挿話 とあるボスの話
ルイの蒔いた種が芽吹く、かな?
「ボス、どうかお許しを」
「ボス、あんな化け物相手では仕方ないではありませんか」
泣きわめき、鼻水をたらしながら懇願する様はひどく不快だ。
「私がボスのそばにおれば、そやつに勝ってみせました。こんな無能たちとは違って」
「ボスの命を実行できないものなど生きている価値もありません、処刑を」
自らの無能さは理解せず、他者より自らを優れていると思い込んでいる連中はもっと不快だ。
「はぁ」
思わずついた溜め息に、場が緊張したのがわかった。
くだらない。
俺の一挙手一投足にびくつくような雑魚どもが。
「ボス、お客様がおみえです」
「葵、か。こいつらへの罰はお前に任せるよ。私はお客人の相手をしなければならないからな」
「御意」
水色の髪を持つ小柄な少女は、道端に捨てられていたところを拾ってきた。徹底的な教育のお陰で感情がないかのような無表情で、命令を完璧に遂行する技量を持つ、他の無能たちとは違って使えるやつに育った。
うぎゃぁーー
ひぃ、やめ
助け、
う、
……
断末魔のような叫びと、それからのちの静寂を背中に聞きながらお客人――ボナ殿のもとへ向かう。
「あら、あなたがボス?」
「ええ本日は招きに応じてくれてありがとう」
ボナ殿は女性らしい体つきを隠すことのない、ピタッとした黒の衣装を身にまとい、
「うふふ、どうせシロサギの入れ知恵でしょう?」
軽やかに笑った。
***
これがウェザリアを裏で牛耳るボス。
確かに、ただ者ではない気配を感じる。
屈強な体を持っているわけでもない。
でも、明らかに弱者ではない。
シロサギに似た強さとでも言うだろうか。
シロサギが肩入れする相手だとわかってはいたが、気配までこうも似てるとは。
少し、気合いをいれた方がいいかもしれない。
「おや、お分かりでしたか」
シロサギの入れ知恵だと気づいた私に、糸目を少し開いて、男は驚きを示す。
「私はクラウドのなかでは大人しい方だもの」
右腕として有名なダンや、派手に暴れているフニ・ケンと比べれば影が薄い。
あえて、そうしているのだけれど。
男は確かに、と言いたげに頷いた。
「して、そちらの方は?」
男が私のとなりを手で示す。
「ああ、こっちはレノ。クラウドなんだけど、基本は私の護衛役ね」
「護衛?」
「というか、盾かしら。私は近接戦闘が苦手だから」
過保護なボスが私のために用意した盾。
コミュニケーション能力は低っいけど、盾としての能力は抜群なのよね。
まあ、それはいい。本題に入ろう。
「それで? 取引したいことがあるのよね?」
「ええ、まずはこちらにお座りください」
大きなグレーのソファに、座る。
レノは立ったままでいたがったが、ソファをバシバシ叩いてとなりに座るよう促せば、仕方なさそうに座ってくれた。
透明のローテーブルに、男の手下らしき少年が緑茶を置いてくれる。
「どうもありがとう」
少年に声をかけると、ビクついて足早に部屋を出ていってしまった。
怖がらせたかしら。
いや、まあ、クラウド相手じゃ怖いわよね。
「すいませんねぇ。躾がなってなくて」
「いや、構わないわ」
緑茶はほどよい温度で飲みやすかった。
「ふふ、シロサギ殿といい、ボナ殿といい、出された飲み物を平気で召し上がるんですね。もっと警戒されるものかと思っていたのですが」
「ああ、シロサギは最大限警戒した上で考え抜いて飲んだんだと思うけどね。私の場合は、最悪死んだって構わないと思ってるから」
「どうしてです?」
「え? だって、私が死んでもクラウドは回るもの」
男の糸目が最大限見開かれた気がする。
そんなに驚かれるようなことを言ったかしら。
「それで? 取引内容は?」
「ああ、ええ、私はクラウドと手を組み、王家や貴族どもを潰したいと考えています。曇天街だけではない、貧民街も辛く苦しい生活を余儀なくされている。というのに、彼らは贅沢の限りを尽くしている。その上、曇天街を奴隷の産地にしようなどと許せることではない、ボナ殿もそう思うでしょう?」
「そうねぇ。私個人としては同意するけれど、ボスはどう思ってるのかしらねぇ」
それに、目の前の男からはどうにも胡散臭い匂いがする。
本当に目的はそれだろうか。
さっきもだいぶ手下たちを痛め付けているような声がしていた。
虐げられている者たちを救いたい、なんて高尚な思いをこの男が抱くだろうか。
「ボスが王家の味方に付いたこと、納得できているクラウドは少ないのよ。だけど、それでもクラウドはボスが絶対なの。その話、通したいならボスに直接話すべきだわ」
この取引は私の手には負えない。
ボスは私なんかの何倍も冷酷で、普通は取引なんてできない。
けど、
「大丈夫よ。あなたのバックにはシロサギがついてるんだもの。ボスだって手は出さないと思うわ」
「え」
「シロサギがあなたと私たちクラウドが繋がることを望んでいる。なら、ボスもその真意を探りたいと願うはず。ボスもシロサギの事は認めているから、シロサギのお気に入りであるあなたを殺すことはしない……と思うわ」
シロサギはボスが認める数少ない人間の1人。
いや、そもそもボスが認めてる相手なんて曇天街四天王と、王宮の侍従であるジンくらいのものだろう。
そんなことを考えているとき、明らかに場の空気が変わったのを感じた。
「あらやだ、ボスが自らおいでだなんて」
私の呟きに、
「え?」
男が苦い声を漏らす。
それにしても、ボスの威圧を受けて、立っていられるなんて大したものだ。
「この威圧に耐えるか、ウェザリアの裏のボスよ」
いつのまにか私の横に立っていたボスも同じことを思ったらしい。
「いやぁ、まさかクラウドのボスが直々においでとは、今宵はうまい酒が飲めそうだねぇ」
目の前の男は平静を崩さない。
やはり、シロサギとよく似ている。
「クラウドのボス殿、さっきの話聞いてたかい?」
「ああ」
「なら、話が早い。どうだい?」
「……断る」
「ふーん」
男はあまりがっかりしたようでもなく、頷いた。
そして、これまでで一番胡散臭い笑みを浮かべる。
「じゃあ逆に、貴族連中に手を貸して国を牛耳ってみようか?」
「……」
私にはそのとき―――歯車がひとつ回ったような不思議な感覚があった。
ボス×ボス
白鷺類が結びし縁が、歴史を動かす。




