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ジーッと見つめてくる少女。
ルイには覚えがあるみたいだけど!?
「もしや、モカ、か?」
ちょこんと座り、こちらをじーっと見つめてくる少女。
その鮮やかな緑色をしたくりくりとした丸い眼には既視感があった。
少し成長し大きくなったためにすぐには気づけなかったが、間違いない。
彼女はその黒いローブの下に、昔と変わらず茶色でフワッとしたボブの髪をしているのだろう。
「元気だったか?」
「……うん、元気だった」
まだ幼さの残るその声に懐かしさが込み上げる。
モカはクラウドに所属しており、命令に忠実で、実行能力も高いことからクロムにも可愛がられている。
そして、可愛がっているのは俺も同じだった。
クラウドのやつらとの折り合いは悪かったけど、モカとだけは仲がよかった。
小さい子供が少ない曇天街において、モカに癒しを求めていた気がする。
「城のなかにいるあるお方に用があるんだ。悪いけど、ここを通してくれるかい?」
モカは可愛いは可愛いのだが、命令に忠実過ぎる嫌いがある。
昔のよしみだからと通してくれるほど甘くはない。
返答を緊張しながら待つ。
できることなら、この小さな獣とは戦いたくないんだが……。
「敵は通すなが命令。敵じゃないなら通ればいい」
ああよかった、『侵入者を排除しろ』とか命令されてなくて。
「ありがとう」
ローブ越しにモカを撫でると、くすぐったそうにしたものの拒絶はされなかった。
ウェザリアを出る前に、モカに会えてよかったな。
※
うっ、バタン
なっ、バタン
途中で会う人間の意識を奪いつつ、ハヤテから教えてもらった王太子殿下の部屋へと向かう。
このままじゃ騒ぎになるのも時間の問題だよなぁ。
というか、計算ではそろそろなんだけど。
カツカツカツ
(んっ!)
革靴の音を響かせながらやって来た男は、俺から数メートル距離をとったところで立ち止まった。
(これは、強い)
短い銀髪に、長身をよりスラッと見せる黒い燕尾服。
剣を持っていないのに、まるで持っているかのような威圧と余裕。
「この王宮にどのようなご用で?」
城内に侵入者がいるこの状況の中にあっても淡々とした声に、普通にやって勝てるかどうかも怪しい相手だと確信する。
なんとか勝てたとしても、騒ぎになると厄介だ。
仕方ない、正直に話そう。
「ロクサーン第一王子殿下にお渡ししたいものがありまして」
「では、私がお預かりいたしましょう」
「いえ、直接手渡ししてほしいとの依頼ですので」
「依頼? どなたからです?」
ハヤテは王宮内での立場が弱いって話だし、逆に話すことで怒りを買う可能性もある。
だが、この男相手にごまかすのは危険が伴う、か。
「第三王子ハヤテ・ウェザリア殿下より」
男は初めて少し驚いたような顔をしたが、すぐにもとの無表情に戻った。
「ハヤテ様の……」
あ、ビンゴだ。
ハヤテが言っていた。
王宮内でハヤテを殿下ではなく様付けで呼ぶのはジンだけだと。
「君、ジンだよね? ハヤテから君にも手紙を預かってるんだ」
胸から手紙を出してジンに近づく。
ジンは警戒しつつも立ち止まって待ってくれた。
「はい、これ」
「……どうも」
ジンは手紙を受けとると、中を確認して目を剥いた。
「なるほど、たしかにハヤテ様からの手紙ですね」
手紙をしまったジンは改まって続ける。
「いいでしょう。ロクサーン殿下のもとへご案内いたします。しかし、その前に寄り道をしてもよろしいでしょうか」
「寄り道?」
罠、かもしれない。
でも、ハヤテはジンのことを、王宮内での数少ない味方の1人だと言っていた。
なら、ハヤテが信じるこの男を俺も信じてみようじゃないか。
「もちろん、構わないよ」
黒いローブを被ったままジンに続いて廊下を歩く。
「どこに向かっているんだ?」
「ついてからご説明いたします」
「ねぇ、なんでジンは俺に敬語を使うんだい? 俺は貴族でもなんでもないよ」
「ハヤテ様のご友人に敬語を使わない理由があるとでも?」
「あーなるほど、ハヤテからの手紙に俺のことが書いてあったのかな」
「はい」
さすがハヤテ。
ジンへの手紙も結局は俺のためだったってことか。
カチャカチャカチャ
うん?
前から鎧のようなもので武装した二人組が歩いてくる。
騎士、なのかな。
俺はローブを深くかぶり直した。
「おや、ジン殿。後ろの者は?」
立ち止まって話しかけてきたその人たちはかなり俺を警戒しているらしい。
「クラウドの者です」
「確かに黒……。しかし、なぜこんなところにクラウドが」
クラウドが王宮内にいるのは別におかしくないはずだ。となると、王宮内でもこの辺りはクラウドが寄り付かないところなのかな。
「クラウドの担当は私です。なにか問題でも?」
「いや、しかし」
へー、ジンってクラウドの担当なのか。
まあそれはいいとして、この騎士たちは仕事熱心な人たちなんだろうな。
ここは、俺がクラウドだと信じてもらえて、かつ、ジンになら任せられると思われるような策が必要か。
スッ
軽く一歩踏み込み、騎士二人のところまで一気に詰める。
二人が反応できない速度で懐からナイフを取り出し、両手に一本ずつ持つと、二人の首にそれを押しあてた。
「なっ」
「嘘だろ」
二人とも剣に手はかかっている。
鞘から抜くには至らなかったが、悪くない反応速度だ。
しかし、多少なり自らを強いと自負していたらしい二人は戸惑っているようだった。
シュッ
首に押しあてたナイフをそのまま突き刺そうとすると、飛んできたナイフに阻まれた。飛んできたナイフを落とすために首からナイフを外す。
カキーーン
と、そこへジンが目にも止まらぬ早さで俺の首めがけて攻撃してくるのを、俺もジンの首へナイフを突きつけることで対抗した。
結果、お互いが首にナイフを突きつけ合うという均衡状態が完成する。
「くふふふ、あははは。クラウドをバカにする奴は容赦しないぞ」
殺気を込めて騎士二人に放つと、彼らのただ驚愕していただけの顔に緊張が戻る。
「はぁ、お二人とも、この人のことは私に任せて、仕事に戻ってください。でないと、死にますよ」
ジンがため息混じりに告げると、
「あ、ああ、頼む」
彼らは踵を返して、走り去っていった。
「ふぅ、面白かった」
ナイフを懐にしまって伸びをする。
「はぁ、あの二人が引き下がったからよかったものの、騒ぎが大きくなったらどうするつもりだったんですか」
「ハハッ、相手の行動や力量が量れぬほど弱くはないつもりだけど?」
「……作用ですか」
ジンはナイフをしまうと、飛ばしたナイフも拾って、そのまま歩き出した。
俺もそれについていく。
「ハヤテから聞いていたけど、ジンは本当に強いんだね」
「……恐れ入ります。そういえば、あなたの名前を聞いていませんでしたね」
「ああ、そうだね。俺は白鷺類だ。よろしく」
「やはり、あなたが曇天街四天王の1人、シロサギでしたか」
「おや、知ってたのか」
「クロム殿から聞きました」
「へぇ、クロムが話すとは意外だな」
クロムは王家に協力してるとはいえ、王家の味方という訳じゃない。曇天街の情報を流しているとは思わなかった。
「正式な報告ではありません。私が個人的にお話をうかがっただけです」
なるほど。クロムもジンのことは認めてるんだな。
「ハヤテ様とご友人だというお話はクロム殿からも聞いていました」
ある扉の前で立ち止まると、ジンは鍵を開けた。
カチャ
「どうぞ」
そこは王宮の部屋にしては質素だが、よく手入れされているようだった。
ハヤテの味方。
ハヤテが信頼を寄せる数少ない男。




