032 始まりのダンジョン(中)
「そんな落ち込んだ顔しないでっ。ロイルならすぐにできるようになるわよっ。それより、ほらっ、これ見てっ」
ディズは床に落ちている2つの輝く石をつまみ上げる。
「ま……せき?」
「うん。これが魔石。実物を見るのは初めて?」
「う、ん」
「ダンジョンのモンスターを倒すと、魔石を落とすのよ。ロイルが倒したヤツはなくなっちゃったけどね……」
俺が倒したスライムは、蒸発したかのように消え去った。
魔石ごと跡形もなく。
「はいっ」
俺の手の上にディズが2つの魔石を乗せる。
これが魔石か……。
「スライムのだから、1個10ゴルだけどね」
小さくて脆そうな青い魔石。
10個集めて、ようやくパン1個。
それでも、初めて目にする俺には眩く輝いて見えた。
「このまま帰ってもなんだし、もうちょっと進んでみようよっ」
「う、ん」
でも、唯一の攻撃手段である【すべてを穿つ】は使えない。
このままだと、ディズに任せっきりで、俺は後をついて行くだけだ。
とても、ダンジョン攻略とは言えない。
そんな俺の考えを読み取ったのか、ディズが提案してくれる。
「あのさ、このまえ、ミゲルと模擬戦やったでしょ?」
「う、ん」
ディズに言われ、昨日のことを思い出す。
冒険者登録を済ませた俺たちに、先輩冒険者であるミゲルが「新人冒険者への洗礼」という名の模擬戦をしかけてきた。
「あのとき、ミゲルの武器や体当たりを弾いたでしょ?」
「う、ん」
全身を魔力膜で覆う【絶対不可侵隔絶空間】だ。
「あれと同じ感じで倒せばいんじゃない?」
「……あっ…………」
「どう、できそう?」
飛びかかってくるスライムを魔力で弾き飛ばす――うん、それならできるかも。
もともと【絶対不可侵隔絶空間】はヤブ蚊の侵入を防ぐ目的で作った魔法だ。
威力は低く抑えてある。
込める魔力量を増やし、出力を上げれば――。
「……やって、…………みる」
「じゃあ、そういうことで。どんどん進んで行きましょっ」
「う、ん」
「せっかくだから、この穴を通っていこっ?」
「う、ん」
ディズに手を取られ、今開けたばかりの穴に入る。
俺には少し低く、屈まなければならなかったが、二人並んでもギリギリ通れる幅だった。
「あははっ。ダンジョンの壁に空いた穴を通った人なんて聞いたことないよっ。私たちが初めてかもねっ」
どデカい穴を開けたものだと、自分のやらかしを反省する。
ディズの言葉だと、時間がたてば塞がるそうなので、それだけが救いだ。
もし、このままだと、ギルドの人に怒られそうだ。
穴を進んで10メートルほど。
すぐ隣の部屋にたどり着いた。
またもや、スライムがいる。
今度は5体だ。
「じゃあ、ここはロイルに任せるわっ。やっちゃいなよっ!」
「う、ん!」
俺が部屋の中央に躍り出ると、5体のスライムが一斉に飛びかかってくる。
『――【絶対不可侵隔絶空間】』
今までよりも出力を高めて発動させる。
ぶつかってきたものを弾き飛ばすイメージで。
スライムどもは俺の魔力膜に触れ――綺麗サッパリ消失した。
「あ、れ?」
弾き飛ばすのではなく、消えてしまった。
想定とは違ったが、それでも、問題なくスライムを倒せた。
今度はダンジョンに被害も出ていない。
「よ、しっ……」
俺は嬉しくなる。
この喜びをディズと分かち合いたくて、彼女の方を向くと――額に手を当てて「だめだこりゃ」と呆れ顔。
「まず、…………かった……?」
「ねえ、ロイル。冒険者がなんでダンジョンに潜るかわかる?」
「それ、は……………………ロマン?」
ディズの呆れ顔がワンランクアップした。
「まあ、たしかに、その気持ちはわからなくはないわ。私も自由な冒険者にあこがれて教会を飛び出してきたからね」
「う、ん」
「でもね、それは私やロイルみたいな少数派よ。ロマンだけじゃ、お腹は膨れないもの」
「そう……だ……ね」
「冒険者がダンジョンに潜るのは魔石目当てよ。魔石を売ってお金を稼ぐの」
「……う、ん」
俺が倒したスライムは魔石ごと消え去った。
本来得られるはずの50ゴルが失われたのだ。
「そんなに落ち込まないでっ。まだ、方法は残っているよっ。それを試そっ?」
「うっ……う、ん。……がんば、る」
ふわっとですが、1ゴル=1円くらいです。
次回――『始まりのダンジョン(下)』




