20
優秀なルージュ。可愛いルージュ。
ルージュは目立つので調査という名の別行動をとらせ、俺は食堂へ向かった。
「鮎沢さんこんにちは、ご一緒してもいいかな」
「ああ、昨日の。白鷺君だったわね。どうぞ」
「ありがとう」
1人で食べていた彼女の向かいの席に座る。
周りを見れば貴族の坊っちゃん嬢ちゃんなのか執事のような男を連れている者が多い。
普通に考えて、勉学にお金をかけられる貴族の方が、聖パールを目指しやすいんだろう。
しかし、目の前の彼女は1人だ。
「侍従や執事のような方は連れていないんですね」
「ええ、これから聖パールに入学しようというのに、執事をつれてくる必要はないでしょう? どうせ聖パールの敷地には執事は入れないのだし」
貴族であることは間違いないらしいが、随分と大人びている。
食べている料理はなんだろうか。
野菜がなにかにくるまれている。
手掴みで食べられる軽食のようだが。
「なにか?」
「ああいや」
じっと見ていたので、怪訝そうに尋ねられる。
「その食べている料理を初めて見たので」
「ああ、これはブリヌイというコスモ料理らしいわ。中にいれるものはその時々で変わるらしいけど、今日のはスモークサーモンとレタスね」
「へぇ。美味しいですか?」
「まあまあね。白鷺君も食べてみたら?」
「……いえ、、」
あえて言い淀んでみる。
悲しい顔で、食べたくても食べられないのだとアピールする。
さぁ、察してくれ。
盗賊相手に金品を渡せなかった俺の事情を。
「言い方が悪かったわね。ブリヌイをおかわりしようと思うのだけれど、さすがに食べきれないと思うの。少しもらってくれるかしら?」
へぇ、予想以上だ。
ここまで気遣ってくれるとは、鮎沢さんはできた人だな。
俺にお金がないのだと気づいた上で、それを指摘しない優しさ。
自分のわがままであるかのように振る舞い、俺のプライドを傷つけない心遣い。
最高だ。
「ありがとう。いただきます」
心からの笑みを向ければ、困ったような笑みを返してくれた。
程なくして、宿の女将さんがブリヌイを一皿持ってきてくれる。
2つのっているブリヌイのほんの一欠片だけを鮎沢さんがナイフで切り分けると、残りはすべて俺にくれた。
かぶりつくと、中から爽やかなクリームがしみ出してくる。
口の中に幸せが広がるかのようだ!
シャキッとしたレタスと柔らかい食感のサーモンのバランスも美味しい!
夢中で一本食べ終えて、ちらっと鮎沢さんをうかがうと、彼女は食後のティータイムを満喫していた。
こちらの反応を気にするでも、憐れむでもなく、マイペースなその様に好感を抱いた。
「紅茶、好きなんですか?」
「特別好きというわけでもないけれど」
「俺の友達に紅茶が好きな子がいて、いつもアールグレイを飲んでいました。鮎沢さんは何かあります? オススメの紅茶」
「そうねぇ、紅茶は同じアールグレイでもどこの茶園の茶葉を使うかで全然味が変わるものだから、なんとも言えないわね。その年その年で出来も違うし」
「そうなんですか」
「ええ」
知らなかった。
そんなに奥が深いものなのか。
鮎沢さんのカップを見つめていたら、視線を感じた。
まじまじと見すぎて不快にさせただろうか。
「正直、私は学園生活になんの期待もしていなかったの。勉強なんて家庭教師に教われば十分だと思っているし、権威やステータスにも興味はないから」
カップをおいた鮎沢さんが静かに語り出す。
「でも、案外楽しいものなのかもしれないわね。自分と違う目を持つ人たちと共に過ごすというのは」
ふっと小さく笑った鮎沢さんは本当にいい顔をしていた。
「そうですね。俺も、自分の知らない世界を見せてくれる人たちと一緒に過ごせることが何よりも財産になると確信しています」
「そうね。どうかしら? 聖パールまでの道のり、ご一緒しない?」
「いいんですか! 助かります」
「ええ、構わないわ。その方が楽しそうだから」
「はい、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく」
本当にいい縁に恵まれたな。
聡明な彼女と親しくなれるのはありがたいし、なにより、今後は馬車代も宿代も食事代も全部鮎沢さんに奢ってもらえそうだ。
鮎沢さんが紅茶を飲み終わる頃を見計らって、ブリヌイを平らげる。
レシピを聞きたいところだが、鮎沢さんを待たせるのは忍びないので諦める。
どうせ聖パールに入学したらコスモ料理を食べる機会はいくらでもあるから問題ないしな。
席をたった鮎沢さんに合わせて俺も席を立った。
宿の廊下を部屋に向かって歩くと、鮎沢さんと俺はどうやら隣の部屋だったらしい。
この宿は端から順番に部屋を埋めていくスタイルのようだ。だから、昨日続いてチェックインした俺たちが隣部屋になっているのだろう。
「隣だったなんて気付かなかったわ。では、1時間後に部屋の前の廊下で待ち合わせでいいかしら」
「はい、では、1時間後に」
バタン
部屋に入ると、待ち構えたようにルージュが目の前を飛んでいた。
「ルージュ! 部屋に戻ってたのか」
前に2回転した。
今までの傾向から推察するに、前2回転はイエスの意なんだろう。
「鮎沢さんと一緒に聖パール行くことになったんだけど、ルージュはどうしようかな。離れて付いてきてもらうか、それとも堂々と隣に配置するか……」
歩いて勢いよく、ボフンッとベッドに腰かける。
ルージュはねだるかのように俺の周りを周回した。
機械に意思があるなどと信じてはいないけれど、まるで意思があるように動くルージュに頭を抱える。
過去、俺が九条の持つクルリンを壊してしまったことが申し訳なく思えたからだ。
九条は便利に使っているようだったが、所詮はただのメカだからと簡単に壊してしまった。
いや、キラに毒をぶっかけたことへの意趣返しではあったのだが。
ルージュと色以外は全く同じクルリンの無惨に壊れた姿を思い出してため息をつきたくなった。
そりゃ、九条も根に持つわけだよ。
九条の腕だ。問題なく修理されて、問題なく今も運用されているが、壊れたクルリンを見て、あの九条でさえ胸を痛めたのだと思い至ってしまった。
「九条、かつてクルリンを壊したこと心から謝るよ。ルージュを見て、その可愛さがわかった」
ルージュを通して九条に伝わることを願って、静かに謝罪したのだった。
クルリンを壊したこと、九条はいまだに根に持ってます笑




