022 スタンピード(上)
翌朝、俺とディズは冒険者ギルドへ向かっていた。
「ロイル、嬉しそうだねえ」
「ああ、……やっと、…………ダンジョン」
伯爵家に招待されたり、拠点を確保したり、ギルドで先輩冒険者たちとイロイロあったりと、中々ダンジョンに入ることが出来なかった。
俺としては、ここメルキの街に着いたら、すぐにでもダンジョンに潜れるものだと思っていたから、二日間のお預けはずいぶんと長く感じられた。
しかし、それももう終わりだ。
今日こそ、俺たちはダンジョンに潜るのだ。
昨日はワクワクして寝つけなかった。
いろいろな物語を開き、初めて主人公がダンジョンに潜るシーンを読み返した。
強敵の出現に苦戦する主人公。
チート能力で無双する主人公。
新たな出会いを迎える主人公。
いろんなタイプがある。
俺の初ダンジョン探索はどんなものになるだろうか……。
そんな妄想をしていて、ついつい夜ふかししてしまったが、いつも通り日が昇る前に目が覚めた。
長年の習慣は身体にきっちりと染み付いているようだ。
「そんなにダンジョンに潜りたい?」
「う、ん」
「あはは。やっぱり、ロイルって面白い」
「…………」
「ごめんね。バカにしたわけじゃないの。良い意味で言ったのよ」
「良い……意味?」
「ええ。ロイルといると楽しいってことっ」
朝から眩しい笑顔を向けられると、なにも言えなくなってしまう。
「ほら、行きましょ。さっさと済ませて、ダンジョンへ潜ろっ」
「うっ、うん……」
俺たちはダンジョンに潜る前に、冒険者ギルドへ寄り道する。
そこでどんなモンスターの素材やドロップアイテムの需要があるかをチェックするのだ。
これをするかしないかで収入は段違い、とディズが言っていた。
俺は冒険者のことをなにも知らない。
ダンジョンに対する漠然とした憧れがあるだけだ。
ディズと出会えて、本当に助かった。
考えなしで、サラクンの街を飛び出したけど、ディズと出会わなかったら、きっと今ごろ途方に暮れていたことだろう。
ディズには、感謝の気持でいっぱいだ。
彼女はカワイイし、優しいし、コミュ力高いし、なんでも知っている。
俺はすでに彼女に惹かれている。
こんなに良い子が俺なんかと一緒でいいんだろうか、と疑問に思うくらいだ。
どうして彼女が俺と一緒にいてくれるのかわからない。
でも、今はそれを気にせず、楽しもうと思う。
「着いたわね」
「うっ、うん……」
素敵な女の子と憧れのダンジョン。
高鳴る気持ちを押さえつけながら、冒険者ギルドの扉を開いた。
ディズに付き従って、掲示板へ向かう。
掲示板にはクエストが貼り出されている。
これを見て、どのモンスターを重点的に狩るか決めるのだ。
ただ、俺はまったく知識がない。
昨日までの俺だったら、ディズに丸投げして甘えていただろう。
だが、昨日、他の冒険者たちに受け入れられて、考えを改めた。
俺が物語の主人公だったら、それでいいのだろう。
丸投げでもチョロいヒロインが喜んで肩代わりしてくれる。
だが、俺は現実を生きているし、ディズは血の通った人間だ。
冒険者として必要な知識、常識をちゃんと身につけていきたい。
胸を張って「自分は一人前の冒険者だ」と言えるようになりたい。
俺は少しでも学ぼうと思い、並んでいる依頼票をじっくりと読んでいく。
わかったことがいくつかある。
依頼票は冒険者ランクごとに分かれていること。
どの依頼票にも内容と報酬、そして、期限が書かれていること。
依頼は討伐、収集、調査、護衛、輸送、その他に別れていること。
俺達みたいな冒険者に成り立てのFランクでは、街中の依頼しかうけられないこと。
掲示板には依頼だけでなく、モンスター素材の買い取り価格表も書かれていること。
掲示板に見入っていると、入り口から騒がしい物音がした。
振り返ると一人の男が駆け込んできたところだった。
男は息も絶え絶え。
ここまで全力で走ってきたのだろう。
男は呼吸を整えると、大声で叫んだ。
「エストの森でスタンピードだッ!!! オークの大群が襲ってくるッ!!!」
スタンピード。
モンスターの大群が一団となり、街に向かって突進する現象だ。
ここ数年は領内で起こっていないのに、どうしてこのタイミングで……。
スタンピードが発生した場合、冒険者は迎撃を最優先しなければならない――という規則だったはず。
すなわち――。
――いったい、いつになったら、俺はダンジョンに潜れるんだ?
次回――『スタンピード(中)』




