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 特別行政諸島区〈バンベリー〉の航空管制官バウザー・アルフレッドは、この日最後の民間機に対する管制指示が通常より2時間超過して終えた疲労と解放感から、大きな伸びを一つして愛用する椅子に凭れ掛かった。


「やれやれ、昼間の無許可離陸といい、IFF(敵味方識別装置)がイかれた護衛機だったり何なんだよ。今日はとんだ厄日だ」


 勤務超過の主な原因である旅客飛空艇と、それに随伴していた〈Gears head(ギアーズヘッド)〉2機、戦闘機1機が「民間の」格納庫のシャッターに消えていく光景を尻目に立ち上がり、──振り向いたその先で、音もなく立つ初老の上官とその護衛の姿にアルフレッドは絶句する。


「ガーレス閣下!」


「ご苦労だったな、アルフレッド航空管制官。早速だが本日の騒動について、貴官が知り得た情報を報告しろ。今は兎に角情報が欲しい」


 バンベリー島防衛に於ける事実上のトップが直々に出張って来たことに、アルフレッドは改めて事態の異様さを理解すると、直立不動の姿勢で報告を始める。



 ──ことの前触れは、午前10時頃に着陸した旅客飛空艇の乗客が発作を起こしたという連絡だった。その時点では珍しくも通常業務の範疇でのトラブルであったため、優先して着陸の順番を割り当てた後は特筆する点もなく、頭の隅に追いやられていた。


 しかし正午を過ぎて幾ばくか経った14時34分。突如として民間用の第四滑走路で離陸準備を開始した蒼い戦闘機の存在を確認。直ちに通信を試みるも搭乗パイロットは『友人を助けに行く』の一点張りで、殆ど制止する間もなく無許可での出撃が行われた。幸い離陸時の時間帯では飛行場への発着便は存在せず運航に関するダイヤへの影響は軽微だったが、空軍機による追跡を振り切った戦闘機との通信はそれ以降途絶えた。


 さらにはその直前に発覚した、音信不通に陥った旅客飛空艇の捜索隊編成のためにバンベリー諸島防衛空軍への情報共有等に忙殺される中、無許可での離陸から5時間経過した日没間近に事態が再び動いた。件の旅客飛空艇と無許可発進機を防空レーダーが再捕捉し、しかしIFF未識別の飛行ユニット装備GH2機が飛行艇を前後に挟むように随伴していたことで再び大騒ぎとなった。



「……ふむ。で、ギアーズヘッド2機と機種不明の戦闘機は所属を〈イシヅカ重工〉だと明かしたのだな?」


「は。念のため重工側にも問い合わせましたが、3機ともイシヅカ重工と契約した傭兵であるとの回答が有りました。無許可離陸の理由についての詳細な解答は得られませんでしたが……」


「いや、構わん。イシヅカ重工はこの島で唯一の工廠アーセナルを有する企業だ。普段は民間向けの契約が主で我々との関わり合いは薄いが、いざという時は彼らに武器弾薬を繕って貰わなくてはならん。無闇に藪を突いて関係を拗らせる必要もなかろう。

 発着陸に関するマニュアルを叩きつける程度で今回は大目に見てやれ」


「は。そのように」


 航空管制官の自分が何故……、と疑問を挟む間も無く用件を告げ終えた准将は踵を返す。が、ふと管制室の扉の前で立ち止まり、振り返ることなく口を開いた。


「……これは独り言なのだがね。本土でも似たような騒ぎが起きている。

 無許可着陸、空港内での暴動未遂。まだ確定情報では無いが、暴走したGHが空港内で火器を発砲して、別のGHが制止する騒動も起きたらしい」


「……テロであると?」


「いや、発砲したGHと同じ紋章(エンブレム)を付けた機体が止め、それ以上の動きが無かったことから、本島は単なる暴発事故としてこの件を処理している。

 ……ここでも起きる可能性はある。暫くは気を引き締めておけ」


「ハッ」


 准将はそう不吉な忠告を言い残して扉の向こうへと消えた。アルフレッドは〈イシヅカ重工〉の明かりが漏れる格納庫を一瞥し、冷え切った缶コーヒーを一気に飲み干す。そして交代の夜番を迎えるまでの短い時間、陰鬱な気分と妙な胸騒ぎに顔を顰めつつ、己が職分を全うすることに専念したのだった。





 ________




 コックピットのハッチが開くと同時に、屋内特有の過剰な照明の光が操縦席に射し込む。

 その眩い光を手で遮り、数時間ぶりに立ち上がったアカシがハッチの外へ踏み出すと、見覚えのある、──よりくっきりと細やかな機材の配置が「表現」された格納庫(ガレージ)の景色と、ガレージを所有するエンジニア・クランの歓声に出迎えられた。


「シキハ君から交戦中との連絡が届いた時はどうなるかと気が気でなりませんでしたが、怪我がなくて本当に良かった。お帰りなさい、アカシ君」


「石塚先生も。ご無事でなによりです」


 共通の作業着を着こなす集団の中から一人、一歩前に進み出た年配の女性と言葉を交わす。

 〈ヘルエムメレク〉の石塚(イシヅカ)。《ギアーズヘッド》でも有数のGH搭載兵器の基礎開発研究者であり、そして〈イシヅカ重工〉の狂気的なエンジニア集団を纏め上げるトップとして名高いベテランプレイヤー。名前の頭に付けられたヘルエムメレクは、彼女が開発したGHの中でも特に印象に残る機体から取られた異名だ。


「こんなタイミングにも関わらずGHの駐機を許可して頂き、ありがとうございます。空港からの苦情も誤魔化してもらったみたいで」


「こんな時だからこそ助け合いよ。アカシ君もカンナちゃんもウチのお得意様だもの。それに、管制室のことはウチのテストパイロットが勝手に離陸したのが原因だから、気にしなくて良いわ」


「……ああ、道理で」


 石塚女史の視線の先を追えば、〈コン・コルグ〉のコックピットから身軽に飛び降りたシキハと目が合い、さっと逸らされた。成程、飛空艇の機長から説明を受けた筈の管制官の声に険が残っていた訳だ。空飛ぶ問題児の名は伊達じゃないと一人得心する。


「それで、そちらの子はどうしたの? プレイヤー……ではないみたいね。迷子?」


 カンナの陰に隠れるボロ布を纏ったセツナの姿に、訝しげに首を傾げる石塚女史。彼女の疑問はもっともでセツナの扱いについても話さなくてはならないが、他にも話題として挙げるべきことは多岐に渡っているのが現状だ。


「彼女はセツナ。バッセルトン群島で拾った子で両親の有無は不明です。それを含めて相談があります。……二百人くらいが仮宿泊可能なスペースを確保できますか? 多分、必要になると思います」


「……それは、あの自称女神様の件と関係して?」


「はい。まあ自分はその女神とやらと会っていませんが」


 道中で確認したが、シキハも神と名乗る存在とは会っていないものの、〈イシヅカ重工〉のスタッフの面々のほぼ全員が女神の語り掛けを耳にしたらしい。件の存在が、誰に対して呼びかけ、もしくは語り掛けなかったのか調べたいところだが、おそらくそれを類推する優先順位はまだ低い。


「立ち話も何だし場所を移しましょうか。──宋濂くん、手隙の子たちを集めて第五格納庫を片付けておいて。それと買い出し組に品目の追加を連絡。話が拗れそうになったらすぐに引いて構わないから、トラブルに巻き込まれないことを最優先にって」


「うっす。任せてください」


 ツナギ姿の青年や他のクランメンバーの姿が裏口に消えるまで見届けると、石塚女史はアカシの肩に手を置き、女傑とも称される不敵な笑みを浮かべた。


「さ、行きましょうか。実はこの島で活動してるクランのリーダーに集まって貰えたの。本社の会議室で待機してもらってるから、──これからの話をしましょう」




 ________



 石塚女史が運転する自動車で格納庫を出て移動すること5分。アカシはバンベリー空港の外縁に沿って併設された〈イシヅカ重工〉の本社ビルに足を踏み入れていた。

 カンナは未だまともな衣装すら与えられていないセツナを1人にするわけにいかなかったのと、この異世界(・・・)に於ける数少ない戦闘の経験者として〈イシヅカ〉のエンジニア連中が聴取を熱望した為、彼女が格納庫に残ることになったのだ。


「外観も内装も……ほとんど変わってませんね」


「ええ。やたら数が多く細部までデザインされた会議室や企画室、個人研究室も、……今となってはこの時(・・・)のため(・・・)だったと、邪推してしまいたくなりますね。

 他にも給湯室や自販機の中身(・・)もしっかり揃えられているようです。私はまだ試していませんが、我々の端末にたんまり蓄えたクレジットから支払いも可能だそうで」


 〈イシヅカ重工〉は数ある開発生産系クランの中でも特にフレーム開発・基礎設計の分野で優れた技術を有する開発者集団である。

 彼らがゲーム稼働初期に組み上げた基礎フレームは、それまで陸戦兵器の延長でしかなかった第一世代GHに飛行能力の付与を実現化し、第二世代型GHの躍進に繋がる立役者として広く知れ渡らしめるものとなった。

 続く第三世代、そして最新の第四世代型GH開発競争でも大規模クランと肩を並べる技術力を買い、〈イシヅカ重工〉に機体を発注する戦闘系クランは少なくない。〈ヤタガラス〉や〈フローラ〉も、〈イシヅカ重工〉の技術の粋を結集し第四世代機としてロールアウトされた試作機である。


 兎も角、この異常事態で〈イシヅカ重工〉の知名度や影響力を用いてトップ自ら話し合いを呼び掛ければ、最初期の混乱の収集をつけたクランならそれに応じるのだろう。──大学の講堂程度の広さを有する会議室には大勢のプレイヤーが詰め掛けていた。


 幾つものクランを構成するメンバーで以って形成された集団であろう室内の面子だが、文字通り攻撃的な性質を有する戦闘系クランのイメージとは裏腹に、全員が大人しく席につき、周囲のプレイヤー同士の会話も意外なほどに消極的だ。そんな集団の外から入ってきた自身と石塚女史の姿は良く目立つのだろう。集団の視線が一斉に自身に向き直り、その異様な雰囲気にアカシは面食らう。


「おう、ソイツが石塚さんの招集に応じた最後の面子ってワケか。……どっかで見た顔だな」


 無精髭に白い歯が映える日焼けした肌と、野性味に溢れる風貌の男が気難しげに眉を寄せて口を開く。名前は覚えていないが見知った顔だ。バンベリー島をホームとし、他所との大規模戦にも積極的に参加する中型クランのリーダーだったと記憶している。

 その声音には幾分かの疑念が混じっていたが、石塚女史は意に介することなくアカシに対し近場の席に座るよう促す。


「ウチと懇意にして頂いてるソロ(・・)のアカシさんです。彼は既に廃機との戦闘を経験していますので、その意見は有益だと判断して招きました。異存はありますか?」


 既に戦闘を行ったと耳にした彼らから、絶句とも驚嘆とも取れるような吐息が会議室に漏れる。

 ゲームだった筈の世界が現実(リアル)となる異常事態に、またそれを実証するが如く五感を刺激するリアルな感覚には、この場に集うクランマスターも含め誰もが混乱に陥った。特に戦闘は文字通り『生死』と直結する『分野(コンテンツ)』だ。ゲームとリアルの(アップデート)差異によって生まれるリスクを減らす為には情報が必要だが、その情報を得る為に戦闘でリスクを負わなくてはならないジレンマを伴う。

 アカシのように不可抗力でもない限りそのような大胆な行動を起こせた者は、──少なくともこの場にはいなかったようだ。


 そんな事情もあってか反対する声は上がらなかった。始めに口を開いた男も軽く目を瞠って此方を見るが、石塚女史の発言が続いたことでその視線もすぐに外れた。


「……では、離席前の繰り返しになりますが〈タイタンズ・アローン〉と〈風鉄華〉さんのご要望は武器弾薬の購入と装備の発注、で間違いありませんか?」


「要望……というよりは確認だな。あの女神様がしでかした仕様変更(アップデート)のせいかわからんが、補給を済ませたと思ったら、クラン倉庫にいつの間にか(・・・・・・)積まれていた(・・・・・・)弾薬箱からきっちり消費されてやがる。修理でも同様に資材が消えるときた。──つまり〈イシヅカ〉さんは武器弾薬やら資材が足りなくなったら売ってくれるかどうか知りたいってわけだ」


「申し訳ありませんが、はっきりとは確約できません。工廠の設備に関してはまだ把握しきれていない要素が残っていますし、そもそも消耗品の補充を在庫で賄おうにも、さして遠くない内に枯渇するでしょう。これまで通りGH用兵器と同等の購買体制を我々が維持するためには、それを製造する資源の安定供給が無ければ不可能かと思われます。

 そのためには、傭兵であるあなた方が輸送艇の護衛や空域に居座る廃機(ロストマシン)の排除といった依頼(ミッション)を継続的に行わなければ難しいでしょう。……それを今、無遠慮に求められるほどに私は考えなしではありません」


 戦闘系クランの事情と取り付く島もないといった態度の石塚女史の発言を、手頃な席に着きつつ耳にしたアカシは成る程と得心する。

 苦労して帰り着いた〈イシヅカ〉の格納庫(ガレージ)では深く考えずにエンジニアチームに機体を任せてしまったが、戦闘だけではなく整備・修理関連の仕様にも手が加えられているらしい。これは当たり前のように思えて、かなり深刻な変更点だ。


 プレイヤーがGHの修理や補給を行う場合、街や補給基地等の安全地帯であれば、端末の操作で所持金を消費することにより一瞬で完了する。消耗品の弾薬も一度使用条件を満たせ(アンロックすれ)ば次の戦闘前には自動で補充され、一々買い直す必要は無かった。


 しかしその後もクランマスター達から次々と挙がる情報として、端末による瞬間修理・一括補給機能の喪失の他、弾薬の有限化等と俄かに兵站SLGシミュレーションゲームじみた要素の追加が報告され、この手のジャンルを得手としないアカシは顔を顰めた。それでもゲーム時代に稼いでいた所持金が世界共通通貨として利用可能であり、既存のレートから大きな変動は無いと、実際に試したプレイヤーの情報に少しだけ気分は軽くなる。

 この世界で一生を遊び呆けて暮らすには不十分だが、この難事をじっとやり過ごせる程度の額はアカシも稼いでいる。他のプレイヤーも、多かれ少なかれこの混乱が収まるまでやり過ごす分には問題ないだろう。会議室のクランマスター達もそれを理解してか、各々の浮かべる表情も幾許かの余裕を残していた。


「我々が右も左も分からず数日で野垂れ死ぬような事態ではないのでしょうね。ですが、あくまでそれは『我々』に限った場合です」


 アカシもクランマスター達の戦闘に関わる質問に答える形で会議に参加し、今判明している事の大体の情報が出尽くした頃、石塚女史がふと漏らした呟きに、会議室はしんと静まり返った。それは意識して触れぬよう努めていた者に残酷な現実を突きつけ、発言の意味を図りかねた者には続きを促すための沈黙を齎す。


「あの女神(レディーニアン)を名乗る存在の言葉を額面通りに捉えるのなら、ここに喚ばれたのは『我々』だけではないと考えるべきです」


 集ったクランマスター達は、己がクランの収拾を着けたからこそ此処に座っている。しかし、纏められた人数は辺境のバンベリー島を拠点とするプレイヤーの総数から見れば、決して多くはない。そしてこの事件の『被害者』は、──その数倍にも上るのだ。


 身内のために奔走し、その外側で立ち尽くす彼らに気付きながらも見て見ぬふりせざるを得なかった一部が呻く様を見て、石塚女史は毅然と、しかしどこか痛切な面持ちでその先の言葉を紡ぐ。


「我々以外の彼らは……、この世界に喚ばれた人の過半数が〈ギアーズヘッド〉のプレイヤーではありません」

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