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キラが抱くはルイへの圧倒的信頼と尊敬。
「ここがゴミ山か……」
自らの思惑を語ることなく再び歩き出したルイは、ゴミ山の前で止まり、感慨深そうに呟いた。
背丈よりうんと高いゴミ山にはざっと見るだけでも数十人の人影がある。外れの住人にとって生命線なので、これでもいつもより少ないくらいか。
中心部に比べてひどい臭いがする。私にとっては懐かしいけれど、外界で暮らしていたハヤテにはキツいらしい。鼻をつまんで押さえている。
ルイはといえば、さすがは曇天街の住人。臭いを気にする様子はない。
顎に手をあて、何かを思案しているようだ。
「ルイ、どうする、の?」
問いかけてみたが、返事はない。
「キラちゃん、ルイ君どうしたの?」
鼻声でハヤテが尋ねてくる。
ハヤテにはルイが私を無視したように見えただろうか。
「考え事してる、から、今はダメ、みたい。でも、私の声も、ハヤテの声も、聞こえてはいる、はず」
これはなにも珍しいことではない。
ルイはときどき思考の海に沈むことがある。
そういう時はどれだけ話しかけても返答はない。
だが、どれだけ考え込んでいても、目や耳は正常に作動していて、どんな情報も逃すことはない。
きっと考え込んでいる最中に百個質問していたとしても、あとで平然と百個すべてに答えてくれることだろう。
だからこそ、ふと思いついてハヤテに問いを投げかける。
「……ハヤテは、クラウドと、何かある、の?」
これはルイに聞かせるための質問。
ハヤテがどう答えようと、私が何かを感じたのだとルイに知らせられればそれでいい。
「えー? クラウドはウェザリア国民にとって恐怖の対象だよ?」
あっけらかんと、ほかに何があるのかと、そんな口調で返された。
うん、嘘ではないけど、真実は隠されたかな。
まあ、ハヤテが何を隠していたとしてもルイにとって害にならないならどうでもいいし、必要ならルイが探りをいれるだろう。
私の役目はここまでだ。
ピクッ
急に向けられた殺気に、短剣を抜く。
狙われているのはハヤテだな。一番弱いものを狙うのは定石だが。
ハヤテの肩をつかみ引き寄せる。
うわっ
ハヤテがバランスを崩すが、構わず前に出た。
そのまま向かってくる攻撃を斬りおとす。
地面に刺さったそれは数本のナイフだった。
暗器使いか?
使い手の居場所をつかめない。
ハヤテを守ることを優先したので、攻撃手の居場所を見つける余裕がなかった。
また襲われても対処できる自信はあるが、できれば敵を捕捉しておきたい。
敵の出方をうかがっていると、急に呻き声がした。
うわっ、うぅ
見れば2人の男、肩にナイフが刺さり血を流している。
苦虫を踏み潰したような顔でこちらを睨んでいるが、その視線の先にいるのは私ではない。
「俺の連れに手を出すのはやめてもらおうか」
怒ることなく、ただ静かに穏やかに立っているルイがいた。
私が見つけられなかった敵をルイが見つけて、ナイフを放っていたのだ。
(やっぱりルイはすごい……)
雷帝のアジトで見た圧倒的剣技を思い出す。
返り血を欠片も浴びることなく、踊るように軽々と敵を殲滅してみせた。
ルイの動きには余計なものがまるで無い。必要最低限の動きで、美しく華麗に。
結果、そこに本来起こるはずの音や気配も最低限になる。
私に動きを悟らせなかったことにこそルイの強さが表れているのだ。
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ロエお姉さまが味方ではないのなら、気を付けるべき存在がいる。
毒について学んでいるときからそうだったが、彼女には親衛隊のようなものがくっついているのだ。
ひどく気配を消すことに長けた、暗殺者のような。
おそらく、キラに気づかれないようにロエお姉さまを守護してきたんだろう。
クラウドに与するものかとも思ったが、それにしては癖が弱いのでおそらくロエお姉さまが私的に利用している存在だと思うが。
気になったのはロエお姉さまがソファから立たなかったことだ。
いつもは外までお見送りに出る彼女の、今日だけ違った行動。わずかな違和感。
味方にはなれないことを態度で表しただけかもしれないが、もし何かの合図だとしたらどうだろう。
その合図を受ける人間は親衛隊以外には考えにくい。
だからロエお姉さまの拠点を出て以降、いつも以上に警戒して、気配を探っていた。
だが、キラに気づかれないほどの実力者だ。なかなか気配を掴めない。
いっそのことあえて隙を作ることで、誘い込むのが得策か。
ちらっとキラを伺えば、気を抜いたりはしていない。これなら何かあってもすぐ対処できるだろう。
よし、警戒を解いた振りをして、考え込んでいるようなそぶりをしてみせる。
実際はわずかな気配でも感じられるよう集中しているのだが、それは考えるための集中と勘違いしてもらえるだろう。
ぶわっ
沸き立つ殺気を感じる。警戒していなかったら気づけないほどわずかなものではあるが、間違いなく殺気だ。その証拠にキラが短剣に手をかけた。
相手はいったいどこにいる?
深く深く意識を潜らせ、探る。
なるほど、2人か。
ナイフの軌道から位置を探られないように、互いのナイフをぶつけ合い軌道をずらしているらしい。
彼らの意識がキラに向いている隙に、スカートの下からナイフを2本取り出し、肩めがけて放る。
警戒され防がれることがないように、殺気や敵意を持つことなく、ただ的当てのような感覚で。
結果、彼らの戦意を奪い、こちらに意識を向けさせることに成功した。
「くそっ、なんなんだよ、てめえ」
男の一人が声を上げる。
くすっと笑って、言葉をかける。
「俺とロエは君たちが思っているような関係じゃないよ」
彼らの根にあるのはロエを慕う心だ。ただのビジネスではない、繋がりがある。
だから、彼らには俺が敵に見えているだろう。それは、たとえ俺がロエの敵でなくともだ。
自らとロエの間を切り裂く恐れのあるものは総じて敵。
ロエお姉さまがその想いに応える気がまるでないだろうことを思うと、不憫なことだが。
そんな彼らの心を鎮めるためには2つのことを示さなければならない。
まず一つは、俺たちがロエの命を脅かす存在ではなく、ロエの敵ではないこと。
もう一つは、俺はあくまでロエとビジネス的な関係を築いているのであって、心に踏み入る気はないということだ。
俺の発言に対して彼らは困惑の表情を浮かべる。
そこに降ったのはハヤテの陽気な笑い声だった。
「キラちゃんのそんな顔初めて見た!」
どうやら、俺の発言に困惑したのは彼らだけではなかったらしい。
キラはポカンとした顔をクスクスとハヤテに笑われて、ムスッとしている。
いや、さっき命を狙われたというのにもうこの調子なハヤテに対する、呆れのほうが強いかな。
緊張感のない笑い声にその場の張りつめていた空気が一気に霧散した。
ふふっ、これ以上ない好機だな。
「そうそう、ロエに頼まれた仕事、君たちにも協力してほしいんだけど、いいかな?」
俺は彼らにニッコリと笑いかけ、交渉に入った。
どんな状況にあってもハヤテは通常営業です♪




