不遇な悪役令嬢に転生したら、案の定、婚約破棄されましてよ ~タイトル詐欺にご注意を~
駄文で、駄作で、すみません。
それでも、お楽しみ頂けたら幸いです。
天界。
見渡す限り真っ白な空間に、一人と一つ。
神々しく光を放つ老人の目線の先に、空中で漂う弱弱しくも光を放つ霊魂がいる。
老人は、よっこらせ、と腰を下ろし、そして白い髭を撫でながら。
「のう、若造よ」
優しくも諭すような口調で話し始めた。
「 」
だが、霊魂は何も話さない。
「霊魂のままでは話せまいよ。そのまま聞くんじゃ」
老人の声色は変わらない。
霊魂は、ただただ浮いている。
「お主が生きておった世界線、並びに日本という国はいいとこじゃったぞ。多少、貧富の差はあれど争いもなく、平和だったはずじゃ」
一定水準の衣食住に困らない生活は保障されていた。
望む、望まないにしろ、あと数年、歳を重ねれば生活をする為の職もあった。
「なのに何故じゃ。何故、自ら命を絶った。……子猫を助けるフリをして、わざと車に轢かれるとは」
老人は、呆れた口調でそう言った。
霊魂は、弱弱しかった光を、ピカ、ピカ、と何かを訴えるように光を放つ。
「よく聞くんじゃ。車を運転していた者は、過失致死で捕まり病んでおる」
老人は目を細め、強く言った。
一人の人生を狂わせた元凶が目の前にいる霊魂、であるからだ。
「お主の両親は、今もお主が死んだ事実を受け止められずに茫然とし、まるで抜け殻じゃ」
両親ともに健在で、愛情も注がれて育った。
「お主の死にざまを目にした者達は、心に、深く、トラウマを植え付けられた」
目の前でスプラッタになり果てた姿を見たら誰でもそうなるだろう。
「つまりは、死ぬなら迷惑を掛けずに死ね。 ……と、いうことじゃ。まあ、もう死んだお主に言っても後の祭りじゃがな、ふぉっふぉっふぉ」
老人はそう言って、笑った。
霊魂は何かを訴えるように、先程より強く光を放つ。
「おお、すまぬ。そう気を荒立てるでない。最近、そういった輩が多くてのう。やれ異世界やら。やれ転生やら。ココに来るのはいいんじゃよ。いいんじゃが、死ぬなら発見された時に白骨化するくらい奥まった森の中で首吊るか、潔く海の藻屑になれ、と言いたかったのじゃ。ふぉっふぉっふぉ」
老人は、暫く笑った。
「……それでじゃ。どうせお主も異世界に転生したいんじゃろ。死ぬ直前に『異世界でチーレム万歳!』と、心の中で言っておったんじゃからな」
老人は目を細め、見据える。
片や霊魂の光は、弱弱しい。
「図星のようじゃな。 ……ほれ、加護をやるから満喫してくるんじゃぞ、若造」
老人がそう言い、真っ白な空間に右手を掲げると、霊魂が光に包まれる。
光が収まると、霊魂は、いなくなっていた。
見届けた老人は、にやり、と口角を吊り上げ、目を細め、髭を撫でながら。
「何が幸せかは、若造……いや、お嬢さん次第じゃな。それに……お腹の中の子は大丈夫かのう。あ、霊魂が身体に馴染むまで少しばかり時間がかかるのを言い忘れておったわい」
そう言って、老人も姿を消した。
★ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
煌びやかな室内に、三人。
「もう一度言うよメリア、婚約の件だが――」
爽やかな顔立ちをした青年に頭を下げられ、突拍子も無い事を言われた少女は。
「――はぁ? そんな事が許されるとでも――」
喰い気味に捲し立てるように話していた時、急に意識を失った。
白い丸テーブルを挟んで対面に座り、頭を下げていた青年は。
「――思ってないよ! けど……けど、それじゃ……メリア?」
青年も譲れないモノがある、そう思い、負けじと喰い気味に言う。
だが、本来の罵倒雑言が飛んでこないのを不思議に思い、下げていた頭を上げる。
すると糸が切れた操り人形のように、ピクリとも動かないメリアがいて。
青年は小首を傾げ、席を立ち、メリアに近寄った。
その時メリアは、誰かが呼んでいる、と意識を失いながらも理解していた。
「大丈夫かい、メリア」
だが、身体は動かなかった。
青年は、メリアの頬を優しく叩く。
首元に指を充て、脈がある事を確認する。
メリアは、金縛りと、水の中にいる感覚に似ている、と呑気なことを考えていた。
「もう、飲ませたのかい、アヴィ」
「い、いえ……殿下のサインがなかったので……まだです」
アヴィと呼ばれた近くに居たメイドに確認を取る青年、ウィルは、天井を仰ぐ。
「どうして気を失っているんだろう。これは、参ったな……」
メリアは、二人が何の話をしているのか全くわからなかった。
それもそのはずで、先程まで神々しい老人が目の前に居て、光を纏ったと思ったら、青年の声と、女性の声。
わかる事は四つ。転生した。異世界。王族が目の前に居る。そして、メリアが自分だということ。
グッバイ日本、ウェルカム異世界、YESハーレムNO童貞、欲望のままに。
「今日は終いかな」
「そうですね」
「怖かったかい」
「はい……」
「すまないね、アヴィ」
「い、いえ。殿下の決心も……さすがでございます」
「二人の時はウィルと呼んでくれないか、アヴィ」
「ウィ……ウィル……まだ、恥ずかしいです」
メリアが気を失っているのを余所に、手を取り合い、甘い雰囲気を纏う二人。
「アヴィ……」
「ウィル……」
そして。
「――ぷるぁぁぁ! なぁにイチャついてんだコラ!」
「「――ッ!」」
メリアが起きた。
青年のウィルは、慌ててメイドのアヴィを背に庇う。
だが、メリアは二人を余所に違和感を覚えていた。
「あ、あぁぁぁぁ~~~。あ? あぁ? あ゛ぁ゛!?」
「「――ッ!」」
前世の男性らしからぬ高い声。
細い手に、深紅のふりふりドレス。
「おうっふ……柔らけぇ」
そして、初めて揉む双丘に感動を覚えていた。
自分の身体を触って喜んでいるメリアを見た二人は、黙っている。
暫く自分の身体を弄るメリアと、黙る二人。
「なッ……! 無い! 大事なモンが無い!」
だが、その静寂はすぐに解かれた。
明らかに動揺しているメリアを見た青年、ウィルは。
「ど、どうしたんだい、メリア」
そう問われたメリアは、泣きそうな顔で。
「大事なイチモツが、ココ! ココにねぇんだよ!」
青年のウィルと、メイドのアヴィは、黙っていた。
女性だから何を当たり前なことを、と蔑む目線を送って。
☆ ★ ☆ ☆ ☆ ☆
その後、取り乱すのを収め、どの転生パターンでも対応できるように頭の中に入れていたメリアは、速やかに状況把握をした。
「あぁ、婚約破棄ね。おっけ、おっけぃ」
「……い、いいのかい」
「いいもなにも、男に興味ねぇん……ありませんことよ、おほほほほ」
あれだけ聞き分けのなかったメリアが、どうして急に、と疑問に思っていたウィルだが、メリアの返答を聞いて心底安堵した表情を浮かべていた。
自室に戻って来たメリアは。
「あんのクソじじい……!」
深紅のドレスを投げ捨て、下着姿で自分の胸を揉み扱きながら怒りを露わにしていた。
それは、男性だった前世を、今世では女性に転生させたことへの怒りだった。
ハーレムの道を断たれ、逆ハーレムを辿るにしても出来ない。自分の恋愛対象は女性なのだから。
「百合展開……今は忘れよう。兎に角、乙女ゲーでも無い、たぶん。とりあえず、婚約破棄だってのはわかってる。あの王子に、ざまぁ? 必要か? てか、魔法はあんのか。魔術は。ギルドは。ダンジョンは。魔物は。魔獣は。魔王は。勇者は。聖女は。不遇だけど実は最強で何々しちゃった系か? ――ん?」
メリアが今後の展開を模索していると、ひらり、ひらり、と天井から光り輝く一通の手紙が舞い降りて来た。
「このタイミング、クソじじいしかいねぇだろ……!」
バシュっと手紙を取り、乱雑に封を開けると、二枚あった。
そして、一枚目には大きな文字で、こう記されていた。
【ざまぁ】
メリアは、すぐさま一枚目を破り捨てる。
続いて、二枚目に目を通す。
【ふぉっふぉっふぉ。車の運転手さんの分じゃ。ちなみに、女性化は、お主のご両親の分じゃ。辛かろう。だがな若造、ご両親はもっと辛いのじゃよ。
さて、お主の居る世界線は、なんでもありじゃ。望むままになる。チート。異能。魔法。体術。剣術。すべてがお主の思うままじゃ。好きにせい。
あと、中世ヨーロッパ風の、俗にいうナーロッパじゃ。好みには合わせたからの。それでは、達者でな。
※性別変更不可。死者蘇生不可。お主は既に不老不死。
PS:良い事し続けたら……。 以上じゃ】
メリアは、震えていた。
それは、なんでもできることへの期待か。
はたまた、第二の人生を思うがままに謳歌できることへの期待か。
「……不老、不死」
否。一生、この身体と、この世界で生きる事への絶望だった。
☆ ☆ ★ ☆ ☆ ☆
一ヶ月が経過した。
「大変だった……」
メリアは今、王国の裏通りに面するボロ宿の一室で、ここ一ヶ月を思い返していた。
それは、東にある商業都市キャスズネル王国、第二王子、ウィルハーバーと、西にある城壁都市ザッカート、第三王妃、メリアとの婚約破棄によって、市井は驚愕し、混沌とし、同情の涙を流す者も居れば、歓喜の涙を流す者も居たという。
それもそのはずで、婚約から結婚まで事が運んだ暁の城壁都市ザッカート側の要求は半ば強制、不可侵を結んでもいいよ、うちの娘あげるから。その代わりに貿易の飛行船は融通してね、格安で。じゃないと、おたく潰しちゃうよ。という実力行使によるものだった。
一方、キャスズネル王国側は煮え湯を飲まされるだけでなく、市井、並びに、市民からの税を上げないと格安では飛行船の運行が出来ず、更に格安運航を許可したとなれば、南にある楽園ティンベルと、北にある氷上帝国ハルクにも良い顔をせずにはいられない。という百害あって一利なしのものだった。
よって、婚約破棄をした事による経済効果は、というと。
「わたし……俺の国は現状維持で、王国は、なんか盛り上がってんな」
ボロ宿から見渡す限り、メリアの視界には露店や出店が立ち並ぶ、表通りが遠目に映る。
市井から窺える雰囲気は、税が上がらない事への安堵、同時に戦争への不安。
「俺の国は黙らせといたし、戦争はありませんよ、と」
窓を締めながら、良い事……良い事……と、メリアは呟いていた。
婚約破棄以来、キャスズネル王国は楽園ティンベルと氷上帝国ハルクとの国交により、城壁都市ザッカートに攻め込まれても、実際はどうにもでもなっていた。
そんな事実を知る術もないメリアは、ただウィル殿下が、あのメイドと結ばれたいだけなんじゃねぇか、と舌打ちをしながら事の収拾に奮闘していた。
――メリアは手紙に書いてあった、良い事の為に。
ウィルは、メリアが聞き分けが悪ければ毒殺し、国の為ならば己を犠牲にする覚悟を持っていた勇敢な王子である。
☆ ☆ ☆ ★ ☆ ☆
一年が経過した。
四大陸に分かれる東西南北の国交は概ね順調。争いもなく、暗躍しようとする者はなぜか排除される、その繰り返しだった。
メリアは婚約破棄事件の奮闘後、旅をしていた。
マヨネーズ……あった。カレーも、ラーメンも、ハンバーグもあった。サンドイッチもあった。
だから、メリアは確信した。
転生者は俺だけじゃない。
故に、現代知識チートは出来なかった。だから、お金稼ぎは決して楽ではなかった。
だが、召喚術も、時空魔法も、錬金術も、鍛冶師も、波動拳も、竜巻旋風脚も、北斗百裂拳も、出来た。
思い浮かべれば何でも出来る。各地を飛び回るように飛空魔術で移動し、駆け抜け、良い事をしていて、気付いたら。
「「「「「姉御!」」」」」
東西南北に拠点を構える、奴隷のみで構成された大きなクラン『メリーアントワーズ』が出来ていた。
「朝からうっせぇ! ちゃっちゃか仕事してきやがれ」
深紅で艶のある長髪をバッサリと切り、ストレートボブに纏め、勝気な顔立ちをしたメリアが、屈強な男性からちびっこまで支持を受ける、立派なクランリーダーになっていた。
朝の激励、並びに喝は、男性のクランメンバー曰く、ご褒美だそうだ。
「あねご、いっちゃうの?」
すると、ひょこひょこと股の間をすり抜け、そばかすがチャームポイントの小さな少女がメリアに近づいた。
「おれ……私は、今日は留守番かな」
留守番、と聞いたそばかす少女は、ぱぁっと笑顔を咲かせる。
「おれと、あそぼ!」
「こら! わ・た・し!」
「わぁ! たぁ! しぃ!」
「そうそう、クィラは偉い偉い(って、俺のせいか)」
「えへへ。 ……なぁにぃ?」
「なんでもないよ。じゃあお姉ちゃんといこっか」
そばかす少女、クィラはうん! と、笑顔を咲かせ、きゅっとメリアと手を繋ぐと、他のちびっこ達の所へ二人して走っていく。
メリアは手を引っ張られながら、生んだわけじゃないし、自分の子供でもないけど、大なり小なりクランメンバーが増えていくにつれて、思う事がいくつかあった。
――家族って、いいなぁ。
と、同時に。
――父さん、母さん……。
そのあとに続く言葉は見つからないまま、ちびっこ達と合流した。
☆ ☆ ☆ ☆ ★ ☆
五十年が経過した。
至る所で、こんな噂が囁かれている。
――メリーアントワーズのクランリーダーは、実は魔王なんじゃないか。
決して老いぬ、決して負けぬ、決して屈さぬ。
メリーアントワーズのクランリーダー、メリアは、四十年前に『メリアン島』を創った。
東西南北、四大陸の真ん中、海の上に大地を造り、四大陸を繋げるように島国を建国した。
魔王と言われる所以でもあり、メリアからしたらやってしまった黒歴史でもある。
「魔王様! 大変でございます!」
「クィラ。私は魔王じゃ、ねぇよ」
「大変でございます!」
「はぁ……勇者がきたか?」
「ええ! 魔王様!」
「だ! か! ら!」
「今日も勝って下さいね」
「おう」
メリアは、何も変わっていない。
だが、クィラは六十歳近くになっている。
メリアは、これまで何百人ものクランメンバーを看取り、埋葬し、愛情を、家族として注いできた。
錬金術の生命の雫を用いても、伸びる寿命なんてたかが知れている。
クィラもいつか、その一人になってしまうのか、と思っているメリアの背中は、一室に消えていった。
「よお、勇者。今日は聖女いねぇのか」
「君との勝負は、僕一人で十分さ」
「言ってくれんじゃねぇか。で、今日は」
「スマブラさ」
「いいね。ライフ制で3ポイント」
「アイテム無し。それで場所は」
「「ぷぷぷランド」」
ゲームを楽しむメリアの表情は、不老不死を言い渡された時の絶望感は無くなっていた。
見た目相応の活き活きとした、はつらつとしている、ただただ勝気な少女の姿だった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ★
九百九十九年が経過した。
メリアの表情は朗らかだった。
海を消滅させようと思えば、出来た。
山を消滅させようと思えば、出来た。
人類を、生物を、自分以外を消滅させようと思えば、出来た。
だけど、メリアはやらなかった。
それは居場所を守りたかった、とメリアは思っている。
結局、どんなに力や権力があっても力をひけらかせば、ひけらかすほどに虚しい。
人の為に使うからこそ誇らしい、とメリアは最初の一年の間に考えを改めたからであった。
メリアは、ウィル殿下、メイドのアヴィ、クィラ、クランメンバー、そして勇者も聖女も、関わった人、全員を看取ってきた。
メリアには死期が見えていた。それに、死んでこの世界に来て、この世界で逝く人と一緒に、自分も逝けるんじゃないか、そう淡い願いを込めたが、逝けなかった。
そんな彼女は、名実ともに魔王の称号を悲しくも得ている中、自室で。
「不老不死が邪魔。終わりがあるから楽しいのに」
もう何度目だろうか、と自傷気味に目尻を下げた。
「寝よ」
眠りについてから数刻後。
見渡す限り真っ白な空間に、一人と一つ。
「おつかれさん」
その声に聞き覚えがあった。
メリアは、意識を呼び覚ますが、ふわふわ、と浮いているだけだった。
声がでねえ。声がでねえ。声がでねえ。
「積もる話もあるじゃろ。念話機能オン」
そんな機能があるなら最初からしてくれ、とメリアは思ったが。
「こんのッ! クッソじじいッッ!!」
「まあまあ」
「まッ……!? まあまあ、だぁ!?」
「うるさいのう。念話機能オフ」
「 」
メリアは、途端に声が出なくなり、黙る。
「よく聞くんじゃぞ。お主が眠った夜で丁度、千年じゃ。一先ずお疲れさん」
目の前の老人は、ぽつり、ぽつり、と話し始める。
「何故、千年かじゃが、お主のスプラッタトラウマ被害者が十名。掛けることの百年じゃな。よく働き、よき心構え、そして、素晴らしい家族を持ったのう」
へえそりゃあどうも、と悪態をつくように、ふよふよ上下左右に動いている。
「余罪は他にも諸々あるが、今までの行いで相殺じゃ。して、若造。あ、念話機能オン」
「――っ! んだよっ」
老人は、卑下な笑みを浮かべて。
「異世界でチーレム万歳! 異世界でチーレム万歳! 異世界でチーレム万歳! ……は、どうじゃったかのう。そこんとこ詳しく」
「殺してえぇ……知ってんだろ。誰ともやってねぇし、やれねぇよ気分的に」
老人は、実に楽しそうに、腕を上下に挙げていた。
「YES童貞NOハーレムじゃな。ふぉ~っふぉっふぉっふぉっふぉ」
「はぁ……で、なんなの?」
老人は、ぎろり、と目を細めた。
「生き急ぐでない。結論から言えば、お主は魂を抜かれたんじゃ。よって、死んだ」
メリアは、言葉にならなかった。
待ち望んでいた死はあっけなく訪れたが。
「家族は……家族はどうなんだよ! 俺の! 私の! クラン! 家族はッ!!」
老人は、ふむ、と頷き、じっと霊魂を見据えた。
「酷な話じゃが、納得せえよ。あの世界は消えた。途中でお主を創造主に設定していたからの。そのお主が居なくなったんじゃ、当然の結果。生きた死んだの話ではない。無くなったんじゃ。無じゃよ」
「意味わかんねぇよ……」
メリアの思考は停止しかけていた。
昨日まであったモノが、突然無くなる。
昨日まであったモノが、突然亡くなる。
心の中に、ポッカリ、と穴が開いたように感じる。
――ああ、そうか、そういうことか。
千年過ごした世界は死期が見えた。
だからこそ、心構えが出来た。
「ふむ。なんとなくわかったようじゃな。その気持ち、親御さんの気持ちじゃ。これは余談じゃが、お主が行った世界は俗に言う地獄なんじゃよ。チート有りの生ぬるいものじゃったがの。だが、刑期千年、お勤めご苦労さん。それなりに幸せだったようじゃが、辛かったろう。その分、次も、幸せでな。若造、望みを言え。何処に転生したい」
老人は、混ざり気のない笑顔を、霊魂、メリアに向けた。
メリアの心は、決まっていた。
「日本」
達者でな、と老人が言った直後、メリアが。
「ま、待て。日本も千年後か」
野暮なことを聞きおって、と老人は悪態をつく。
「せいぜい三年か、四年そこらじゃろう。ほなの」
「あ、ああ! まじか! さんきゅー! じいさん! グッバイ異世界! ウェルカム日本!」
霊魂は、白い光と共に、消えていった。
「若造、次は裏切るんじゃないぞ」
老人も、その言葉と共に、消えていった。
★ ★ ★ ★ ★ ★
とある日、ある産婦人科で小さな命が産声を上げた。
その母親は高齢出産ということもあり、命の危険もあったが、その女性は強かった。
後日。
メガネを掛けた優しそうな中年男性と、四歳くらいの小さな女の子、そして母親の腕の元には、無事に産声を上げた赤ん坊が抱かれていた。
中年男性は、赤ん坊を抱くよりも無事な母親に、先程から労いの言葉を掛けていた。
「本当に、お疲れ様。ありがとう、ありがとう、ありが、とう……」
「パパ? 泣いてるの? わたくしの前で泣くのは……そうね、今日だけ、許してあげますわ」
「もう、あなたったら。莉愛も、パパに優しくしてね。あとこの子、弟にもよ」
「うん! ママ!」
愚図っている父親に白い眼を向けた莉愛は、すやすや、と眠っている赤ん坊、弟を覗きこむ。
「小さいですわぁ~」
「莉愛は、もっと小さかったわよ」
ほわわわわ、と目をキラキラさせて弟を見ている莉愛は、ふと、自分の指を、弟の小さな手に持っていく。
「わたくし、しののめ、りあ! あなたのお姉様ですわよ! あ、握ってくれましたわぁ~! あっ……」
莉愛の指を離した弟は、父親と同じように愚図り始めた。
「あらあら。よぉしよし」
個室の病室に、弟、赤ん坊の泣き声が響き渡る。
パチッ、と目を開き、母親を見たと思いきや、また大声で泣き始めた。
だが、その泣き声は、耳をつんざくような嫌味は無かった。
それはまるで、ただいま、とうれし泣きするような、優しい泣き声だった。
これは、東雲家に次男が生まれて、間もなくのこと。
Fin.
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