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 バッセルトン群島空域を離脱してからおよそ30分。アカシとカンナの二人は、この世界がゲームと非常に酷似した、しかし全く異なる世界であることを痛感させられていた。……主に縮尺という形で。

 以前までの、ゲームだった頃は〈バッセルトン群島〉から最も近い浮遊島に造られた街〈バンベリー〉まで3分も掛からなかった。プレイヤーが集まる主要都市から狩り場まで数時間も掛かっていては、ゲームとして遊ぶことすらままならないからだ。そして残念なことにその理屈は、こちらの世界では適用されていなかった。


 現実世界のジャンボジェット機を超える速度で通常・・巡航可能なGHギアーズヘッドの機動力にも関わらず、およそ人の手が加えられている浮遊島──整備や補給が出来る仮拠点すら影も形も見当たらないのだ。

 航路を間違えた訳ではない。全体マップの情報が初期化されていても長く拠点とした都市付近の空域だ。完璧にとはいかなくとも、何度も行き来した道中にある特徴的な浮遊岩の形状と大まかな配置くらいは記憶していた。故に半ば空域から追い出されるように廃機の襲撃から逃げたアカシ達は、普段利用している航路を使えなくとも迷うことはないだろうとタカを括り、そして見事に裏目った。


『──あの金平糖みたいな岩、見覚えあるかも。これで中間、かなぁ……』


「2分も掛からなかった距離で30分か。下手すると〈パース〉に着く頃には日が暮れるかもな」


 手元の3次元レーダーに着々と刻まれる細長い空域図を眺めながら、アカシは己の記憶力と格闘する。ゲームとしての〈ギアーズヘッド〉と現実リアルのこの世界とで、「仕様」の異なる点が生じ得る可能性は漠然と意識していたが、まさかこれ程露骨な弊害が出るとは考慮していなかった。

 とはいえ、二人の愛機〈ヤタガラス〉と〈フローラ〉の二機は第四世代GHに共通するヴァージナム共振器と呼ばれる半永久機関を搭載している為、燃料切れで墜落する心配は無い。日が暮れて目視不可になるまでは余裕を保って探索に時間を費やせる。……パイロットのコンディションを考慮しなければ、だが。


『ねえアカシ。これでさっきのとこ以外に島も大陸も無くて、他に人がいなかったらどうする?』


 〈ギアーズヘッド〉では、拠点内で楽しめる嗜好品こそ申し訳程度に実装されていた。しかしコックピット内で飲食してもメリットは無く、滅多に利用しない為にアカシもほとんど存在を忘れかけていたようなコンテンツなのだ。非常食を機体に完備しているのは、RP勢のごく一部のプレイヤーだけだろう。


「そうなればこの狭いコックピットの中で飢え死にだな。後はミイラを乗せた棺桶(GH)が二機、延々と空を巡るだけだ」


『それはイヤ!! あ。ご、ごめんね……』


 通信越しに小さな悲鳴が上がり、カンナが目線を下げて慌てて謝る様子が見える。

 不時着した浮遊島で出会い、拾った少女セツナを、不意の大声で驚かせてしまったのだろう。通信が途切れたタイミングで眉間を軽くほぐし、僅かに得られた一人の時間でこれからのことについて思索する。


 まず現状の目的地は浮遊大陸の最西端に位置する都市〈パース〉である。出来れば知人もいる最寄りの浮遊島〈バンベリー〉に向かいたいのだが、全体マップが初期化され縮尺もゲームとは比較にならない程延伸されたこの環境下で、GHの望遠カメラとレーダー探知だけを頼りとして蒼穹に浮かぶ小さな島を探し彷徨うのは現実的ではない。

 それなら多少時間を掛けてでも確実に大陸を目指した方が良い、という判断で二人は意見の一致を得た。最悪でも既に通過した空域の座標はデータとして記録される。最初の島に戻って探索をやり直すことも、……後一度くらいなら可能だろう。


 問題はどのタイミングで戻るか。何の手掛かりも無い現状で判断を下す難しさに、アカシは二人に聞こえぬよう小さく溜息を吐いた。




 ________





「カンナ、レーダーに反応有り。廃機が2体と……、民間の飛空艇だ。恐らく連中に追われている。──先行させてもらう」


 更に一時間後。昇り切った陽が降り始め、互いの口数も少なくなってきた頃にレーダーが複数の反応を拾い上げた。数百m《メートル》前方に位置していたお陰で若干早く入手したそのデータを素早くカンナ機と共有リンクし、〈ヤタガラス〉を加速させる。

 と、モニターに映るカンナが茶目っ気混じりの拗ねたような苦笑を浮かべ、小首を傾げて見せた。


『また私が後衛ね』


「悪いとは思ってる。この騒ぎが落ち着いたら幾らでもバックアップに回るさ。……その子の安全を最優先に頼む」


『勿論』


 カンナとの通信を一度切り、レーダー上の黄色の光点、──中立・未確認不明機を意味する目標(ターゲット)をタップして通信を繋ぐ。


「こちら、飛空艇の3時の方角に位置するGHだ。聞こえていたら応答してくれ」


『──だ、誰だ!? 傭兵か、賞金稼ぎか?誰でも良いから助けてくれ!! 化物に襲われてるんだ!』


『sound only』、と表示されたモニターから届く悲痛な叫びは、恐らく飛空艇の操縦士のものだろう。恐怖で声は震えてこそいるが、恐慌は来していない。少なくとも意思疎通が可能なのは色々な意味でありがたい話だ。これで外国語よろしく別言語で話されでもすればお手上げだった。


(それと、〈ギアーズヘッド〉の世界観に準拠した常識も持ち合わせているな。……異世界かぁ)


 傭兵、賞金稼ぎ共に〈ギアーズヘッド〉の要素の一つだ。その知識があるということは、未だに半信半疑だがこの世界の知識として知悉している住人ということになる。〈ギアーズヘッド〉()プレイヤーならこんな確認方法はとらずにもっと直接的な問い掛けを投げるだろうし、……どちらでもない(・・・・・・・)存在(・・)なら、それ以前にこの意味不明な状況について知りたがる筈。


 何にせよ、諸々の事情を確かめるならこの戦闘を切り抜けるのが先だ。レーダー上に算出された彼我の速度差を見比べ、かなり厳しい距離での会敵に眉を顰める。


「こちらからも《廃機(ロストマシン)》二機を確認している。だが、このままだと互いの交戦距離に到る前にそちらが追い付かれる。もう少し速度を上げられないのか?」


『とっくに限界だ! これ以上上げたら船が保たない、バラバラになっちまう!』


 目的自体は単純で、敵廃機を追い払って飛空艇を救援すればそれで良い。しかしこのままではどれ程急いだとしても、合流前に廃機の攻撃圏内に飛空艇が追いつかれる。そうなれば迎撃用の兵装を持たない飛空艇では、為す術なく撃沈されるだろう。


 搭載した武装で狙撃……も自機と廃機を隔てる形で漂う雲海に射線を遮られ難しい。この様なケースで狙撃にチャレンジする場合、三次元レーダー上の移動情報のみで敵機の予測進路を算出し、実弾の弾道を計算してノールックで狙撃するしかないが、生憎これ程離れた移動標的を対象とした長距離狙撃は経験が無い。重力の影響を受けない〈フローラ〉の陽電子砲(バスターキャノン)も似たようなもので、長距離砲撃となれば雲や大気による減衰の影響は大きく、例え命中しても有効な損害を与えるまで長時間照射し続ける必要がある。


 兎に角、追い付かれる前に廃機のタゲをこちらへ逸らすか、足止めして飛空艇から引き離す必要がある。各種計器を睨み、曖昧な時間制限(タイムリミット)に焦りを募らせていると、若干距離が離れ始めていたカンナから通信が入る。


『アカシ、あの浮遊岩の岩礁帯を利用しましょう。あそこなら射線を遮れるし廃機の足も止まると思う』


「……あれのサイズじゃ、ぶつからないか?」


 カンナが示した空に浮かぶ岩礁帯の存在は〈ヤタガラス〉のレーダーでも確認していた。位置もどうにか廃機の射程に入る前に飛空艇が逃げ込める距離だ。しかし、空域に漂う岩塊の間隙はセスナ機と同等のサイズを有する飛空艇からするとかなり狭い。低速ならまだやれそうな気がしないでもないが、最高速の飛空艇でスキマニアの神業を要求するのは流石に無茶が過ぎる。


『飛空艇には岩礁帯の下を飛んでもらうわ。廃機は私が足止めするから、フォローお願い。戦ってる間に見失ったら意味ないからね』


「まぁ了解。無茶はするなよ」


 我ながら心配症だ。普段なら己と同等の操縦技術を持つ彼女の窮地なんて考えもしないのだが。どうにも異世界転移したタイミングで意識が無かったこともあってか、「別世界の現実」に来たのだという実感が湧いて来ない。GHでの戦闘ではかなり肉体に負荷が掛かり、若干の痛みも伴うから意識が朦朧としている訳ではないが……。


 俺の葛藤を余所に、カンナから収束砲バスターキャノンの射線を含む戦術データが届いた。3Dマップに投影された射線上から機を離しつつ、ガウスキャノンの砲身を上げ安全装置を解除する。


『──操縦士さん。前方に岩礁帯が見えますね? その下方を、これから送るデータ通りの経路で通過して下さい。やれますか?』


『わ、わかった。しかし本当に大丈夫なのか? あの化け物を、倒せるのか?』


 空に浮かぶ岩礁帯を目前にして、飛空艇の高度を下げ始めながらも不安げな表情を隠せずにいる機長に対し、カンナは不敵に微笑みトリガーを引いた。


『ご安心を。当たらないように撃ちますから』



 ──収束砲の銃口から膨大な熱量を秘めた閃光が迸り、空を、雲海を切り裂いた。



 視界を遮る雲を灼き、邪魔なデブリ(小さな浮遊岩)を溶解せしめ、只管(ひたすら)一直線に駆ける光条が飛空艇の真上を掠め、



 ──岩礁帯の外縁部に直撃した。



 ビームが固い岩盤を貫き、浮遊岩の核に達したその瞬間、巨大な岩塊の下半分が轟音と衝撃波を伴って吹き飛んだ。それによって剥離した岩片が広範囲にばら撒かれ、青一色の空を汚す。


『うおおぉっ!!?』


 突然の衝撃に機長が驚声を上げる。後方で起きた爆発の余波で飛空艇は大きくバランスを崩すが、どうにか持ち直していた。既に通過した後のこともあって飛散した破片による被害も少ない。しかし、その背後を追い縋っていた廃機は、最も凄惨な雨の中へ自ら飛び込む羽目になった。


 飛空艇と同じ進路を採った廃機の直上より、剥離した岩塊と大量の土砂が降り注ぐ。

 破片は爆発によって速度を増して散弾さながらの制圧範囲で廃機の装甲を穿つ。そして一際巨大な岩塊が動けない廃機の頭部を潰し、岩の雪崩に巻き込んで雲海の中へ消えていった。


 カンナは浮遊岩の核を構成するヴァージナム鉱石を陽電子砲で臨界させ、起爆。移動目標への長時間の照射が現実的でない為に、移動しない目標を狙撃したのだ。

 地形破壊による間接的な攻撃。島一つを崩壊させるほどの大規模な破壊行為はゲームでは不可能だった。あの雪崩に巻き込まれてしまえば、幾らGHといえどひとたまりも無い。廃機一機を戦闘不能に至らしめる規模と威力、そしてカンナの機転に思わず舌を巻く。この「仕様」の変化は、作戦・戦術という面に於いても看過する訳にはいかないらしい。


『アカシ! 一体取り逃がしてる!』


「大丈夫だ。こっちで対処する」


 レーダーを見れば、浮遊島を利用した足止めの間にようやくガウスキャノンの射程に届いた。目視が可能な距離まで接近した時点で廃機も飛空艇の追撃を諦め、〈ヤタガラス〉へと敵意を向ける。


 赤黒い燐光を撒き散らし、複雑な回避機動で距離を詰める廃機の姿は──双腕無し。このタイプは蹴りが主体の格闘型だが、モノアイの下部に小型レーザー砲が搭載されている。とはいえ威力は低く、あくまで牽制でしかない為、注意すべきは脚部による白兵戦のみ。……なのだが、


 散発的に飛来する光弾を可動式の大型防盾で防ぎ、磁力砲を接近する廃機に向け、一射。進行ルートを潰す射線で放たれた光弾はしかし、敵機の回避により空を切る。当たり前と言えば当たり前の結果を無言で受け入れ、狙撃専用の照準スコープを上のスペースに押し除ける。


 火力が高くとも連射力に難があるガウスキャノンでは、大型支援火器の様には弾幕を張れず有効打を与え難い。補給の目処も立てられない以上は無駄弾を撃つ余裕も無し。オマケにカンナの支援砲撃は過熱した収束砲の冷却が終わるまで見込めないとなれば、射撃戦でケリを着けるには時間が掛かり過ぎ、先程のように雲の下から廃機の増援が現れないとも限らない。


(ちっ、バルカンがイカレてなきゃ……。結局はこれかっ!!)


 安全圏からローリスクで撃墜しようなどという甘い躊躇いを投げ捨て、ここまで一定の出力でキープしていたスロットルを跳ね上げ操縦桿を強く押し込む。


 途端に天地が逆しまと化し、〈ヤタガラス〉は強烈なGの負荷を伴い、自由落下の何倍もの速度で降下を開始。

 凄まじい速度で彼我の距離が縮まる中、磁力砲を肩部に収め、入れ替わりに実体剣を抜剣。殆ど間髪入れずに目前へと迫った廃機の脚部ブレードを、その切っ先ごと大剣で横殴りに弾き飛ばす。



 ──交錯の一瞬。間近に迫った廃機の肩部に、白鳥の徽章が垣間見えた気がした。



 一瞬の静寂が場を支配し、爆炎に呑み込まれる。


(っ!? 殴り合いで拮抗された……!)


 機の後方へと抜けた廃機を顧みながら、自機の足を止めて旋回させる。

 此方は無傷。一方の敵機は左脚部ブレードが半ばからへし折れ、負荷の掛かった随所からスパークが弾ける等、それなりの損傷を与えた。しかし、逆に言うならその程度の損害で機重を乗せた一撃を凌がれたとも言える。


 これまで木っ端CPUとして狩り続けていた相手に、致命の一撃を受け流されたのだ。


(……この世界が現実だろうとゲームだろうと大して変わらない、とはいかなくなったな)


 モニターに映るバーニアの噴射光は既にかなり小さく、遠くに見える。レーダー上でも狙撃可能な射程限界を越え、やがて雲海が赤い光点を呑み込み消失。振り返る気配すら感じさせない大胆な撤退に、トリガーに掛けた指を離すことなく見送る。


『アカシ、大丈夫?』


「ああ、問題ない。いや、問題なら他に幾らでも有るけどな……。取り敢えずもう追い回されることはないだろうよ」


『そっか。飛空艇は岩礁帯の陰で待機して貰ってる。乗ってる人はみんな、……怪我は無いみたいだよ』


「ん、そりゃあ良かった。少し休んでから合流しよう。流石に疲れた」


『……ごめん。全部任せちゃって』


 追いついたカンナが機体を寄せ、〈フローラ〉と〈ヤタガラス〉は背中合わせに滞空する。彼女の普段通りの落ち着いた声を聞き、荒ぶっていた心臓の鼓動が落ち着きを取り戻していく。


「気にするなよ。今は全員で怪我なく安全地帯まで避難するのが最優先だ。この程度なら幾らでも任せろ。……まあ、安全圏が有るかどうかもわからんが──


 言い終わらぬ内にレーダー上に光点が点る。弛緩した空気は消え失せ、二機は即座に磁力砲と陽電子砲を同じ方角に向ける。

 光点の色は黄色で所属不明判定。しかしその飛行速度はマッハを優に超え、そんな飛翔体がまさか民間の旅客機のはずがないと身構えるも、モニターに映る拡大された機影には幾らか見覚えがあった。


 〈コン・コルグ〉。それがあの戦闘機・・・の名前なのだと、知り合って間もなかったフレンドは自慢げに語っていた。


『めっっっっっちゃ探したよ──!! アカシ! カンナ! 無事で良かった!!』


『えっ、──シキハさん!!』


「迎えのほうが先だったみたいだな」


 バーニア全開で飛翔する蒼のGH。そのパイロットから届いたお気楽な通信に、アカシは漸く強張っていた全身の力を抜き、大きく息を吐いた。

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