016 除霊(下)
大きな問題がひとつ残っている。
それは――。
――魔法の名前と詠唱だ。
ディズの怪我を治したときや、ハイオークを倒したときは、急を要する状況だったので、泣く泣く詠唱は省略せざるを得なかった。
だが、今は、たっぷりと時間がある。
だったら、最高の詠唱を聞いてもらういい場面だ。
俺は頭の中で『漆黒の禁書』を広げ、単語を拾い、組み合わせていく。
ちなみに、『漆黒の禁書』は古代語辞書や物語の中から、魂を揺さぶった単語を書き留めた、我が妄想人生の集大成といえる渾身の自作ノートだ。
俺が読んできた冒険譚では、カッコイイ技や魔法がしばしば『チュウニ』と呼ばれていた。
だから、俺も自分のノートにその名を冠したのだ。
命の次に大切といってもいい。
タブレットからデータが消えたら、立ち直れないだろう。
即興の詠唱構築――俺の得意技だ。
一分もかからないうちに完成する。
できれば、一晩二晩考えてじっくりと仕上げたいところだが、そこは妥協してグッと我慢だ。
「すこ、し、…………はな、れて」
俺の言葉に二人は後ろに下がる。
店員の男はゴクリとつばを飲み込んだ。
下がってもらった理由はもちろん、「これから強い魔法を打つぞ」って雰囲気を演出するためだ。
近くにいると巻き添えを食らいそうな強力な魔法。
間違いなく、そう思ってもらえただろう。
盛り上げるために下がってもらっただけで、実際はすぐ隣にいても、まったく被害はない。
だが、二人が下がったことで、俺のテンションが上がる。
俺は両手に持った槍を高く掲げる。
ようやく、コイツに出番を与えられる。
門番時代にはただのジャマな飾り。
一度の出番もなかった。
意味もなく動かしたら怒られるからな。
長年、苦楽をともにしてきた相棒だ。
頼りには……ならないけど。
それでも、15年間。
ずっと一緒に、出番を待ち続けた仲だ。
やっと、コイツを活躍の場に招待できる。
――お前の勇姿を二人に見せつけてやれっ!
槍に魔力を流し、穂先を蒼白く光らせる。
もちろん、意味はない。
カッコいいだけだ。
そういえば、コイツにはまだ名前をつけていなかったな……。
これが終わったら、カッコいい名前をつけてやろう。
そう思いながら、俺は詠唱を開始する。
即興ながらも、六十節に及ぶ長い詠唱だ。
さあ、二人とも。俺とコイツのカッコいい姿をしっかりと目に焼きつけてくれ――。
――天地に轟く、神代の雷てぃへ………………。
噛んだ。
噛んじゃった。
一節目で、噛んじゃった。
カッコよく決めなきゃいけない場面で……噛んじゃった。
二人の顔は見えないけど、なんとも微妙そうな空気が流れているだろう。
顔が熱くなるが、誤魔化すように槍を振り降ろす。
それと同時に――。
『――【我が名、それは――邪を滅ぼす者】』
あっ、しまった!
本来なら槍の先端から蒼白い光を飛ばすはずだったのに、噛んでしまった動揺で光らせるの忘れてた!
そのせいで、飛んで行った魔力は目に見えない。
これじゃあ、槍を光らせたのが台無しだ。
カッコいいセリフととも、槍を振り下ろしただけのイタいヤツじゃないか……。
わずかな時間、気まずい空気が流れる。
だが、すぐに――。
――ギャアアアアアア。
建物の中から断末魔のような叫び声が響いてくる。
【世界を覆う見えざる手】からもレイスの存在は消失した。
やったことはシンプル。
相手の邪悪な魔力を俺の魔力で上書きして、ゴリゴリにすり潰しただけだ。
実体を持つモンスターには通用しないが、悪霊の類なら、これでなんとかなるだろう……そう思っていた。
そして、それでなんとかなっちゃった。
思いの外、あっけなくて、余った魔力が辺りに飛び散ってしまったが、まあ、人体や物体に害はないので、よしとしよう。
やっぱり、初めて打つ魔法は加減が難しいな。
「ふぅ〜〜〜」
俺はさも、大仕事を終えたかのように、大きく息を吐く。
――どうだっ。今の俺は主人公だっ!!!
詠唱は噛んじゃったけど……。
「すごッ!?」
「…………」
ディズは驚いて目を見開き、店員はポカンと口を開けている。
「これで……良かった?」
「ロイル、すごいよ〜〜〜。司祭クラスでも30分はかかるのにっ」
「そう……な、の?」
喜びをあらわにディズが飛びついて来る。
彼女と俺を隔てる分厚いプレートアーマーが恨めしいが、褒められて喜びを隠し切れない。
「初めて聞く呪文よっ。ロイルはスゴいよっ!」
そりゃそうだ。
俺が今、考えついたばかりだからな。
むしろ、聞いたことがあったら驚きだ。
噛んじゃって、一節目が終わるまでもいけなかったけどな……。
「しかも、短縮詠唱!」
どうやら、俺が噛んだのを短縮詠唱と勘違いしたようだ。
キラキラと輝く目で見上げてくる。
結果オーライだっ!
うん。反省点はあるが、ギリギリ及第点だろう。
なんとか、主人公失格は免れることができた。
安心。安心。
こうして、俺たちは格安で拠点を借りることに成功した――。
次回――『お買い物』




