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ハヤテの世界を変えた人。
ハヤテは王家の人たちとは仲がよくなかったようだし、手紙を出したい相手がいるというのは意外なことだった。
「第一王子宛てか……」
「……うん。兄上は国王のお気に入りで、間違いなく将来この国の王になる人だ。でも、僕は兄上のことが昔から大っ嫌いだった。ちゃらんぽらんで贅沢三昧で、庶民のことも曇天街のこともまるで考えてないろくでなし」
ふむ。
まあ、俺が王家の抱いているイメージに等しいものがあるが。
しかし、ハヤテは本当に嫌っている人間を兄上なんて敬称で呼ぶようなタイプではないはずだ。
手紙を渡したいと思っていることも含めて、もっと複雑な事情があるのかな。
「わかった、手紙は必ず第一王子に届ける」
「な! わかってるの!? 警備網を掻い潜って届けるのは至難の技なんだよ!」
「まったく、ハヤテが頼んだんでしょ?」
「そ、そうだけど……」
確かに、命を懸けなければならないが、友の頼みだ。
命を懸ける価値はある。
「大切な手紙なんだろう?」
「……まあ、そうなんだよね。僕は兄上が嫌いだけど、でも、兄上に背中を押してもらったんだ」
それからハヤテは懐かしそうに大切な宝箱を開けるかのように、兄との思い出を話してくれた。
ハヤテはかつて王になろうとしていたこと。
兄に、この国を変えたいなら王にはなるなと諌められたこと。
どれだけ馬鹿をやろうと、王家にいる間は盾になると言ってくれたこと。
ハヤテはハヤテの道をゆけ、と背中を押してくれたこと。
どうやら、ロクサーン王子はハヤテのことを大切に思っていたようだ。
「僕は王になれば国を変えられると思ったんだ。でも、違うのかな。ルイ君はどう思う?」
「そうだな、王が崇高な想いを抱くことは頼もしいことだとは思うが……ただ、国というのは数多の人が集まってできている。正直、王一人が理想を掲げたところで国を変えるのは難しいんだろうさ」
「そう、なのか……」
「まあ、俺はちゃんとした教育を受けたわけでも、ましてや外界に出たこともない人間だから、正しいかはわからないけど。ただ、そうだな……強いて言うなら王は千のために百を切り捨てられる人間でなければならないんだろう」
「それはどういう?」
「曇天街を作ることで国を維持しているというのは、少数の犠牲で多くを助けるという意味では、あながち責められることでもないってことさ」
「なっ!」
「もちろん、理想的ではないし、これは極端な例だけど。でも、王っていうのはそういう存在なんだろうと思うよ。それでいうと、ハヤテはきっと千を救うためだとしても百を見殺しにはできないんじゃないかな」
「僕は、王の器ではない、と?」
「そうだねぇ。でも、そんなハヤテだからキラも懐いているし、俺も友として誇りに思っている」
少しむず痒いが、本心なので仕方ない。
ハヤテは目を丸くして、小さく笑った。
「だから、ハヤテはそのままでいればいい。王は向いていなくとも、王にできないことがハヤテにはできるだろうから」
「ああ、ありがとう」
ハヤテは少し泣きそうな顔で、でも、決して泣くことはなく、強い瞳でそこに在る。
ロクサーン王子もハヤテと同じ血が流れているのだし、なによりハヤテから聞いた思い出から推察するに、だいぶ面白そうな人だな。
「俺自身、ロクサーンに興味が沸いた。手紙だけじゃなく、ちゃんと会話を試みようかな」
「ちょっ、それはさすがに無理だって~!」
「いや、なんかいけそうな気がする」
「えー」
ハヤテは焦ってはいたが、それ以上俺を止めようとはしなかった。
「なにその顔。僕が止めないから疑問だって言いたいの? はぁ、だってそんなに楽しそうな顔でニマニマされたら、止められないでしょ?」
ふっ
ロクサーンにどう会うか、何を話すか、考えるのが楽しくてその感情がもろ出てしまっていたようだ。
(楽しいゲームになりそうだ)
「あと、ついでにこの手紙も渡しておくよ」
「これは?」
「さっき話したジンへの手紙。会えなかったら渡さなくてもいいけど、会えたら渡してほしい」
「わかった」
ジンの容姿も特徴も知らないが、ハヤテが王宮最強とまで言った人物だ。見ればそれなりにわかるだろう。
「それから、これがコスモの姫君への手紙だ」
「ああ、ありがとう」
なんの変哲もないただの手紙。
これが俺の生命線になるかもしれないなんて面白いな。
「ルイ君、僕は君の友達になれて幸せだ。どうか、外界を楽しんで!」
「ああ、ありがとう」
※
「ククッ、曇天街も外界も似たようなもんだぜぇ」
「そうなのか?」
「ま、俺様から見りゃあな」
九条らしい、と思う。
「ククッ、俺様からの餞別だ」
「え?」
ブーーーーン
耳に飛び込んできたのはハエのような音。
(これは……)
音のした方を振り向くと、ピンクの丸が浮かんでいた。
クルンクルン回っている。
「いつもの黄色じゃないのか」
「黄色は俺様のだからなぁ」
形状は黄色のと同じっぽいな。
「性能も俺様のクルリンと同じものだ」
「使いこなせる気がしないんだけど」
「ククッ、だろうな」
九条はいつもパソコンのモニターとメカの目をリンクさせるなど、高度な技術を使っている。
しかし、俺は電子的な技術を欠片も持ち合わせていないし、そもそもパソコンすら持ってない。
どうしろってんだ。
「ま、ルイが使う用ってよりは俺様のために持っててくれってこったな」
「なるほど、外界の情報も集めたいってことか」
「曇天街の柵っつうか結界は電子ジャミング効果も含んでるからな、どこまで通用するかはわからねぇが」
そう、曇天街を覆う柵は物理的な障害というだけではないらしい。曇天街を抜け出したものは必ず外界で見つかってしまうのだが、それも柵の効果なのだとか。
ハヤテいわく、ウェザリア王家の血でもって成り立っている魔法結界なんだそうだ。国王、あるいは王太子が維持しているらしい。
そして、九条いわく、その結界は電子ジャミングの役割を果たしていて、曇天街と外界は相互に連絡を取ることができないようになっている。
だから、九条の技量をもってしても今は外界の情報を得ることができていない。逆に、外界にいた頃は曇天街の情報は欠片も手に入らなかったそうだ。
ちなみに、水道や電気は以前曇天街で使われていたものだから、ハッキングしても結界に反応しなかったとかなんとか。まあ、俺にはそこら辺の詳しいことはわからないが。
「ククッ、今回は門を開けてもらえるって話だからな、そのときだけはジャミングが切れる。コイツとの通信を繋いだままにもできるかも知れないぜぇ」
クルクル回るピンクのメカを指差しながら、九条は愉快そうに笑った。
ウェザリア王国第一王子、ロクサーン・ウェザリア。
敵か味方か、真意はどこか。




