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ジンがルイに思うこと。

「ここは……?」

「ハヤテ様の私室です」


なるほど、ハヤテが王宮での立場が弱かったというのは本当らしい。これは、王子の部屋というにはあまりにも質素すぎる。


だけど、


「似てるな」

「なにがです?」

「曇天街のハヤテの部屋に似てる」


ということは、ハヤテにとってこの部屋の居心地は悪いものじゃなかったってことだ。


「ハヤテ様は曇天街にちゃんと居場所をお持ちなのですね」


それは無愛想なジンからは想像できないほど優しい声だった。


外界からでは曇天街の情報はなかなか掴めない。

実際、曇天街には犯罪者も多いから、ハヤテが最低限度の生活を営めているのかすら不安だったんだろう。


「俺の家の1階を貸してるんだ。曇天街じゃシロサギの家に手を出そうなんて猛者はそうそういないし、わりと安全だから大丈夫」


手をヒラヒラさせながら、ヘラッと答えると、ジンは胸に手をあて、直角に近いほど深々と腰を折ってきた。


「ハヤテ様のことを守っていただき、ありがとうございます」



「いやいや、主に守ってたのは俺の同居人の方だし、ハヤテにはたくさんのことを教えてもらってこっちが感謝したいくらいだ」


がぶりを振ると、ジンはゆっくりと頭をあげる。


「しかし、ゴミ処理騒動の折りにはクラウド相手に傷ひとつ負わせることなく守り抜いてくれたとか」


そこまで伝わっているのか。


「いや、それも同居人の方なんだけど。あーそれに、むしろハヤテが戦場に来るよう誘導したようなものだから、俺が危険にさらした張本人とも言えるな」


この男には、ハヤテをこれまで守り抜いてきてくれただろうこの男には、どうしても嘘をつきたくないと思った。


ジンにまっすく見つめられる。

奥の奥まで見透すような瞳で、何を考えているのかわかりづらい。


数秒まぶたを閉じたジンは、ゆっくりとその目を開く。


「ハヤテ様は曇天街を救いたいと願っておいででした。危険があろうと、前線に立てたこと、喜んでおられることと思います。だから、感謝しているのです」


ああ、身の安全よりも、それ以上に志を守りたいと願うか。優秀かつ、忠誠心の強い侍従だな。ハヤテが数少ない味方の1人だと豪語するのも頷ける。


真顔で冷たそうに見えるけど、本当にハヤテのことを考えている優しい人。


王宮内にハヤテの味方がいてくれてよかったと心から安堵した。

でなければ、今の優しくて心の強いハヤテは在り得なかっただろう。


そう思いを馳せると、少しばかりわがままを通してみたくなった。


「ハヤテがね、ジンのいれてくれる紅茶のお陰で頑張れたってよく話してたよ。俺も飲んでみたいな」


「……でしたら一杯だけ」


てっきり断られると思っていたから驚いた。



促され、椅子に腰かけると、目の前のテーブルに静かに道具が揃えられていく。


コポコポコポ、カチャ


「どうぞ」

「ありがとう」


花の絵柄のカップにきれいな紅が美しい。

口をつけると、ほどよい温度と滑らかな口当たりに驚いた。


(うわ、美味しい)


ハヤテがよく『ジンがいれた紅茶は僕が入れるのとは比にならないほど美味しい』と言っていた意味が初めて理解できた。


「ダージリン・ザ・オータムナル。つまり、秋摘みのダージリン紅茶です」


「ちょっと香ばしいね」


「その焙煎香こそ、オータムナルの特徴です」


紅茶って色々あるんだな。


「ハヤテが飲んでたのはアールグレイっていうフレーバードティーだったんだけど、それとは全然味が違うんだね」


「……曇天街でも紅茶が飲めるのですか」


ポツリとこぼされた言葉に、納得する。

最低限度の生活すら危うい曇天街でまさか紅茶を楽しむゆとりがあるなどとは思い至らないよな。


「うん、まあ、アールグレイくらいしか手に入らないってハヤテはぼやいてたけど」


「作用ですか」


少し嬉しそうだ。


「よかったです。ハヤテ様がちゃんとした生活を営まれているようで」


「ハハッ、曇天街はお世辞にも治安がいいとは言えないけど、でも、ハヤテには人を視る眼がある。敵を見分け、最良の味方を得る。なかなかできることじゃないよ」


「ルイ殿はハヤテ様のことをよくお分かりですね」


「俺も人を視る眼には自信があるからね。ふふ、ハヤテが真っ先に味方にしたのは、お店を営んでる男だった。だから、生活水準は高いよ。心配要らないんじゃないかな」


「それはようございました」


クマの店で、初めてハヤテを見たときのことが頭に浮かんだ。

あのクマを気安くおじさんと呼ぶハヤテに、これから何かが動き出す風をあのときに既に感じていた気がする。



俺が紅茶を楽しむなか、ジンは机の中からなにかを取り出した。


「ルイ殿、ハヤテさまから預かっている手紙をすべて出していただけますか?」


「……なんのために?」


「封蝋印を押すためです」


ジンは、自分宛の手紙に封蝋をしてみせてくれた。


ハヤテから預かった手紙には封がされていなかったんだけど、なるほど、このためか。


「この印にはハヤテ様だけが使える紋様が刻まれております。これが押されていることこそハヤテ様本人からの手紙であるという証明になるのです」


「ふーん」


これがハヤテの印なのか……。

楓の葉を思わせる美しい紋様だ。


第一王子とコスモの姫君宛の手紙にも封蝋を施してもらう。


実際、ジンが押せている現状を考えると、本人の手紙であることの証明には弱い気がするけどな……。


あれ、もしかしてこれって禁止行為なんじゃ。


「ジン……大丈夫なの?」


「ご心配なく。いざというときは逃げますから」


やっぱり勝手に封蝋を押すのはジンの命に関わる重罪みたいだ。


でもまあ、これだけ強い男なら大丈夫だな。


「ならいいけど」


カチャり


カップを置く音が響いてしまった。


ジンが静かに紅茶をいれてみせたのが、高度な技術であったことがよくわかる。


それにしても、美味しくて、ついハイペースで飲んでしまった。

仕方ない、休み時間は終わりにしよう。


「そろそろ行こうか」

「かしこまりました」





「ジン殿、後ろの方はどなたですか?」

「お客様です」

「……いや、そうではなく」


重厚な扉の前で騎士らしき2人に止められた。


「責任は私が持ちます。取り次ぎを」


ジンの揺らがぬ口調に、2人はたじろぐ。

そして、そこまで言うならと、扉は開けられた。


ジンは王宮内でかなりの立場にあるらしい。


「王太子殿下にお客様です」


部屋に入り、ジンが声をかけた先には、輝く長い金髪に、金の瞳を合わせ持ち、体格のよさからも威厳を覗かせる男がいた。


(これが王太子か。なるほど、細身で茶髪のハヤテが虐げられるのも無理はないかもしれない)


「客? 謁見の申し立てはなかったはずだが?」


王太子はフードを被ったままの俺に、いぶかしむというよりは、面白いものをみるような目を向けていた。


相手が誰でも怯まず面白がれるのはハヤテと似ているかもしれない。


俺はフードをとり、笑顔で挨拶をした。


「お初にお目にかかります、ロクサーン王太子殿下。私は曇天街四天王が1人、白鷺類と申します。本日は、第三王子ハヤテ・ウェザリアの名代で参りました」


ロクサーンは目を大きく見開くと、いっそう深い笑みを浮かべた。一方で、護衛や侍従は警戒を強める。


「曇天街の四天王か。話には聞いている。あのクロムと対等な存在なのだろう?」


へー、それは把握しているのか。

曇天街に手を出させないためにクロムが仄めかしたかな。


「ええ、我ら四天王は対等。クロムを有しているからといって、曇天街の制圧は不可能だとだけ申し上げておきましょう」


「ハハッ、曇天街はこうも面白い連中が集まっているのか。我が国は安泰だな」


ロクサーン殿下のいう面白い連中の筆頭は間違いなくクロム及びクラウドなのだろう。


クラウドを危険よりも面白いで捉えているとは、なかなかどうして、興味深い男だ。


「はい、我らを怒らせない限りは安泰ですね」


互いに笑顔で繰り広げられる会話に、場の緊張は高まっていく。

そこへ爆弾を投下する。


「さて、ロクサーン王太子殿下。本日は、殿下と一対一でお話をさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか」


ピシッ


目に見えて場が凍りついたのを感じ、ついつい口角が上がってしまった。

ウェザリア王国、そして、曇天街の行く末を担う未来の王。

黄金の瞳が見据えるものとは!?

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