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青い部屋に真っ赤な髪。
「……まあ、面白そうだからいいか」
人を拐かそうとしている俺に対して、かける言葉がそれでいいのかと、自分の感覚が合っているのかわからなくなった。
やっぱりウイカさんはどこか人と違う雰囲気を持っている。
どうでもいいという感じで納得したウイカさんは立ち上がると廊下を進んでいく。
お姉さんを連れてそれについていくと、この建物には似つかわしくないほどに重厚な扉が現れた。ウェザリアの王宮にあったような扉だ。
扉の前にいたがっしりとした男はウイカさんに気づいて、なにも言わずに部屋の中へ入っていく。
ウイカさんは扉の横の壁にもたれ掛かり、何やら待っているようだ。
ギュイー
しばらくたって部屋から出てきたさっきの男はウイカさんを部屋へ促す。
ウイカさんはひとつ頷くと、部屋の中へ入っていった。俺もお姉さんと一緒にそれに続く。
現れたのはウェザリアの王宮で見たのと同じ巨大な青い魔法陣。
その真ん中にそびえる扉。
これがウイカさんの言ってた、王宮へ繋がる魔法陣だな。
扉の前には、短い真っ赤な髪を持つ、すらりとした美丈夫が剣を腰にさし立っていた。
「ほお、そなたが来たか」
ウイカさんは少し驚いているらしい。
「久しいな、ウイカ殿。そして、はじめましてだ、お連れの方。私はコスモ王国第三王子、セナ・コスモという。よろしく」
ウェザリアの魔法陣は王家の血によって作用するものだった。となると、コスモの魔法陣はコスモ王家の血によって作用するものだろう、とは思っていた。
しかし、ウイカさんは何者なんだろうな。
王族をこうも簡単に動かせるとは。
「はじめましてセナ殿下。私はウェザリア王国から参りました白鷺類と申します」
普通に穏やかに挨拶をしただけなのだが、セナ殿下はひどく警戒したように顔をこわばらせた。
もしや、ウェザリアの王太子殿下め、俺の情報をコスモに流したな?
ま、想定内だけど。
「なにか?」
あえて挑発するように問うと、セナ殿下は腰の剣に手をかけ、その後はっとしたようにウイカさんを見た。
「まさかセナ王子、私の連れに手を出そうとしたんではないだろうな」
ウイカさんは別に怒っている風でもなく淡々と告げただけなのだが、セナ殿下はまずったという顔をして剣から手を離し後ろ手に組んだ。
「いや、失礼した」
大陸の覇者たるコスモ王国、その王子にここまで敬意を払われるウイカさんはおかしい。実はコスモより強い国の王族なのではと一瞬考えたものの、お互いに敬語ではないことからそれも違うと見える。
ひとつ思い当たる節がないこともないのだが、そうだとすると俺はものすごく運がいいことになる。
外界とは実に楽しいゲーム盤だ。
俺の狙ったとおりに事が運ばない。
知らないピースが多すぎて、予想がまるでできないのだ。
でも、だからこそ、考え続け、予想し続けなければいけない。
ありとあらゆる事象を想定しなければ、予想外の事態に対処することなどできないのだから。
「ひとつ尋ねたい、シロサギ殿。そなたと同じ名の男が曇天街より抜け出したとの報告をウェザリア王国より受けているのだが、、これはそなたの事だろうか?」
直球で来たな。
「抜け出した……というと語弊がありますが、ハヤテ殿下より姫君宛にお手紙を預かっております」
「ハヤテ殿下より手紙とは、見せてもらえるか」
「いえ、姫君の前でしか出すつもりはございません」
「それは……」
怖いだろう?
世界有数のスラムであり、今やウェザリアの国力のひとつとも数えられる曇天街の住人が、姫君に近づこうとしている。
しかも、手紙があると言いつつも証拠はなく、嘘かもしれない。
嘘だったらどうなる?
姫君は殺されるかもしれない。もしくは人質にとられて金銭を要求されるやもしれん。
だが、本当だったら?
ここで問い詰めれば曇天街の住人を怒らせかねないし、ハヤテ殿下並びにウェザリア王国との友好的な関係が崩れる可能性もある。
さあどうする?
コスモの王子。
「……ウイカ殿。シロサギ殿はウイカ殿の連れということだが、、身元は保証していただけるということか」
なるほど。ウイカさんに保証を求めたか。
冷静だな。
「身元は知らんが、なかなかに面白い男だ」
「いや、それでは……」
「なに、どちらにいってもリスクがあるなら面白い方を選べばいいだろう?」
へぇ、これがウイカさんか。
曇天街だとみな生きることに精一杯で、少しでもリスクの少ない方を選び取ろうとする人ばかりだった。俺も合理的判断を重んじている。
しかし、外界は豊かだからこそ、こういう価値基準を持ってる人もいるんだな。
予想できない行動をとる人は実に楽しい。
キラを思い出すから、というのもあるんだろうが。
「セナ王子は昔から融通が聞かず、面白味がないのだ。ここらで遊びも覚えるといい」
「……いや、私だけはまっとうな道を行くと決めているのだ。兄達も姉もどこか歪な方々だからな、私くらいはしっかりせねば」
へぇ、思った以上にしっかりしている王子だな。
自分のことをよく理解しているらしい。
ロクサーンなんかよりずっと好感が持てる。
だが、ロクサーンより未熟だ。
なぜリスクのみを天秤にかける?
「私には兄弟がいないので弟としての気持ちはわかりませんが、妹のような存在はいるので、兄の気持ちはわかります。妹がしっかりしていることはとても誇らしいことです。まあちょっと寂しくもあるのですが。約束しましょう。あなたの弟としての優しさに誓って、私はセナ殿下の敵にはならない」
「……」
これでも頷かないか。
本心だったんだが、より怪しさを増してしまったかもしれないな。
「セナ殿下、ひとつ申し上げます。例えば私が姫君の首を狙っているのだとしたら、城に侵入し、首をいただくことは容易なことなのです。ここでわざわざ王族に自分の正体をさらし、魔法陣を使って警戒されるなか王城に向かう必要などない」
「っそれは」
「大丈夫。私はハヤテの友人です。ハヤテが友と呼び大切にしている姫君のことを私も同じく大切に思っています」
と、警戒心を持っている相手に言ったら、さらに警戒を強めさせるだけだとはわかっていながら投げ掛ける。
今響かなくとも、後々響けばそれでいいのだ。
「さあ殿下、王宮へ参りましょう。コスモ王国にとっても曇天街について実態を知れるチャンスですよ?」
リスクのみを天秤にかけるからいけないのだ。
メリットをこそ考えなければ、リスクの重みははかれまい。
ふふ、セナ殿下の眼がギラついたな。
ハヤテいわく、苛烈、というコスモ王家の特徴を垣間見た気がした。
生真面目な王子さま。




