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ルイがロエお姉さまに抱く想いとは。

「ふーん、いよいよ明日曇天街を出ていくのね」

「はい」


2月になり、いよいよ俺が曇天街を出ていく頃となった。

この後、雷帝と海に行くことになっているが、その前にロエお姉さまに挨拶しておこうと思ったのだ。


明日出ていくついでに寄る方が効率的ではあるものの、明日はハヤテと最終打ち合わせをすることになっているので、ロエお姉さまへの挨拶は今日に回すこととした。


いつもの黒いソファに座り、入れてもらった紅茶に温まりつつ、話を進める。


「ロエお姉さま」


「なにかしら」


「私は、キラのお姉さんがあなたで本当によかったと思っていますよ」


急な話にロエお姉さまがきょとんとした顔をする。

彼女にとって予想外の展開を生み出せたことが少し嬉しかった。


「あら、嫌みかしら。逃げ出された姉なんてわらいものでしょう?」


すぐにいつもの余裕を取り戻した彼女は優雅に紅茶をすすりながら可笑しそうに笑う。


「まあ、キラは敏感で繊細なところがありますから。……でも」


俺は彼女をまっすぐ見つめて、


「キラがあれだけまっすぐ育ったのはあなたのおかげでしょう?」


確信をもって告げた。


「キラは、ロエお姉さまが自分を愛してくれていること、ちゃんとわかってますよ。逃げ出したのだって成長の証です。姉のもとを離れ、自ら歩く決心をした」


そうだ。

キラはロエお姉さまに苦手意識を持っているけれど、彼女のことが嫌いなわけではない。

むしろ大好きと言えるだろう。

それはロエお姉さまの愛情をきちんと理解しているからだ。


そして、キラが縛られてると感じてしまったのは、ある意味で、ロエお姉さまがキラを気にかけ、構い倒したがゆえとも考えられる。


この曇天街で、キラがあれだけ純粋に育ったのは、偏にロエお姉さまがキラを守ってくれたからだ。


「ふふ」


ロエお姉さまは俺の言葉になにも返さず、ただ笑いをこぼした。

そして、顎に手をあて、首をかしげる。


「……なんですか?」


「いえ、、、私とシロサギは似てると思って」


「それはどういう?」


「相手がなにを考えているか、次にどんな行動をするか、自然とわかってしまう。でも、妹ちゃんの行動だけは予測できない、違う?」


「ええ、そうですね」


「だからこそ、私も妹ちゃんに逃げられちゃったわけだけど」


ロエお姉さまがふっとわらう。

優雅に紅茶をすすりながら。


「そのおかげで俺はキラに出会えましたから、ありがたいことですよ」


「ふふ、ありがとう。でも、妹ちゃんが歩みだしたとき、真っ先に出会ったのがあなたでよかったわ、シロサギ。本当に運が良かった」


そう言ってカップを置く。

強い光を讃えたまっすぐな瞳に射ぬかれる。


「いえ、運で片付けるべきじゃないのかしら。いつも街を見下ろし、街を見守っていたあなただからこそ妹ちゃんに気づき、手を差しのべられたんですもの、ねえ?」


キラに出会ったあの日、陽の光に髪を煌めかせ、儚くも強い瞳に心を揺さぶられた。

今思えば、興味よりもっと強い思いで俺はキラに出会ったのではなかろうか。


「キラの憂いに満ちた心と、それに反したまっすぐな強さと。俺にはキラが太陽に見えた。それだけですよ」


「あら」


ロエお姉さまがおかしそうに笑う。


「それでいうとシロサギは月かしらね。妹ちゃんは月が大好きなのよ」


「ええ、知ってます。……俺は月は苦手なんですが」


「いいじゃない。太陽と月。似合ってるわ」


「……ありがとうございます」


「一匹狼も一匹でなくなったなら、月に想うものも変わっていくはずよ」


「……」


まったく、この人にはどこまで見えているのだろう。

俺も他人の行動予測は得意だが、ロエお姉さまのそれはもっと予言めいている。短期的な予測ではなく、もっと長期的な、人のゆく末までわかっているかのような……。


いや、それは他人の感情の機微に恐ろしく聡いからこそなのだろう。その人がいま何を思い、次に何を望むか、そのすべてがきっと見えている。


そのわりには、悪意なくキラを傷つける節があるのはなぜなのか。まあ、キラを愛しすぎていて、キラに対しては盲目になってしまっているんだろうな。


「なぁに? 今、失礼なこと考えたでしょう」


「ふふ、いえ」


「まあいいわ。シロサギがいない間は私が妹ちゃんの毒を調節してあげる。妹ちゃんの反抗期も終わったみたいだし」


「……ありがとうございます」


そう、あの日以降、キラはときたまロエお姉さまを訪ねるようになったらしい。ロエお姉さまに対する苦手意識を少しずつ払拭できているようで何よりだ。


そして、さすが、言わなくてもわかるか。

俺はキラを置いていくけれど、このまま離れるつもりはないのだと。


必ず、迎えに来る。


「で? どれくらいを目処と考えているの?」


「1年です」


「あら、思った以上に短いのね」


「ええ。聖パール学園には飛び級制度があって、早ければ1年で卒業できるそうなので」


「ふふふ、それでこそ妹ちゃんを預けるに値するわ。世界一の学校で最高の成績を修める。いいじゃない。そのくらいの男にしか我が愛しの妹ちゃんは預けられないもの」


「はい、必ず」


わかっている。聖パールに入ることすら難しいのに、そこで優秀な成績を修め、1年で卒業するなんて笑い種だってことくらい。


でも、ロエお姉さまは笑わないでくれた。

そして、ハヤテも俺ならできると疑わない。


頼もしいことだ。

尊敬できるお姉さまに、尊敬できる友に、信じてもらえたなら、俺はそれに答えなければならない。


信頼とはそうやって積み重ねていくものなのだから。


俺は再び誓いを強くした。

必ず1年でキラを迎えに来る、と。


「それでは、俺はこれで失礼いたします」


「……何かこの後用事でもあるの? 少し気が急いている感じがするわ」


さすが、海へとはやる気持ちを見抜かれてしまったな。


「ええ、ロエお姉さまは曇天街の西に何があるかはご存知で?」


「……海、のことかしら。それとも東の果てのこと?」


ピクッ。

東の果てまで把握しているとは、、ああでも、ロエお姉さまは外界で暮らしていたときの記憶が鮮明でいらっしゃる。

外界の者なら知っている知識だな。


「今日はこの後、初めて海にいく予定なんです。小さい頃から興味があったので嬉しくて」


「そう、海ねぇ。私も久しく見ていないけれど……素敵なところよ。それに、曇天街の西に広がる海は魔物が棲むと言われるけれど、同じように、どこよりも美しい海とも言われているわ。魔物が気に入ってしまうほどの美しい海、堪能していらっしゃい。ああ、妹ちゃんも連れていってあげてね」


どこよりも美しい海、か。ワクワクする!


「キラを連れていってもいいのですか? 正直、魔物が棲むと噂のところにキラを連れていくべきか迷っていたのですが」


「妹ちゃんなら大丈夫よ。魔物に屈するほど弱くないもの。妹ちゃんも絶対海は気に入ると思うから、よろしく」


「はい、わかりました」


ロエお姉さまが大丈夫というならそうなんだろうという気がする。

安易な結論だが、今回はサムも一緒だし、それに、キラは海へ行きたがっていたのだから連れていってあげたい。


「それじゃあシロサギ、またいつか会いましょう」


「1年後とは信じてくれないんですか?」


「いや、あなたが1年で卒業することは疑ってないわ。ただ、私が次にあなたに会うのはきっと1年後ではないと思うの」


どういう意味だ?

ただ、ロエお姉さまは説明する気はなさそうだった。


仕方ない、な。

この笑顔から見て、悪い意味ではなさそうだし諦めよう。


「では、また」


扉まで見送りしてくれたロエお姉さまに手をふって、俺は中心街へと戻っていった。

すべてを見通すロエお姉さま。

真意の見えづらい彼女の、ただひとつわかる思いは、妹の幸せを心から願っているということ。

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