召したのか、二つ目を皿に載せている。


早起きしてケーキを焼いた甲斐がありました。


「そういうことです」


私はカロリーナ様の言葉に同意を示す。


「そういえば元婚約者のリンデマン元伯爵令息は脳筋だったが、騎士団員との仲は良かったな。

状況判断能力とコミュニケーション能力はあったな、脳筋ではあったが」


マダリン様は短い会話の中で、二回も「脳筋」という言葉をおっしゃった。


「元婚約者のアルド様も、愚か者ではありましたが、王子という身分から数多くの方と触れ合う機会が多かった。

アルド様も最低限のコミュニケーション能力はありましたね、愚か者でしたが」


カロリーナ様は短い会話の中で、二回も「愚か者」という言葉をおっしゃった。


お二人とも元婚約者にかなりストレスがたまっているようです。


「彼らの計画が失敗に終わったのは、元側妃様に人を見る目がなかったから……ということか」


マダリン様が感慨(かんがい)深げにおっしゃった。

 

「でも彼らの計画が失敗に終わったお陰で、わたくしたちが白い目で見られることがなくなりましたわ。

これからは第三者に、

『婚約者は魅了の魔法にかかっていただけなのだから許せ』とか、

『その程度のことで婚約破棄するなんて酷い』とか、

『人間としての情はないのか』

と言われることもなくなるのですね」


カロリーナ様は安堵の表情を浮かべた。


「全くだ、他人事だと思って好き勝手言う奴らに辟易していたからな」


マダリン様が深く息を吐いた。


カロリーナ様もマダリン様も、世間の噂や好き勝手なことを言う第三者に、相当ストレスを感じていたようです。


「ところで、エミリー様はこれからどうなさるおつもり?」


カロリーナ様がおっしゃった。


「どうと、言われましても……」


私は進路を決めかねている。


学園の二学年に進級しましたが、周りから同情の視線を向けられています。


騒動に巻き込まれた私に、蔑みの視線を向ける人もいて、学園に通うのは正直辛い。


かと言って、私にはカロリーナ様やマダリン様のように隣国に留学する才能や度胸もない。


「よかったら、わたしたちと一緒に隣国に留学しよう」


マダリン様が誘ってくださった。


「お気持ちは嬉しいのですが、私にはお二人のような教養も才能もなく……」


「そのことなんだが、以前エミリー様からもらった刺繍入りのハンカチを、留学先の先生に見せたら偉く気に入ってな。

先生はすばらしく美しい刺繍だから、ぜひこれを作った人に会いたいとおっしゃっていた」


「えっ?」


マダリン様のおっしゃった言葉に、私は驚きを隠せない。


「エミリー様にはちゃんと才能がありますわ。

このクッキーとケーキはエミリー様の手作りでしょう?」


「はい」


公爵家(うち)のパティシエが作ったお菓子より美味しいのをご存知かしら?」


「ええっ??」


カロリーナ様の言葉に、私は目が点になる。


カロリーナ様は先程から、クッキーやケーキを召し上がっておられましたが、まさか公爵家のパティシエが作るお菓子より美味しかったからなんて、思ってもみませんでした。


「エミリー様、あなたにはご自身で思っているより才能がある。

私は剣術や乗馬は得意だが、裁縫や刺繍はからっきしだ。

手先の器用なエミリー様を羨ましく思っていた」


いつも凛としていてかっこいいマダリン様が、私を羨ましく思っていたなんて……!?


「私もお料理は全くだめなんです。

この前もクッキーをまっ黒焦げにしてしまって……。

エミリー様にお菓子の作り方を教えていただきたいわ」


恥ずかしそうに頬を染めながら、カロリーナ様がおっしゃった。


語学もダンスもマナーも完璧で淑女の鑑と称されるカロリーナ様が、私からお菓子作りを教わりたいだなんて……私は夢でも見ているのでしょうか?


「エミリー様、隣国の学園には洋裁をメインにした学科やパティシエを養成するための学科もある。

あなたの才能を埋もれさせるのはもったいない。

もう一度留学の件を考えてみてはくれないか?」


「言葉が不安でしたら、わたくしとマダリン様が隣国の言葉を教えますわ」


マダリン様とカロリーナ様がおっしゃった。


「考えてみます……いえ、前向きに検討させて下さい!」


私もカロリーナ様やマダリン様のように、凛と胸を張って生きていきたい。


自分に自信を持てるようになりたい。


自分の特技を活かしてみたい。





二カ月後。


私は子爵家の跡継ぎの座を六歳の妹に譲り、隣国に留学した。


隣国での生活は、目新しいものがいっぱいで刺激的だった。


留学は楽しいことばかりではなく、辛いことや挫折することもあった。


でもだからこそ、一緒に留学したカロリーナ様とマダリン様との友情が深まった。


隣国での二年間の学園生活は、私の人生にとってかけがえのないものになった。


カロリーナ様は留学先で知り合った、隣国の第二王子のウィラード殿下と婚約し帰国した。


「第二王子にもまともな人がいるのね」


カロリーナ様は第二王子と腕を組みながら、ニコニコ笑顔でおっしゃっていた。


マダリン様は、隣国の元公爵家の三男でA級冒険者のイエル様を捕まえた。


マダリン様は、

「手加減なしで剣の手合わせが出来る相手を見つけた。

イエル殿は脳筋ではないので知的な会話も出来る」

と言って満足そうな笑みを浮かべていた。


私は……。


「エミリー、君の刺繍は相変わらず素晴らしいね。

こっちのパッチワークの図案も最高だ」


「ありがとう、ラインハルト」


学園の洋裁学科で知り合った、子爵家出身のラインハルトと意気投合。


卒業後、一緒に刺繍とパッチワークのお店を出すことになっている。


「ところでエミリー、プロポーズの返事はいつくれるの?」


「それは……」


ラインハルトは、長身で黒髪に青い目の美青年。


優しくて誠実で手先が器用でとてもいい人だ。


コミュニケーション能力もあって、友達も多い。


まめにお花やアクセサリーをプレゼントしてくれたし、見たかった観劇のチケットを劇場の前に二時間並んで取ってくれた。


「もう一年待ってくれる?

結婚相手は働いて世の中を知ってから決めたいの」


学生時代に良いと思った人でも、社会に出たらどうなるか分からないもの。


自分も変わるし、相手の価値観も変わる。


リック様みたいなクズはそうそういないとは思うけど、つい恋愛には慎重になってしまう。


結婚は残りの人生に関わる大事な選択だ。


簡単に返事はできない。


「エミリーが社会に出てみんなが君の良さを知る前に、君を俺のものにしたかったんだけど。仕方ないね、返事は一年待つよ」


「ありがとう」


「その代わり一年後、エミリーに『はい』って言ってもらえるように、今まで以上に猛烈にアプローチするから、覚悟して」


ラインハルトはそう言ってウィンクした。


ラインハルトはその宣言の通り、次の日から猛アプローチしてきた。


私はそんな彼にほだされて、一年後、彼からのプロポーズを受けた。





結婚して二十年経つ。


私とラインハルトの出したお店は軌道に乗り、今では王室御用達だ。


子供たちが学園に通う年になっても、ラインハルトは私を大切にしてくれる。


溺愛されていると言っても過言ではない。


私とラインハルトがイチャイチャしているのを見た子供たちに、からかわれるのが日常だ。 


あのとき勇気を出して留学してよかった。


ラインハルトのような素敵な人に出会い、素晴らしい家族を持つことができたのだから。


カロリーナ様とマダリン様には感謝してもしきれない。


今でもあのお二人とは、手紙のやり取りをしている。


ミア・ナウマン元男爵令嬢の魅了魔法騒動から始まった私の物語は、これでおしまい。


可愛い孫に囲まれ、おじいさんとおばあさんになるまで、ラインハルトと仲睦まじく暮らすのが、今の私の夢。





――終わり――






読んで下さりありがとうございます。

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執筆の励みになります。


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2022年3月30日、この作品の続編(スピンオフ作品)を投稿しました!

【短編】「愚か者でも可愛い弟だった」

https://ncode.syosetu.com/n1424ho/

やらかした婚約者リック・ザロモンの兄、フォンジー・ザロモン(常識人)視点のお話です。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


2024年6月20日この作品の連載版の投稿を開始しました。

連載版「夫婦にはなれないけど、家族にはなれると思っていた」 https://ncode.syosetu.com/n5425je/ #narou #narouN5425JE

短編版の内容を大幅に加筆修正し、後日談を追加じした。

こちらもよろしくお願いします。


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