030 待望のダンジョン
ようやく、騒ぎもひと段落した。
原因不明で調査は続行中であるが、一部の上級パーティーが調査にあたるだけで、俺たちの下っ端は自由行動が許された。
もちろん、俺がその原因であることは伝えていない。
ここで「俺がやっちゃったんですけど、なにかマズかったですか?」と名乗りでる気はさらさらない。
誰も俺がやったとは思っていないから、黙っていればまずバレないだろう。
あっ、そういえば、サンディは知っているんだった。
走ってどっか行っちゃったけど、口止めしておいた方がよかったかも……。
「おっけー。ダンジョンに行ってもいいって」
「う、ん」
受付嬢から確認を取ったディズの言葉に胸が高鳴る。
「必要な情報も二人分買ってきたよっ。タブレット出して」
ディズは手に持ったタブレットを俺に向ける。
もともと彼女はタブレットを持っていなかったが、先日買い物した際に購入したのだ。
俺もマジック・バッグから自分のを取り出して、ディズのタブレットと通信する。
転送されてきたのは俺たちが向かうダンジョンの攻略ガイド。
ダンジョンの地図や出現モンスターの特徴が書かれたノートだ。
いやあ、便利な時代だな。
タブレット様々だ。
俺は今までは冒険譚しか読んでなかったが、こういう使い道もあるのだ。
よしっ、準備は整った。
いよいよ、待望のダンジョンだッ!
――いや、待て。油断はできない。
これまでも、散々ジャマされてきた。
また、なにか、妨害が入るかもしれない。
ダンジョンに入るまでは油断できないな。
そう思って、俺は気を引き締める――。
「あはは、今から緊張してるの? 大丈夫だよっ。これから向かうのは、初級ダンジョンよ。ロイルの相手になるようなモンスターは出ないからっ」
ダンジョンが心配なんじゃない。
ダンジョンにたどり着けるかどうか――それが不安なのだ。
「大丈夫だよっ。今度はもうジャマ入らないよっ」
その考えが顔に出ていたようで、ディズに笑われる。
他人に笑われると嫌な気持ちになるが、ディズ相手だとそうならない。
それどころか、心がポカポカする。
不思議な感覚だ……。
「ほら、いこっ」
「う、ん」
ディズに手を取られ、ダンジョンに向かう――。
「これ、が……ダンジョン…………」
俺たちが目指したのはメルバの街から歩いて15分ほどの場所にある初級ダンジョン――通称、『始まりのダンジョン』。
メルキの街周辺にはいくつものダンジョンやモンスターのたまり場が存在する。
一番の目玉は街の中心にある高難易度ダンジョン『メルキ大迷宮』だ。
現在、最高到達階層は12階層。
全20階層とも、30階層とも言われるこのダンジョンは未だ完全には踏破されていない。
屈指の難易度を誇るダンジョンだ。
それ以外にもいくつかあるダンジョンがある。
そのなかで、俺たちがこれから挑むのは『始まりのダンジョン』。
一番難易度が低いダンジョンだ。
冒険者に成り立ての新人でも油断しなければ危険はないお試しダンジョンだ。
ここがダメなら、「冒険者になるのは諦めろ」と言われるほどだ。
だから、俺も恐怖感はまったくない。
好奇心と興奮で胸がいっぱいだ。
「えへへっ。嬉しそうね」
「う、ん」
ディズはこれまでにいくつかのダンジョンに挑んだことがあり、気負いもなく慣れた様子だ。
階段を降り、洞窟型のダンジョンに足を踏み入れる。
ちなみに、長槍はマジック・バッグの中。
狭いダンジョン内ではジャマになるだけだ。
しばらく細い通路を進んでいく。
タブレットで地図を確認しながらなので、道に迷うことはない。
ディズの話では、このダンジョンは狭い通路といくつかの部屋で構成されていて、モンスターが出るのは部屋の中だけだそうだ。
モンスターは部屋から出てこないし、通路や部屋に罠もない。
まさに、初心者向けのダンジョンだ。
「さすがに誰もいないわね」
「う、ん」
ディズの話では、いつもなら何組かの初心者パーティーが挑戦しているらしいが、朝からの騒ぎのせいで、今日は誰もいないようだ。
やがて、前方に開けた空間が見えてきた。
「最初の部屋だよっ。どんなモンスターが出るかな〜?」
次回――『始まりのダンジョン(上)』




