彼女の過去2
後付け足すとしたら、筆箱に小5の時に自称友達に落書きされていたことがあった。
その時の先生がすっごくその子に怒っていたけど当時はなんで怒っていたのかわからなかった。
今ならわかる。もう一度会えたらあの時言いそびれた「ありがとう」と私に伸ばしたてを拒否して「ごめんなさい」と伝えたい。
あと、小3からは洗濯や朝御飯の準備などもしていたな……皿洗いもしてた。やらないと怒鳴られてた。
そして、中学。
最悪な記憶でしかない。
家庭は相変わらず。
部活に入ったけど長くはつづかなかった。
だらだらと入っていたけど参加はほぼしてなかった。
だから、たまに参加しに来たら雑業押し付けられることもほぼ確定していた。
押し付ける子達は、押し付けていることに気づいていたし満足げに見えた。
これは、私も悪い部分があるのでどっちもどっちだろう。
そして、悪夢の修学旅行。
仲良しの子とはクラスが違い、グループわけは最悪だった。
計画書は私1人でかいて提出。
当日は計画書通りに行動せず門限を守れずグループの責任として怒られた。
ナンドモナンドモ確認した。グループの子達に確認し仕上げた計画書だった。
涙が溢れて止まらなかった。
部屋には戻りたくなくって、看護室にいった。
熱が出ていた。
翌日には下がり、おまちかねのテーマパークにいった。
私の心はつかれていて楽しむどころではなかった。
それに、ペナルティで15分遅れてスタート仲良しの友達とも合流できなかった。
グループの子達は「お互い楽しもうね」と仲良しの子達と遊びに行った。
1人残されて、お土産をたくさん泣きそうになるのをこらえながら買った。
祖父母やおこづかいをくれた人を思い浮かべて、その人たちが悲しまないように、“楽しんだよ“といえるように。
お土産を買い終わった後、気分が悪くなったらくるようにいわれていた場所まで迷いながらもたどり着いた。
熱を測ったら、38'9で先に車で休むことになった。
ここから卒業まで保健室登校で過ごした。
教師らには、親には言わないでほしいと懇願した。
それが叶ったかは、わからない。




