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おまけ

 

「時は来た!」

 顧問の花井先生が部室に足を踏み入れるなり、そう言った。

「…………」

 突然の事に唖然として言葉も出せずにいると。

「ザ・タイム・ハズ・カム!」

「いや、日本語が解らなかったわけじゃないですから」

 英語で言い直されても。

「えっと……何の時が来たんです?」

 一応、聞いてみる。

「君たち……何故、百合研究部顧問である私が、ドッグトレーニング部の顧問の掛け持ちを引き受けたと思う? それはね! 可能性を感じたからなのだよ!」

 問いかけておいて自分で即答するとか、なんなんだ? この人は。

 ――ともあれ。

 そう、ここは『百合研究部』。この高校がまだ女子校だった時代から連綿と続く、男子禁制の由緒正しき部活である。

 現在は、この部のOGでもある花井先生が顧問を務め、所属部員は十二名。部活動が乱立するこの高校に於いては、決して少なくはない数字だ。

 今、部室には、私こと白山(しろやま)(めぐむ)と、後輩の桃園(ももぞの)友理愛(ゆりあ)しかいないが、これは、他のみんなは“フィールドワーク”に出ているためだ。

 閑話休題。

 さて、どうして花井先生がこんな変なテンションなのか、考えてみよう。

 ドッグトレーニング部といえば、私と同じクラスの西住(にしずみ)千羽(ちわ)さんと、友理愛が同じクラスだと言っていた西倉(にしくら)(しずか)さんの『西西コンビ』の二人だけで行っている部活だ。

 そこに“百合研究部”の顧問である花井先生は“可能性を感じた”。そして“時は来た”……ハッ!!

「まさかッ!!」――ガタッ!!

 思わず立ち上がり先生を見れば、先生はニヤリと不敵に笑うのみ。

「ええっと……」

 未だ訳が分からず戸惑う友理愛に、教えてあげる。

「女同士、部室、何も起きないはずが――」

「ないですね!」

 理解の早い子だ。――その理屈で言えばさっきまでの私達も何か起こしちゃう事になるけども、それはさておき。

「ふっふっふ。そういうことなのだよ、白山君、桃園君」

「マジッスか!」

「……うん、いや、まあ、確証があるわけではないんだけどね、何か良い感じに雰囲気が変わった気がしてねぇ……」

「いや、急に弱気にならんで下さいよ、先生。……とはいえ、他ならぬ先生の勘ですからね。信じますよ、私は」

「萌ちゃん……」

 私の言葉に、先生は潤んだ瞳で私を見つめて――。

「というわけで、行くぞ! 友理愛! フィールドワークだッ!」

「ハイッ、先輩!」

「……もう、萌ちゃんのいけず~」

 まだもう一芝居したかった様子の先生を無視して、部室を飛び出した。


 そんなわけで、部室棟へとやって来たのだ。

 ドッグトレーニング部が二学期に入ってから学校に犬を飼う許可をもらって、実際に犬の躾を行っている事は、最初は噂になっていたが、今は見学者はほとんど居ないという事は、先生の報告により判明している。

 それは、犬のトレーニングはあくまでも学びのために行っている事で、興味本位で邪魔して良いものではないという学校側からの周知があった事、その上で、トレーニングがある程度進めば協力してくれた人たちの為にお披露目の場を設ける、という発表も同時に行われたためだった。このランクの私立校の生徒だけに、みんなそれだけ分別があるという事かも知れないが。

 ともあれ、それが今、私達にとっては大きな順風となっている。

 余計な観衆のいない所での二人の様子を見て、その関係性を確かめるチャンスであるからだ。

 もちろん、覗き見なんて無粋な事だと、分かってはいるのだ。でも、私達も決して二人の邪魔をするつもりはない。ただその尊き奇跡を垣間見て感謝を捧げたいだけなのだ。だから許してヒヤシンス。


 さて、私達は『百合研』の一因である事に誇りを持っている。でも、ただ一つ、由緒ある部活であるが故に部室が旧校舎にある事が、この立派な部室棟を見る度に少しだけ、悔しくなったりならなかったりするだけだ。

 そんな、外部の人に「ここは学生寮だ」と説明してもあっさり納得されそうなこの部室棟。建物の立派さもさることながら、これまた立派なのが、一階裏手の“庭”である。

 周りは腰から胸元くらいの高さで綺麗に揃えられた生け垣で囲まれ、内側は全面芝生まで張られている立派なもので、ちょっとしたドッグランなどよりもずっと立派かも知れない。

 そしてその庭で今まさに、かわいい子犬とかわいいJKたちがキャッキャウフフ――もとい、犬のトレーニングの真っ最中だった。

 私達が顔をそっと覗かせたのは、西西コンビの背中側で、二人は私達に気付いていない。

 犬とはちらっと目が合ったような気がしたが、簡単に吠えないのはトレーニングの成果だろうか。

 ――いや、目の前の“お姉ちゃん”たちに夢中なだけかも知れない。子犬は、それは嬉しそうに二人を見上げながら、そのかわいい尻尾をフリフリしていて、猫派の私の心も揺らぐほどのプリチーさである。これはなるほど、「私だって“お姉ちゃん”でしょうに」なんて拗ねたふりをしていた“お母さん”こと我らが顧問が、そう言いつつも満更でもなさそうだったのも納得だ。

「座れ!」

「アン!」

 と、西住さんの号令に、パッとお座りの格好になって元気な返事をする子犬。

「伏せ!」

 今度は西倉さんの号令に、スッと静かに素早く伏せる子犬。耳までパタンと伏せられていて、一言で言うなら、そう、かわいい(語彙力)。……うん、もう猫派とか犬派とかどうでも良いな。かわいいは正義。古事記にもそう書かれてる。

「ヨシ!」

 西住さんの号令に、子犬は飛び起きて、現場猫のポーズ――は、流石にしなかったけど、命令通りに動けたのだろう、子犬はJKからなでくり回されている。それは、正にご褒美。私、生まれ変わったら犬になるんだ……。

 と、子犬を撫でていた二人はお互いに向き合い、同時に笑顔を見せる。

「グフっ……」

 それはお互いへの信頼が垣間見えるような、すごく自然な笑顔で、もう、綺麗としか言いようがない光景だった。きっと漫画とかならキラキラのエフェクトがかかるような瞬間。

 そのあまりの尊さに、浄化を食らった私のよこしまハートがダメージを受けて、モビルスーツみたいな声が漏れてしまった。

 気を取り直して――取りあえず拝んでおこう。ありがたや~。

 ふと横を見ると、友理愛もその光景を陶然と見つめている。

「西倉さん、あんな風に笑うんだ……」

「……友理愛?」

 何かを呟きながら眼前の百合空間に見とれる友理愛に、私の囁くような呼びかけは届かない。

 あんまり見ていてこちらが見つかっても良くないので友理愛を現実に引き戻そうとした、その時。西西コンビに動きがあった。

「○作は~木を~切るぅ~」

「おっ? 先輩、御機嫌ですか?」

「へいへいほ~、へいへいほ~」

「ちょっと待って。今、○作さん、木じゃないモノ切りましたよね? だって『ヘイヘイホー』の音が某サスペンスのアレでしたもん」

「……ヤツは、とんでもないものを切っていきました」

「ん? いきなり何かな?」

「あなたの心です!」

「いや、心の臓の方をいっちゃってますよね? それ即死だな?」

「キャッフッフッフ! キャッフッフッフ!」

 ……さっきまで尊みに満ちた空間だったその場所が、JKの漫才を子犬が地面を転げ回って喜ぶというシュールな空間になっていた。

 っていうか、解るのか、犬。すごいな、犬。まさかあの長いやり取りが一つのコマンドって事もないだろうし……。

 少し唖然としてしまったけど、気を取り直して。意見を聞こうと友理愛の方を見て、私は思わず声を上げてしまう。

 何故なら、友理愛がお腹の辺りと口元を押さえて蹲っていたからだ。

「友理愛!? ――って」

 が、杞憂だったようだ。

「あんなのがツボに入ったのか……」

 よく見れば、肩は細かく震え、一瞬、あまりの尊さに涙しているのかとも思ったけれど、喉元から聞こえる「クックック」という押し殺した声が聞こえてくれば、もう笑っている以外に考えられなかった。……浅いなー、この子のツボ。

「あの~、大丈夫ですか?」

「ファッ!?」

 友理愛に呆れていたら、生け垣の向こうから突然声を掛けられて、汚い声が出てしまった。

 見れば、すぐ側で西西コンビがこちらを心配そうに見ている。そりゃ、あんな声上げれば気付かれるわな。

「アッハイ、大丈夫だと思います。ねっ? 友理愛?」

「ふー。……はい、ちょっと……えっと……立ちくらみ、です」

「あっ、桃園さん……。本当に大丈夫?」

 深呼吸して立ち上がった友理愛を見て、西倉さんはすぐに判ったようだ。

「私の事、知っててくれたんだ……?」

「え? うん、同じクラスだし、私の席から桃園さんが本を読んでる姿、よく見えるから」

「うぇっ!? ……えっと、本の内容とかも?」

「いや、流石にそこまでは見えないけど……」

 それを聞いて、安心した様子の友理愛。一体どんな本を読んでるんですかねぇ? ……まあ、私が薦めた百合的な小説か漫画でしょうけど。

「で? その桃園さんと白山さんはこんな所で何やってるの?」

 そう言う西住さんは、仲よさそうに話す友理愛と西倉さんに嫉妬した、なんて様子もなく、純粋な疑問のようだ。うーん、まだそこまでの仲ではないのか?

 って、考察してる場合じゃない。言い訳は……あ、そうだ。

「……ああ、えっと、私達『百合研』なんだけどさ、ほら、花井先生が顧問じゃない? だから、その子の話聞いて、気になっちゃって」

「あ、なるほどね」

「えっと、迷惑かけたくなかったら、ちょっとコソコソするような形になっちゃったけど……」

「何だ、それくらいなら気にしなくて良いのに」

 うーん、二人の時間を邪魔されて迷惑、という様子も全然無し。……ちょっとつついてみるか?

「それなら良かった。……でも、ちょっと良い雰囲気っていうかさ、西住さん達、子供の世話をする仲良し夫婦みたいな感じで、邪魔しちゃ悪いかなー、なんて」

 そんな私の言葉に、西住さんも、西倉さんも、少し驚いたような顔をして、そして同時にお互いをちらりと見やり。

 そして、目が合った二人は、二人共が恥ずかしそうに、はにかんで。

「ギャン!!」

「……ぎゃん?」

「キャン!」

 唐突な尊さに思わず声が出た。これは良い百合(モノ)だ。……そして犬かわいいな。

「っと、あんまり長居しても悪いから、そろそろ行くね。さ、友理愛、行こ」

「はい。それじゃあ、失礼します」

「うん。またどうぞ~」

 思わず本人達の前で合掌してしまいそうになる自分を抑えつつ、西住さんの声に送られて、逃げるようにその場を離れたのだった。


「いやぁ、普通の先輩後輩の関係性っぽい仲にちらりとのぞく尊み、初々しくて実に良き」

「…………」

 部室へ戻る道すがら、私は知った風な寸評を口にするが、友理愛は考えに耽っているのか、乗ってこない。

 何となく声を掛けづらくて、お互い黙ったまま廊下を歩き、そのまま部室に到着した。まだ誰も戻ってないし、先生もどこかへ行ってしまったようだ。

「友理愛――」

 これからどうしようか? と声を掛けようとして、言葉に詰まる。

 友理愛の目から、ツーッと、涙が溢れたのを見てしまったから。

「あれっ? あ、何で……。こんな……」

 戸惑い、いくら拭っても涙を止められない友理愛。

 ――ああ、そうか。と、思う。

 さっきの友理愛は、西西コンビを見ていたんじゃなくて、西倉さんを見ていたんだ。彼女しか、見えていなかったんだ。

 恋は理屈じゃなくて落ちるものだとは分かっているけれど。全ての恋する女の子同士は幸せになって欲しいと思う私としては、切ない。

 私は友理愛を抱きしめようとして――伸ばそうとした腕は、途中で動きを止めた。

 そうさせたのは、脳裏によぎった、小学校卒業の日の一コマ。


 今までの私の人生で、ただ一度の告白。

 好きだった女の子の、困ったような、そして、悲しそうな表情。

 笑い飛ばしてくれれば良いのに。

 何なら軽蔑してくれたって良い。

 そんな顔を、させたかったんじゃないのに――。


 ――私は“傍観者”になって、そんな過去と決別したつもりだったけど、全然駄目だったみたいだ。

 だから、“当事者”に対して、安易な慰めすらしてあげられない。

 ごめんね、と、心の中で友理愛に告げることが、今の私の精一杯だった。


「すいません、先輩。急にこんな……」

「良いってことよ」

 なんてことないように友理愛に応えながら、三分も経たずに心を落ち着けた友理愛を、強いな、と思う。

「先輩、前に言ってましたよね。この世の全ての百合カップルは幸せになるべき、みたいなこと」

「まあ、それが私の座右の銘みたいなものだからね」

「それは大げさだと思いますけど……。でも、ちょっと、そんな気分は解る気がします。今」

「まあ、真理だからね」

「ふふっ。さっきより大げさになってるじゃないですか」

 友理愛が笑顔を見せてくれて、なんだか安心した。

「うん。……じゃあ、今日はもう良いもの見れたし、帰ろうか?」

「……そうですね」

「今おねーさん機嫌良いから、二百円くらいまでなら奢っちゃうよ?」

「機嫌良い割にはケチですね」

 少なくとも表面上は普段通りの、他愛ない会話に笑い合って。

 私達は部室を後にした。



 本当はもっと百合百合しいのをカラッとした感じで書こうと思ってたんですが、どうしてこうなった。

 このおまけは勢いだけで書いたものですが、少しでも面白いと思ってもらえる点があれば、嬉しく思います。

 あと、今回のは冷静になってから読み返したら自分自身「うわぁ……」ってなるかも知れないやつだと思い、ろくに見返していないので、誤字や脱字、誤用などありましたらごめんなさい。

 とにかく、色々と寛大な心で受け容れていただければ嬉しく思います。最後までご覧頂き、ありがとうございました。

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