挿話 暗躍する影たち
本編未登場のある人目線のお話です。
「白鷺類の暗殺をファウスト家に依頼したそうですね。そこまでする必要があるのですか」
「ええ、シロサギはウェザリアとコスモ、2つの国の王家と密接に関わってしまっているから」
「しかし、今回はウェザリアの王太子からの対処依頼だったのでしょう? こちらで対処しても問題なかったのではありませんか?」
「いいえ。王ならまだしも王太子からの依頼では正当性に欠けるわ。あそこもコスモも一枚岩ではないからリスクを負うのも気が引けてね」
「エル様は慎重すぎますわ」
エル―――親しき者だけにその呼び名を許している。
彼女は私の副官で、堅物で頑固なところはあるけれど、忠誠心が高くて扱いやすい娘だ。
敵の多すぎる私には彼女の存在が大きい。
この執務室でいつも彼女と2人、仕事をしている。
「あ、エル様! ファウスト家の当主が訪ねてきたようですよ!」
PC端末に連絡が入ったらしい。
彼女はカタカタ操作していたそれから手を離し、立ち上がると勢いよく声をあげた。
「そう……。通しなさい」
「かしこまりました」
ガバッと頭を下げると、座り直してまたカタカタと操作を始める。
程なくして、扉がノックされた。
「ファウスト家のご当主様がいらっしゃいました」
扉の奥から聞こえたのは、主に事務を担当してくれている私の左腕の男の声だった。
(戦闘員でもないのにファウストの当主の圧にやられないのは彼くらいのものでしょうね)
「中へ」
「失礼いたします」
扉から少し歩き、部屋の中央付近でファウストの当主が止まる気配がする。
私はといえば、部屋の奥の事務机で仕事をしたまま、しばらくそれを放置した。
2分ほど経過したか。
ようやく顔をあげてファウストの顔を拝む。
ファウストを象徴する濃い紫のマントを羽織っていた。
彼らが暗殺するときはマントを羽織らないというのは有名な話で、マントは暗殺の意思がないことを示す道具なのだ。
若くして暗殺一家の当主となった男だが、一分の隙も感じさせないところは流石と言うべきだな。
「息災で何より。如何な用事かしら」
「依頼をもらった白鷺類の暗殺について報告に伺った」
「暗殺完了の報告?」
「いや、雨宮死音を動かしたが、暗殺にはいささか時を要するとの連絡があったのでな」
なるほど、暗殺遅延の報告か。
しかし、雨宮死音といえば、暗殺の天才と歌われる者のはずだ。
それが、時を要するとはどういうことなのか。
「理由は?」
「シロサギが聖パール学園の入学を目指していることが、コスモ王家だけでなく、聖パールの学園長にまで伝わってしまったとのことだ」
なんてことだ。
コスモ王家だけならどうとでもできるが、聖パールの学園長に知られたのはまずい。
ここでシロサギを暗殺して、それが学園長に不審を抱かせたとすると、ファウストの存在とその依頼主であるこちらにまで勘づかれる恐れがある。
勘づかれたならそれはもはや暗殺ではなくただの殺しだ。
だから、この現状での暗殺続行はファウストとしてはできないということだな。
シロサギが聖パールに入学してしまったら、さらに厄介なことにもなりかねないが、落ちる可能性も高いのだからここでリスクをとるのは愚策か……。
「わかった。もともと期限を定めた依頼ではないから、構わないさ。引き続き機会を狙ってくれ」
「承知した」
バタン
「ファウストの当主は相変わらず、エル様への敬意が足りませんね! 一度も頭を下げませんでしたわ」
「そう言うものではないわ。しばらく放置しても文句を言わなかったのだから十分よ」
椅子を回して窓を向く。
どこまでも続く曇天に言い知れぬ不安を感じた。
「エル様、どうかされ……はっ!」
「ん!」
彼女の言葉の途中で明らかに執務室の空気が変わった。
空間が歪むようなそれに、椅子から立ち上がり臨戦態勢をとる。
この執務室は魔法などによって何重にもプロテクトをかけてある。にもかかわらずそこに侵入できるとなればただ者ではないだろう。
はっ! 後ろに気配を感じ、刹那的に振り向けば、窓枠に腰を掛け、仄かに笑みを浮かべる男がいた。
ベージュ色のローブを羽織っており、深々と被ったフードで顔が見えない。
「誰だ」
「特異点が現れたな。世界が動くぞ」
「……ペラヒームの御方か」
ペラヒームはこの世界を影で動かす最上位機関。
その実態は闇の中だが、我々はその指示で動くことも多い。
「特異点というのは、もしは白鷺類のことか」
「ああ」
ペラヒームの方が浮かべるその歪んだ口元に、嫌悪を感じた。
ペラヒームは決して平和のための機関ではない。
戦争も、飢饉も、何もかもを操作して、人々が苦しむ様すら楽しむようなイカれた側面を持っている。
「ペラヒームが特異点の発生を許したのか」
特異点というのは世界の運命を揺るがすような特別な存在のことをいう。もっと簡単に言えば、ペラヒームですら対処が難しい相手をそう呼ぶに過ぎない。
だからいつもは特異点になりそうというだけでその存在を抹消しているはずだ。
なのに、なぜ?
「ふっ、特異点がいないと世界はつまらないだろう?」
「……わざと、見逃してきたと?」
「ああ、俺はシロサギが生まれたとき既に、特異点になりうる存在だと認知していたよ」
「!」
我々の調査ではシロサギの出生は明らかにできなかった。
ただ曇天街に捨てられたというところからしか。
それなのに生まれたときから認知していて、特異点の可能性を把握していたというのか。
ペラヒームの言葉を鵜呑みにする気はないが、ペラヒームならそのくらいの芸当できてもおかしくないのかもしれない。
「シャクユリ様は、思い通りになる世界に飽きてしまわれたのか?」
シャクユリ様―――ペラヒームのトップ、つまりこの世界の支配者。
お会いしたことはないが、この世界にシャクユリ様の思い通りにならないことはないと言われる。
「いや、シャクユリ様はシロサギの存在を認知していないはずだ」
「どういうことだ! 特異点が発生したのに報告されていないとは、まさか貴方はペラヒームで謀反でも起こすつもりか!」
「いや、シャクユリ様は特異点など気にしないさ。特異点の対処などという些末なことは俺に任されているんでね」
特異点を些末なことととらえることにも驚きだが、任されていると言ったか?
では、まさか、この御方は、
「ファイであらせられますか」
「ああ、そう呼ぶ者もいるな」
ファイ―――黄金の頭脳を持つと言われるペラヒームのナンバー2。
シャクユリ様から特別な寵愛を受け、シャクユリ様の魂とまで歌われる男だ。
実態の知れぬペラヒームという組織の構成員について、私が名前を把握しているのはシャクユリ様とファイ殿だけ。
そんな雲の上の存在と今対峙しているとは。
「大変失礼をいたしました。して、白鷺類の対処についてなにかご指示があるのでしょうか」
わざわざファイ殿が自らいらっしゃったのだ。
白鷺類についてなにかあるに違いない。
「いや、思い通りにならない存在で少し遊びたい気分だ。だから、白鷺類への対処はしばらくそちらに任せるよ。特異点とわかった上で、殺す気で対処してくれればいい」
「我々が本気を出したらそのおもちゃは一瞬で壊れてしまうかと思いますが」
「どうだろうな。そのように安い存在を俺が特異点と認識するとは思えないが。まあ、楽しみにしている」
ふわっ、空間が歪む感覚のあと、ファイ殿は霧のように消えた。
エル様とはいったい何者なのか。
ペラヒームとはどんな組織なのか。
そして、白鷺類を取り巻く運命とは。




