挿話 雷帝の心
サムとルイの出会いの物語。
そして明かされる雷帝の心。
「サム、今いい?」
瞬身の術で急に目の前に現れたソフィが慌てたように切り出した。
ここは俺の自室だ。
さっきまでルイがいたのは奥にあるベッドスペースで、ここはその手前にある書斎のようなスペース。
「落ち着け、ソフィ。何があった」
ソフィは外れに残ると言っていたはずだ。
普通に考えれば外れでなにかがあったと捉えるところだろう。
でも、『今いい?』という言い回しは急ぎではないという意味に取れる。
じゃあなんで瞬身の術で来てんだって話だが。
つまり、ソフィは単純に慌てているだけなのだ。
「あのね、さっき第三王子に聞いたんだけど、能力者を殺すとその能力が手に入ることがあるんだって。だから、サムには用心してほしくて」
知っている。
外界には能力者狩りと呼ばれる存在も横行しているらしい。
「それをわざわざ伝えに来たのか?」
「だって、心配だったんだもの」
俺は最強だ。
ここに俺を殺せるやつはいない。
「心配いらない。そもそも俺が誰かに殺されるわけないだろ」
「それはそうだけど」
ソフィは納得いかないって顔だ。
俺が話を信じてないと考えてるのか?
「セイヤさんから聞いてたんだ、その話は」
「嘘!? なんで教えてくれなかったのよ」
「心配かけたくなかったんだ」
そう、俺は能力者狩りの存在をセイヤさんから聞いた。
そして、他言しないよう言い付けられていた。
「他にこの話を聞いていたやつはいるか?」
「一緒にいたのはルイとキラちゃんだけよ」
「なら、問題ないな。ソフィも他言しないように」
「ええ、わかってるわ。ルイにも言われたから」
「そうか」
セイヤさんはなぜかルイのことを嫌っていたが、それでもルイのことを蔑ろにしたことはない。ルイの頭脳の優秀さにいち早く気づき、文字を教えたり、本を読ませたりという育ての方針を決めたのもセイヤさんだった。
セイヤさんは面倒見がよくて、俺にとって兄貴のような人だった。
「サム? どしたの?」
「いや、なんでもない。外れはどうだ?」
「そうね、アランっていうのが思った以上にやり手ね。私が残る必要なかったかもしれないわ」
ルイがいってた王子の味方か。
外れのまとめ役というのは事実だったらしい。
「だが、まだ国側の対応がわからない。念のため外れに待機していてくれ」
「わかったわ」
「それと、ルイは曇天街を出ていくことに決めた」
「え」
「時が来たってことだ」
「そう、、寂しいけどいいことなのよね」
「ああ」
ソフィは空元気で笑ってみせる。
痛々しいことこの上ないが、ルイに会うときはカラッと笑ってみせるのだろう。
ソフィはルイを弟のように思っているからな。
弟の前ではいい顔したいのが、姉貴ってものだ。
「じゃあ私、外れに戻るわ」
「ああ」
このままここにいたら泣きそうだったんだろう。
ソフィは瞬身の術で消えた。
泣きたい気持ちはよくわかる。
―――16年前
俺がルイと出会ったのはあいつがまだ歩けもしない赤ちゃんの頃だった。
くま商店の帰り道、ソフィと2人でアジトへの道を歩いていると、弱々しい泣き声が聞こえてきたんだ。
うえーんうえぇん
その泣き声をたどって、空き家のわきの道を見ると、毛布にくるまれた赤ん坊がいた。
まだ16歳だった俺は赤ん坊の世話なんてしたこともなく、俺より10歳ほど年下のソフィにも扱いがわかるわけがない。
だが、曇天街で赤子を放置なんてすれば、どうなるかは想像に難くない。合っているかわからないままソフィに抱えあげさせ、アジトに連れ帰った。俺の電気がどんな影響をもたらすかわからないから、とりあえず俺は触れないようにして。
そして、アジトで年長のみなさんに助言をもらいつつ、ミルクをあげたり、あやしたり、怒濤の日々を過ごした。
夜泣きを起こすと、さすがに迷惑がる人たちがいて、その対処も大変だった。
1週間ほどたった日のこと、アジトにセイヤさんが帰ってきた。
セイヤさんはふらっといなくなってひどいときは何ヵ月もアジトに戻らない。赤ん坊を拾って1週間というタイミングで帰ってきてくれたのは運が良かった。
「セイヤさん! 赤ん坊を拾ったんだ。どうしたらいい?」
セイヤさんはなにも言わないまま赤ん坊を観察した。
「セイヤさん?」
なにも言わないのが怖くなって、恐る恐る名前を呼ぶとセイヤさんはただ一言、
「お前の好きにしろ」
と言った。
それから、
「可愛がるのも愛するのもいいが、手離す準備はしておけよ」
と。
アジトの人間が誰かを拾ってくると、とにかく可愛がってくれるのがセイヤさんなのに、それはすごく違和感だった。
でも、アジトの人間に「赤ん坊を育てるサムに協力してやれ」とセイヤさんが言ってくれたから、それからは反発する者もなく、みんな協力してくれた。
ルイを拾ったとき、毛布には手紙が挟まっていた。
それは紛れもなく、ルイが外界からこの曇天街へ捨てられたという証拠だった。
大人ですら生きることが難しい曇天街でまだあんよもできない赤ちゃんが無事にいたこと、そもそもこの中心街に赤ちゃんを捨てに来れていること、本来ならあり得ないことが起きている。
古参の者たちはみな、ルイを奇跡の子と呼ぶようになった。
後にそれは、古参の者たちだけでなく、アジト全体へ広がっていく。
それは、ルイが幼くして聡明だとわかるようになったからだ。
最初に気づいたのはセイヤさんだった。
「シロサギは俺たちの会話の意味がわかっているみたいだ」
ルイはその時まだ4歳だった。
その時俺たちがしていたのは曇天街の勢力関係の話で、決して4歳にわかるような話ではなかったはずだ。
セイヤさんは「文字を教え、本を読ませた方がいい」と俺にアドバイスしてくれた。
俺もソフィもセイヤさんに文字を習ったから、2人でルイに文字を教えた。本は読ませようとしなくても、勝手にルイが興味を持った。
ルイが5歳になった頃、セイヤさんは俺にアジトを譲ると宣言した。
「どうしてですか、セイヤさん」
「やりたいことができたからだ」
「やりたいこと?」
やりたいことの内容は答えてくれなかったが、セイヤさんの道を邪魔するわけにもいくまい。
黙って送り出すことにした。
「サム、いつかシロサギは必ず海に興味を持つ。だが、頭だけでなく心も大人になるまでは決して海に近づけるな」
確信をもって告げるセイヤさんの真意を俺には掴めなかったが、セイヤさんがいうなら俺は信じる。
案の定、8歳になった頃ルイは海に興味を持ったが、セイヤさんの言うとおり、近づけさせないようにした。
それから、本の知識を蓄え、どんどん聡明さを顕にしていったルイは、治安の悪い曇天街をなんとかよくしようと多くの案を出した。それらは間違いなく、曇天街の治安を改善し、致死率は大幅に減った。
その案のひとつが、四天王勢力だった。
クロムが曇天街を出ていくという事態が発生した折、俺たちはみなこれから曇天街は治安がよくなると思った。俺とクマの関係は良好だったからだ。
しかし、ルイはこのままでは曇天街の均衡が崩れると危惧した。むしろ関係が良好だからこそ、と。
俺はその意味を正確に理解できたわけじゃない。けれど、例え理解できておらずとも、ルイには無二の信頼を寄せている。
だから、その案を受け入れた。結果、ルイは俺の仲間を殺し裏切り者として離反。四天王という新たな構図を作り上げた。
ちなみに、そのときルイが殺したのは俺の暗殺を計画していた不届き者たちだ。ルイの他、俺とソフィだけが知っていることだが。
―――俺は間違えただろうか。
そう思うことは何度もあった。
ルイの四天王構想は確かに、曇天街の治安維持に一役買った。
しかし、ルイは四天王になって以降、ずっと独りだったのだ。
最近ではキラが隣にいて、心配は少なくなっていたが、キラに出会うまで約3年間、ルイはずっと孤高を貫いていた。一匹狼の異名をとるほどに。
でも、今、間違いなくルイが新たな一歩を踏み出したのを確信して、俺は心底ほっとしている。
それと同時に、セイヤさんにはすべてわかっていたのだと思った。ルイが曇天街なんていう小さい世界に留まる器じゃないってことが。
四天王構想はルイを孤独にした。
それは過ちだったのかもしれないが、俺はルイを手離す心の準備をすることができた。
ルイに心の成長を説いたが、俺自身もようやく心が成長できたのかもしれない。
ますます深まるセイヤさんという謎。




